1-5-6 修行(6)
ミアの修行を始めてから一週間経った。
依然としてミアの様子に変化はない。
俺はミアの身体の管理に慣れつつあった。
朝昼晩に水を与え、夜には流動食を与える。
そして晩ご飯を食べ終わったらストレッチをさせるのが日課になっていた。
関節が固まってしまったら体が動きにくくなってしまうので時間をかけて入念に行う。
最初はミアの腕を取って肩を回す。
肘を曲げ伸ばししてから手首のストレッチをさせて、指を開いたり閉じたりさせる。
手が終わったら次は足だ。
膝の曲げ伸ばしをさせて、足首をぐるぐる回す。
最後に太ももを持って股関節のストレッチをさせる。
俺は『浮遊』が使えるから簡単にできるが、使えなかったらこのストレッチをさせるのは重くてかなり大変だろうなと思った。
ミアは細いので軽い方だが、それでも意識がない人間の身体は思っているよりも数倍重く感じるものだ。
ミアの修行が始まってから一ヶ月が経った。
依然として何の変化もなかった。
流石にそろそろ何かがあってもいいのではないかと思うが、何も変化はない。
最近はミアのことを手のかかる作物のように思い始めている自分がいた。
ドール麦に比べたら遥かに手がかかるが、ミアは一人しかいないので同じ作業を何度も繰り返す必要がないという意味では楽だった。
俺はやることがないので、自分自身の修行をしていた。
魔法行使の精密さの向上や同時魔法発動数を伸ばすために訓練をしていた。
石を何個も浮かべてそれぞれ異なる動きをさせたり、頭の中で思い浮かべた形を石から一瞬で切り出すことで、魔法の精度を上げるための試行錯誤をしていた。
また、多数の魔法を次々に発動していくことで魔法を切り替える速度を向上させるための練習をする。
それでも昔に比べるとどれだけ修行をしても成長したという手応えがない。
魔法を扱う基礎的な部分はこれ以上伸び代がないのかもしれないなと俺は感じていた。
それでも基礎が無ければ応用もできないので基礎的な訓練を怠るわけにはいかない。
俺は暇な時間をひたすら魔法の鍛錬に費やしていた。
ミアの修行が始まってから三ヶ月になった。
最近のミアは触手のように魔力を伸ばして周囲の様子を探れるようになってきていた。
俺はミアの成長が分かって素直に嬉しかった。
ミアの魔力の触手に手で触れてみると、最初はびっくりしていたが全身を撫で回して俺だとわかると手に巻きついてぶんぶん振っていた。
俺という存在を認識できたことが余程嬉しかったのだろう。
ミアはこの三ヶ月ほど一切光が差さない闇の中で暮らしていたようなのものだ。
何も聞こえず、何も見えない世界。
永遠に続く闇の中にずっといたら壊れてしまってもおかしくないほどの苦痛を感じる。
そして、既に自分は死んでいるのではないか?という疑念が湧いてくるだろう。
何も感じられないことは死んでいるのと同じことだ。
外に意思疎通可能な俺がいるということはミアにとって大きな支えになっているはずだ。
ミアの修行が始まってから半年が経った。
最近はミアと文字で会話をしている。
ミアが魔力を使って地面に
「お腹が空いた」
と書くと、俺はご飯を作って食べさせる。
ある程度の意思疎通が可能になってからは俺もだいぶ楽になった。
半年間誰とも会わず、誰とも会話しないというのは思ったよりもストレスを生む。
俺は二年もあの誰も来ない山に引きこもっていられるほどだから、それなりに孤独な状況には耐性がある方だ。
それでも少しつらさを感じていたのでミアとコミュニケーションが可能になったことを素直に喜んだ。
あるとき、いつもの日課で関節の曲げ伸ばしをしたら、それに気がついたミアは非常に怒った。
「無理やり何をするつもり!?」
ミアは魔力で地面に文句を書き殴ると、俺を思い切り叩いてくる。
関節を曲げ伸ばしするのは元に戻ったときに関節が固まらないようにするためだと地面に書いて説明をすると、理解したようで魔力の触手が暴れることなくなった。
それでも身体を触られているという羞恥心からか、時折触手がくねくねしていた。
感情が魔力に現れるほど魔力操作に意識が向けられているのはいい兆候だ。
しかし、時間がかかりすぎているなと俺は思った。
俺のときはここまで時間がかかっていなかった。
こんなに時間がかかっていたら死んでいただろうが。
当時の俺はそもそも魔法を使えなかった。
それに比べたらある程度魔法を使えるミアの方がこの修行を楽にクリアするのではないかと思っていたが実際には逆だった。
逆に魔法を使える方がいけないのかもしれない。
半年でこれだと、もしかしたら間に合わないかもしれない。




