1-6-5 決死(5)
「婚約者!?」
リーリアは驚きの声を上げる。
この様子だとどうやら知らなかったらしい。
「……俺はリクリエト村というアイルゴニストにあった小さな村で生まれ育った。両親が『疫病』で死んでからは幼馴染の家に引き取られて、そこで育てられた。その育ての両親が亡くなってから、一緒に暮らしていた幼馴染と婚約をしていたんだ」
「……それがソフィーさんですか?」
「……知っていたのか」
「婚約をしていたのは知りませんでした。でも私の異母姉がレイン様と一緒に育ったというのは父から聞いていました」
「そうか……それなら話は早い。俺はリーリアの異母姉であるソフィーと婚約をしていた」
「そうだったんですね……私はただの幼馴染だったのかと思っていました」
「ああ……ここまで説明してこなかった俺が悪い……」
「それで?私情とは?」
リーリアがニコリと笑って話の続きを催促する。
「……ソフィーが死んだのに、全く同じ顔の者が生きていることを受け入れがたかったからだ……」
「でもそれって八つ当たりですよね?ソフィーさんが亡くなったのは私の責任ではありません」
「その通りだ。だから、私情だと言ったんだ」
「なるほど……ふふふ、わかりました」
「許してもらえるだろうか?」
「許しません」
リーリアは笑みを浮かべながらきっぱりと言った。
顔は笑顔だが、本心から笑っているようにも怒っているようにも見えた。
「……理由を教えて貰えるだろうか?」
「あれだけ私のことを酷い扱い方したのに、償いもせずに許してもらおうなんて、考えが甘すぎるんじゃないでしょうか?これからレイン様にはたくさん償いをしていただいてから、許すかどうか考えたいと思います」
「償い、とは?」
「私のこと、ちゃんと愛してください。いずれ私はレイン様の妻になるのですから」
「……それは、できない」
「どうしてですか?」
「さっきも言ったように俺はソフィーと婚約をしていた」
「過去に婚約をしていたとしても私は気にしません。しかも、相手が亡くなっているのであれば、別の相手と婚約したとしても異を唱える者はいないでしょう?」
「ソフィーは亡くなった……しかし、俺はまだ諦めていない」
「……諦めていないとは?」
「魔法に不可能はない。およそ人が想像しうる全ての現象は魔法によって現実のものとなる。すなわち、亡くなった人間を蘇らせることも可能なはずだ」
「死んだ人を蘇らせる……?そんなことが……?」
「……過去に死者を蘇らせた魔法使いはおらず、俺もまだその方法は見つけていない。それでも、俺はまだ諦めていない。魔法に不可能はない。魔法で実現できないことがあるとしたら、それは魔法を使う者の知識と技量が足りていないだけだ」
「……そんなの自然の摂理に反しています……一度亡くなった人は戻りません……」
「それでも……己の魂を悪魔に売り渡したとしても、俺は人を蘇らせる魔法を見つけ出す。だから、俺にとってソフィーと交わした結婚の約束はまだ無効じゃない」
「そんな……あるのかないのか分からないものを追い求めて一生を終えるつもりですか……?」
「そうだ……だから、リーリアの求める償いは俺にはできない。俺はまだソフィーのことを愛しているから。もし可能であれば他の方法で償いをしよう」
リーリアの目を見てはっきりと俺の気持ちを告げる。
「……他の方法で償うことはできません。でも……とりあえず私がレイン様を好きで居続けることは許してもらいますね」
リーリアは笑っているのか泣いているのか、分からない顔でそう言った。
リーリアの言葉が俺には理解できない。
「どうしてだ?俺はリーリアと会ったのはルクリウスに連れて来られたときが初めてだし……」
「レイン様は魔王を倒して、多くの人を救ってくれました。そして、救われた者の中には私も含まれているのですよ?」
「……なに?」
「私も『疫病』にかかっていたのです。発症したのはレイン様が魔王を倒す直前でしたので、症状でそれほど苦しんだわけではありません。でも、母や兄が『疫病』で亡くなるのを看取ったので、自分も同じようになるのかと思って泣いて過ごしておりました。いっそ自ら命を断とうかと思うほどに追い詰められていたときに、魔王討伐の報が入ったのです。自分のことを救ってくれた人のことを好きになるのってそんなにおかしいことですか?」
「……俺が魔王を倒したのは偶然タイミングが良かったからだ。俺が倒さなくてもいずれ他の勇者が魔王を倒しただろう」
「でも実際に魔王を倒したのはレイン様です……レイン様には分からないのでしょうね……絶望の淵から救われたものの感謝と喜びの気持ちが……」
「感謝は感謝として受け取ろう。しかし、リーリアは感謝と好意を混同しているだけだ」
「混同しているとして、何か問題がありますか?私がレイン様をお慕いしているこの気持ちに嘘偽りはありません」
「……まあいい」
「……私も諦めないことに決めました」
「え?」




