1-1-6 始動(6)
「有象無象が集まったところで役に立たないとはっきりしたな」
俺は王国の大臣や将軍たちをあざ笑う。
「諸君らとはいつ以来だったかな? 帰り道で暗殺者に襲われたパーティー以来かな?」
魔王討伐直後のことだ。
高級な酒をたくさん飲ませてもらえたのはよかったが、帰り道で暗殺者二十名に襲われたことがあった。
当時は暗殺ってもっと少人数でこっそりやるものじゃないのか、と思ったものだ。
「忘れたか? もう二年も前のことだからな」
暗殺に失敗した後は兵を送って来たため、俺はあの山に引きこもることになったのだが。
どうやら俺が復讐に来たと思ったらしい。
部屋にいる人間は顔面蒼白になり、短く悲鳴を上げる者もいた。
「さて、本題に入ろう。俺は交渉に来た」
「……交渉だと?」
立派な口ひげを生やして甲冑を着込んだ将軍らしき男が俺の言葉に答える。
「いや交渉というのは違うな……正しくは通告しにきた。お前らが出した兵がどうなったか知ってるか?」
「……」
誰も俺の言葉に答える者はなかった。
「お前らの兵は全員俺のものになった。『支配』の魔法でな」
謁見の間にいる将軍や兵士どもがざわめく。
――ありえん。七万の兵を『支配』できる人間などいるはずがない。
――エーデルロンドですら同時に複数人は無理だと聞いたぞ。
――ああ。しかも魔法使いにかけた場合はほとんど失敗するとか。
――<魔王殺し>のハッタリでは?
「まあ信じろって言っても無理だろうな。というわけで王女様の出番だ」
『隠蔽』を解除する。
俺の隣に最初からいた王女様の存在に、ようやく謁見の間にいる全員が気がつく。
「リーリア様!」
「王女様はもらっていいっていう話だったよな? 誓約の証を見せてやれ」
王女様は手の甲の印を皆によく見えるように上げてみせた。
「リーリア様になんてことを……!」
先程の将軍が額に青筋を立てる。
「俺のものになったんだからどう扱おうとこちらの自由だ。まあ俺もここまでやるのはどうかと思ったが、役には立ったな」
俺の言うことに絶対服従ということは証人として利用できる。
「誓約主から誓約者に命じる。一切の嘘をつかず、見たことをそのまま話せ」
王女様の手の甲の印が青く光る。
「知りたいことがあるなら、王女様に聞け」
「リーリア様。魔王殺しが我が軍の兵を全員『支配』したというのは本当でしょうか?」
「はい。アイルゴニスト、ハーフレイルの兵二十万人全員が勇者様の『支配』を受けました」
「ア、アイルゴニストの兵だけではなく、ハーフレイルの兵も!? 二十万もの人間を『支配』できる人間がいるとは……」
俺が何を言ったとしても信じなかっただろう。
だが、血の誓約によって本当のことしか言えない状態の王女様の言葉だから信じるしかない。
「分かっていただけたかな? つまり俺は今二十万の兵を動かせるということだ。その気になれば二十万人にアイルゴニストを攻めさせて更地にすることだってできる」
「……望みはなんだ」
ようやく自分達が置かれている状況がわかったらしい。
圧倒的な力の前には神であってもひれ伏すしかない。
「わざわざ王女様をくれるっていうことは俺に王位を継いでほしいっていうことだろう? こんなしょぼい国がほしいわけではないが、どうしても貰ってほしいというのであれば仕方がない。民に罪はないしな。というわけで今日から俺がアイルゴニスト国王だ」
「……ハーフレイルはどうするつもりだ。お前のやったことはただ問題を先延ばしにしただけだ。結局何も解決していない」
「わざわざ教えてやる義理もないが、問題ないとわかったほうが安心して隠居できるかな? ほら」
丸めた書状を将軍に向かって放り投げる。
将軍は震える手で書状を開いて読む。
「……アイルゴニストへの不可侵と<魔王殺し>レインによるハイリーン平原の領有を認める代わりに食糧支援だと……!? そんな食料はアイルゴニストにはない!! どうするつもりだ!!」
「勘違いするな。アイルゴニストは関係ない。食糧支援をするのは俺だ。他になにか言いたいことがあるやつはいるか?」
全員黙り込んでいた。
しかし、顔を見れば納得しているやつがほとんどいないことも明らかだった。
それでもこの状況で異論を唱えることは不可能だった。
俺は部屋を真っ直ぐ進み玉座の前に立つ。
黒い石で作られており、無骨だが重厚感がある。
玉座に腰掛けると部屋にいる人間全員が膝をついた。
愚かな人間によってまたつまらない戦争を起こされるくらいなら、俺が王になった方がいい。
たとえ簒奪者と誹られたとしても。
俺は玉座に深く腰掛けた。
固くて座り心地は悪く、良いのは見た目だけ。
長く座っていたいと思える椅子ではなかった。