1-6-3 決死(3)
「レインなどという名前の王はいない!! アイルゴニスト国王は未だ変わらずヘインレル陛下である!! 我々は、王位を簒奪しアイルゴニストの支配を企む魔族レインを討つために立ち上がった正義の軍だ!!」
「話にならないな。ミアやっていいぞ」
「解除はいくつ?」
「三つでいい。やつらの前方に撃ち込め。兵は巻き込まないようにな」
「わかったわ」
ミアは魔力を練る。
三角を三つ組み合わせた花のようなミアの魔力紋章が輝いていた。
俺は馬車の中に向かってこれから何が起きるのか伝える。
「ミアの魔法を敵の前方に撃ち込む。どんなものか見ていてくれ」
馬車の中でエーデルロンドとアグエルスト元帥が頷くのが見えた。
数秒してから、ミアは敵軍前方に『炸弾』を撃ち込む。
『圧縮』を三つ解除した本来の威力の魔法は地面にぶつかった瞬間にまばゆい閃光を放つ。
かなり高い位置にいる俺たちのところまで爆音と爆風が届くほどの威力だった。
上空から見ているとその破壊力の凄まじさに改めて驚かされる。
敵軍の前方にある大きな丘を丸ごと吹き飛ばし、逆に大穴を開けていたからだ。
この魔法を敵軍のど真ん中に撃ち込んでいたら、敵兵の半分くらいは死んでいただろう。
ミアの魔法は敵軍からかなり離れたところを狙っていたが、それでも兵の中には爆発によって生じた音や風に驚いて倒れ込んだ者もいる。
威嚇にはこれで十分だろう。
寄せ集めの軍隊では圧倒的な死の恐怖に抗える者のほうが少ない。
俺は再び『拡散』の魔法を発動して、更なる警告をする。
「今のは俺の魔法ではない。俺の弟子の魔法だ。俺が本気を出せばあの数倍の爆発を何度だって引き起こすことができる」
これは脅しではなかった。
俺だったら『炸弾』をさらに強化して放ったり、『破滅』や他の攻撃を使えば敵軍の人間を全員殺すこともできる。
そんなことをしたら困るので当然やるはずもないが、脅しには丁度いいだろう。
圧倒的な力を見せつけて相手が引いてくれるならそれに越したことはない。
「だが、俺は慈悲深い王として知られている。もし、今すぐ軍を反転して撤退し、司令官の身柄を差し出すのであれば、お前たちの愚かな行いを許そうではないか。ただし、撤退しないのであれば、お前たちを皆殺しにする魔法を放つ。ただの一人として生きて帰ることはないと思え。それだけだと残された家族が哀れなので、お前たちの村や街まで行って更地になるまで魔法を放つ。建物は崩れ、人間は死に絶えるだろう」
本当に俺がやりかねないと思ったのか、軍の中には武器を捨てて跪く者も現れている。
これで戦うのは無理だろう。
敵軍から再び『拡散』による声が届く。
「……本当に今撤退すれば許していただけるのか?」
「許す」
「司令官は私、シュルネル伯爵である。私一人が投降すればいいか?」
「いいだろう。一番前まで出てこい」
俺たちは空中から地面に降り立つ。
「アグエルスト元帥はシュルネル伯爵の顔を知っているか?」
「ええ。存じてます」
「じゃあ本物のシュルネル伯爵か確認してもらおう」
「よいでしょう」
軍勢の中から出てきたシュルネル伯爵が丸腰でこちらに向かって歩いてくる。
高そうな青い鎧を身に纏っている壮年の男だった。
「本物か?」
「ええ、シュルネル伯爵本人に間違いありません」
「よし。何か申し開きはあるか?」
「私は部下や民のことを思って投降しただけだ。正当な王位継承権を持たない者が王を名乗るなど許されるはずがない。簒奪者として自らの罪を自覚して今すぐ王位を返上しろ」
「なるほど。よくわかった」
俺は伯爵に『麻痺』の魔法をかけた。
これを使えば拘束しなくていいからすごく楽だ。
魔族や魔法使い以外なら確実に成功するのでこれからは殺さずに無力化するときにはこの魔法を積極的に使っていこう。
「陛下。処刑はなさらないのですかな?」
アグエルスト元帥は地面に倒れたシュルネル伯爵の脈を確かめてから言った。
「やはり処刑しないと駄目か?」
「ええ。反逆者を生かしておくと示しがつきませんゆえ」
「……アシュロン公爵とまとめて執行する」
「それがよいでしょうな」
アグエルスト元帥は頷く。
俺としてはシュルネル伯爵の気持ちも分かる。
突然現れた輩が圧倒的な力で王位を簒奪したとなれば兵を挙げるのも無理からぬことだ。
しかし、元はと言えば前国王に力が無かったことが問題なのだ。
リーリアを差し出して俺に助力を求めなくてはいけないほどにアイルゴニストは追い詰められていた。
国力の低下の要因は労働力の減少や天候不順による不作など様々だ。
それでも、国の行き先に責任を負わねばらないのが王である。
民が無力であることは仕方がない。
しかし、国を導く王が無力であることは許されない。
「王の決断は裁かれず。歴史が末路を語るのみ、か……」
いつだったか、聖地の図書館で読んだ本の中の一節を思い出す。
もはや本の名前も覚えていないが、その言葉だけは未だに覚えている。
賢王が国を発展させ、愚王が国を衰退させるわけではない。
賢王か愚王かは導いた国がどうなったかで決まる。
俺には賢王と呼ばれたいなんて気持ちはさらさらない。
だが、俺が王である限り、アイルゴニストを発展させるために死力を尽くそう。
俺は決意を新たにした。




