1-5-5 修行(5)
「修行って何をするの?」
「お前と世界の繋がりを切り離す。五感を奪い、身体を動かせなくする。具体的には『静音』『不見』などの五感を奪う魔法と、身体を動かせなくなる『麻痺』の魔法をかける」
「え……!? どれぐらいの間?」
「ずっとだ。自力で戻って来るまで俺が魔法を解くことはない」
「……ご飯とかは?」
「なし……と言いたいが、それをやると死ぬかもしれない。俺はそれで死にかけたからな……水分と最低限の食べ物は与えるが魔法を解くことはない」
「は、排泄とかは?」
「悪いが垂れ流しだ。一日一回『洗浄』の魔法をかけるから病気になるようなことはないはずだ」
「……え? なんのためにこんなことをやるの?」
「それが分かったら修行は終わりだ」
「ほ、本気でそんなことをするの!?」
ミアの声は震えている。
手足も震えていた。
言ってしまえば一切の刺激が与えられない牢獄に放り込まれるようなものだ。
「やる。だからやめるなら今のうちだ。途中でギブアップはない。ただし一年経ったら一度魔法を解除して得た答えについて聞こう」
「答えって?」
「この修行をする意味だ」
「ヒントは!?」
「それを与えたら修行の意味がないだろう」
「そんな……」
「怖いならやめてもいい」
「……やるわ……必ず乗り越えて見せる」
「そうか……じゃあ行くぞ」
『浮遊』
『麻痺』
『静音』
『不見』
『無嗅』
『消味』
俺はミアに魔法をかけた。
あらゆる感覚を奪い、筋肉を動かせなくすることでこの世界とミアの繋がりを切断する。
『浮遊』をかけたのは実質寝たきりになるので床ずれを防止するためだ。
ミアは空中に横たわってふわふわ浮かんでいた。
予想外だったのは、『麻痺』で完全に体の筋肉を弛緩させたことでミアの便が漏れたことだ。
『麻痺』の魔法を他人に使う事はこれまでなかった。
人間相手なら『支配』で行動の自由を奪った方が早いし、魔族相手ならそもそもこれらの魔法はほぼ効かない。
やってみないと分からない事は多いものだということを俺は再確認した。
とりあえず『洗浄』の魔法をかけてミアを綺麗にして見なかったことにした。
俺がルクリウスにこの修業をさせられたときは一切放置されていたが、あれは本当に死んでもおかしくなかった。
おそらくルクリウスは死んだらそこまでだと思っていたのだろうが。
空中に浮かんだまま横になっているミアをその場に放置して、俺は近くの川まで水を汲みに行く。
手で掬って水を飲んでみる。冷たくてうまい。
ただ、隔絶によって空間を切り取ったから、水の流れがなくなり池のようになっている。
このまま放置して水が腐ってしまうと困るので『保存』をかける。
これで水が腐ってしまう事はないので安心だ。
食料は調達してきたが、水は持ってきていない。
ここにある水で二年間過ごすのだ。
大切に使わなければ。
俺は『保存』の魔法は俺が知っている魔法の中で一番素晴らしいと思っている。
もし魔法が一つしか使えなくなるとしたら、俺は『保存』を選ぶだろう。
鍋で水を汲む。
帰り道を歩きながら手頃なサイズの岩を『浮遊』で浮かせて持ってくる。
更地に戻って来てから岩を適当に組んでかまどを作り、その上に水を入れた鍋を置く。
かまどの中に石を一つ置いて『刻呪』で『豪炎』を封じ込めた。
『刻呪』のおかげで魔法発動枠を一つ節約できるから非常に助かるな。
野菜を『洗浄』の魔法で綺麗にしてから、包丁で雑に切って鍋に入れて煮込む。
ミアには一日一食は食べさせてやるつもりだったが、食べさせるのはかなり苦労するだろう。
噛めないので流動食しか受け付けないから、これから毎日スープにパンを入れてドロドロに溶かしたものを食べさせる。
可能であれば細かくした肉なども食べさせてやりたいが、詰まったりしないか心配になるので様子を見ながらにしたい。
じっくりことこと煮込んでいく。
野菜に十分火が通って原型を留めなくなったあたりで塩で味付けをする。
味見をしたら、それなりに食べられる料理が出来上がっていた。
パンを入れて再び煮込んでいく。
肉を入れたらもう少し美味しくできると思うが、今回はあまり気にしないことにした。
ミアは味が分からないし、必要最低限の栄養が取れるならいいだろう。
俺は出来上がった料理をお椀に注ぐ。
十分に冷めたのを確認してから、ミアの『浮遊』を解除してゆっくり地面に下ろす。
膝の上にミアを座らせて、匙で少しずつ食べさせていく。
当然ミアの口は動かないから口の端からスープを零す。
俺はタオルで口の周りを拭いてやる。
たった一杯のスープを食べさせるのですらかなりの時間がかかった。
宙に浮かんだままのミアは身動き一つしない。
様子もそれほど変化はない。
ミアは答えに辿り着けるのだろうか?
俺にとってはそれが気がかりだった。
ルクリウスの修行は本当に生きるか死ぬかのギリギリを彷徨ったから答えを見出せたのかもしれない。
俺のやり方はあまりにも生温いのかもしれないという危惧を拭い去ることができなかった。




