1-6-6 決死(6)
「いつかレイン様が人を蘇らせる魔法を見つけるまで、私は待ちます。ソフィーさんが蘇ってから、私とソフィーさんのどちらを選ぶか決めてもらうことにしますね。それまで決して諦めません」
「それは俺がとやかく言えることじゃないから……」
「ふふふ。決まりです。覚悟してくださいね。私はこう見えてかなり諦めが悪いんですよ」
「……」
なんか変な話になったが、一応リーリアとも和解できたという解釈でいいだろう。
当初の目的を達成したから、これでいい。
俺はそう思うことにした。
「つかぬことをお伺いしますが……その……えっと」
「なんだ?聞きたいことがあるのであれば聞いてくれ」
「婚約をしていたわけですけど、その……レイン様はソフィーさんと男女の関係にあったんですか……?」
顔を赤く染めて俺に尋ねるリーリアに呆気を取られる。
なんてことを聞くんだ、この王女様は。
だが、聞いてくれと言ったのは俺だから、正直に答える。
「そもそも、ソフィーが亡くなったのはまだお互いに成人前のことだ。それに、リクリエト村は神様の教えを守っている人が多かったし、ふつう結婚前の男女がそういう関係になることは忌避されていた」
「そ、そっか~……いや、そうなんですね。答えていただいてありがとうございます」
「……他にも何か聞きたいことがあるなら聞いてくれ」
「あの、ソフィーさんとはないっていうことでしたけど、ソフィーさん以外とは……?」
「……それもない」
「へ、変なこと聞いちゃってごめんなさい!でも、やっぱり気になるというか……」
リーリアの頭の中を覗いてみたい。
普段そういうことしか考えていないんだろうか?
そういえば、グリードガルドとの戦闘の後にも、動けなくなっているところをいきなりキスされたりしたんだよな。
今後、変なことをされないか少し心配になる。
無理やりとか。
「……もういいか?」
「ええ……いろいろ聞いてしまってごめんなさい」
「いや……でも、今後はいい関係を築いていけたらいいな。リーリアは俺の妹になるわけだし」
「……はい?」
「いや、ソフィーと結婚したらリーリアは義理の妹になるだろう?母親が異なるがソフィーの妹なわけだし……」
「た、たしかに……続柄的にはそうなりますね……でも妹扱いは絶対にやめてください。わかりましたか?」
リーリアは本気で嫌そうな顔をしている。
まあ、本人が嫌というのであれば避けるのが筋だろう。
「わかった。だが、俺達はどういう関係になるんだ?」
「……それも保留という形にしておきませんか?無理にどういう関係なのか決めなくても困ることはないと思うんです」
「まあ、対外的には婚約者という扱いになっているんだろうが……べつにはっきりさせなくてもリーリアが困らないというのであれば俺としてはそれでいい」
「ええ、私は保留でお願いしたいと思います」
「わかった……話はこれで終わりだ。俺はちょっと外の空気を吸ってくる」
部屋から出て、リーリアと別れる。
最初に考えていたのと少し話の展開は違った結果になった。
一応、リーリアと和解したということもあり、俺の心は晴れやかになっていた。
これでソフィーにも顔向けできる。
俺はリーリアとの会話で疲れた頭を冷やそうと思って城のテラスに出た。
誰もいないだろうと思ったが、先客がいた。
ミアだ。
何も話しかけないのも不自然だろうと思ってミアに近づいていく。
ミアは夕日に照らされたハイリーンの街を見ながら、手に何かを握りしめて物憂げな顔をしていた。
ミアのそんな顔はこれまで見たことがなかったので驚く。
俺に気がつくと、ミアはいつもの表情に戻った。
「……不安か?」
「ええ、もちろん。初陣がいきなり魔族と直接戦うことになるって考えたら不安になって当然でしょ?」
「ああ、そうだな……魔法使いだと最初は防御魔法を張る仕事からになることが多いからな」
「でも、明日は私が魔族を倒さないといけない」
「そうだ。ミアに全てがかかっていると言ってもいい」
「……どうしてこうなっちゃったのかしら……」
「……」
「『伝意』の魔法が切れて、両親が死んだってわかったとき、どうしたらいいかわからなくなったの。でも流されるままここまで来て、ついに明日両親の仇を取れるって考えたら、こんなに上手く行くものなのかなって……」
「上手く行き過ぎて不安になってるのか?」
「ええ。魔族のせいで両親が死んだってなったとき、どうやって復讐すればいいんだろうってずっと考えていたわ。でも勇者になるっていう選択肢は全然思い浮かばなかった。だって同時魔法発動数二って魔法使いの中では優秀な部類ではあるけれど、聖地からスカウトされて勇者になれるほどじゃないもの。だから、師匠の弟子になってドスレイを倒すための軍に加われたらいいなって思ってた。それがどういうわけか勇者一歩手前まで来てる」
「勇者には運と実力と覚悟が必要だ。ミアはその3つを全部持っている。俺が保証しよう」
「ええ……明日は必ずドスレイを倒す。そのためにこの2年修行して来たんだもの」
ミアはそう言うと手に持った何かをぎゅっと握りしめた。
ミアは、俺がその握りしめた手を見ていることに気がついて、俺に見せてくれる。
ミアが持っていたのは紺碧の大きな宝石がついたペンダントだった。
白金の台座にも優雅な細工が施されている。
装飾品についての知識がない俺にも、一目でその価値を分からせるほどの輝きを放っていた。
「これは……相当良いものだな」
「ええ。うちの……リード家の家宝なの。私が学院への入学が認められたときにお父様がくれた。お祝いだって……」
「そうか……」
「お父様もお母様もアシュロン公爵家お抱えの貴族だったでしょ?だから2人とも忙しくて、小さい頃はすごく寂しかった……でも、忙しい中でも私の話をちゃんと聞いてくれて、ミアはすごいなって褒めてくれて……」
夕日で橙色に染まった街を見ながら、ミアは静かに涙を流していた。
「……そうか」
「……修行は辛かったけど、師匠の弟子になって良かった……魔族への憎しみを抱え、無力さに打ちひしがれたまま、街が、人々が蹂躙されていく様を見なくて済んだもの……大切な人を奪われる悲しみ……こんなに苦しくて胸が張り裂けそうな気持ち、他の人に味わって欲しくない……」
「……」
俺は何も言わず黙って街を眺め続けた。
最初、俺が整地した頃には何もない土地だったが、すでに建物がいくつも作られて街らしくなっていた。
普段のハイリーンはもっと落ち着いているが、アシュロン公爵軍が近づいているせいかどこか慌ただしい。
行き交う人の間を魔族の襲来の可能性に備えて王国軍の兵が巡回を行っている。
すでにハイリーンは無人の荒野ではなく、人の営みがあった。
ミアは俺との修行を経て、大きな力を得た。
だが、強力な魔法を習得したり、高い武芸を身に着ければ勇者になれるというわけではない。
勇者が命をかけて魔族と戦えるのは、魔族に怯える人々の中にかつて苦しんだ自分の姿を見出すからだ。
大切な人を奪われる苦痛を知らぬ者が、いつ命を落とすとも知れぬ戦いを続けられるはずがない。
悲しみと憎しみを乗り超え、人々を救済するという使命を胸に、魔族と戦うことを選ぶ。
その選択に必要なものこそ勇気であり、その勇気を持つ者が勇者と呼ばれる。
ミアは勇者としての素質を持っていた。
俺とミアは黙ったまま、ただただ夕日が地平線の彼方に沈んでいくのを眺め続けた。
時折、ミアが鼻をすする音以外は何も聞こえず、静かに時が流れていった。
 




