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マジック・リヴァイヴ・ホロウネス  作者: 海森 樹
第一部 新たなる戦い
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1-X-X 弔いの花(3)

 ガウルおじさんは帰ってくる。


 俺はそう信じていた。

 帰ってこない可能性を少しでも考えたら、それが現実になってしまいそうで怖かった。


 だから、笑顔で村に帰ってくるおじさんの姿だけを思い浮かべるようにしていた。

 戦う訓練を受けていない人を魔族と戦わせたところで勝てるはずがないから、そんな無駄なことはしないだろうという思いもあった。


 通常は騎士や王国軍の兵士が魔族と戦うことになる。

 近隣の村から集められた者は、街に大きな被害が出ないように警備をするだけらしいという話を大人達がしていた。


 大丈夫だ。

 ガウルおじさんは帰ってくる。

 俺は何度も自分にそう言い聞かせた。


 再び領主様からの使いが来たのは三日後だった。

 馬に乗った騎士が一人でリクリエト村にやってきた。


 そしてただ一言、この村から魔族討伐に参加したものは全員戦死したと告げた。


 その騎士が持ってきたのは少ない金貨が入った袋だけで遺品などはなかった。

 魔族の攻撃によって死体も遺品も全て溶けてしまったため、そのまま埋葬されたとその騎士は語った。

 魔族討伐に参加したものの名前が読み上げられ、家族がふらふらとお金を受け取りに行く。


 誰もが泣いていた。


 ガウルおじさんの名前が呼ばれたのは一番最後だった。

 真っ青な顔のゲーデルおばさんが騎士の前に出ると、金貨が入った袋を受け取った。

 他の人の者よりも金貨の枚数が多いことが音で分かった。


 その騎士は、ガウルおじさんが魔族討伐に貢献をしたと告げた。

 おじさんの放った矢が魔族を貫き、討伐に大きく役立ったということだった。

 ゲーデルおばさんは涙を流しながら、何の感情も浮かんでいない顔で金貨の入った袋を見つめていた。

 騎士はこれから他の村も回る用事があるので失礼すると言って、急いで去っていった。


 みんながガウルおじさんは戦功を立てたのは凄い、村の誇りだと言ってゲーデルおばさんを慰めていた。

 ゲーデルおばさんは声をあげずにただただ涙を流していた。


 リクリエト村は小さい村だ。

 みんな顔見知りで住人に話をしたことがないような人はいない。

 その中でもガウルおじさんとの付き合いは特に濃かった。


 一緒に狩りに行き、ときどき家にお邪魔して夕食を御馳走になって非常に親しくしていた。

 俺の両親とソフィーの両親が亡くなってからは、俺にとってガウルおじさんが父親代わりだった。


 ソフィーは泣いていた。

 俺も涙が止まらなかった。

 おじさんは帰ってくると信じていた。


 いや、信じたかった。

 でも、心のどこかではもう帰って来ないんじゃないかという予感があった。


 魔族は強い。

 これまでも魔族討伐に村の人が召集されることはあった。

 そういう人たちは帰ってこないことのほうが多かった。


 でも、普段は一人か二人だった。

 十人も一気に召集され、全員戦死するなんていうことはこれまでなかった。

 村中が悲しみに包まれていた。


 魔族討伐に行った人たちの遺体は戻らなかった。

 それでも弔いをしなくてはならない。

 こういうときはゆかりの品を遺体代わりに墓に埋めることになっていた。


 ガウルおじさんの墓には予備の弓と矢が埋められることになった。

 狩人だったおじさんを象徴する相応しい品だろう。

 俺とソフィーは川のそばで花を摘んできて穴に入れた。

 名前も知らない赤い花だが、大きくて綺麗だったからこれにした。

 ガウルおじさんの空っぽの墓を見てゲーデルおばさんは嗚咽を漏らしていた。


 息子二人を『疫病』で失い、夫も魔族討伐で失ったゲーデルおばさんに同情する気持ちが俺の中に湧いた。


 だが、なんて言ったらいい?


 俺はかける言葉が見つからず、ただおばさんが泣いている姿を見ているだけだった。

 別れの挨拶をした後、みんなでガウルおじさんの墓を埋めて名前を刻んだ石を置いた。


 父さんのときも、母さんのときも、ソフィーの両親のときも誰かが亡くなってお葬式をしているときはどこか現実感はない。


 いつだって人の死を感じるのは、その人がいない日常に戻ってからだ。


 今もまだ、山に向かう道の途中でガウルおじさんが声をかけて来そうな気がしていた。


 でも、そんなことはもうないのだ。



 人が亡くなっても世界は変わらず続いていく。

 戦死の報告から数日経って、少しずつ日常に戻り始めていたときに大きな嵐がやってきた。

 俺とソフィーは家のガラスが割れないように外から木戸をしっかりと打ちつけて準備をした。


 空を黒い雲が覆い、風が吹き荒れて家を揺らす。

 雨が家の壁にぶつかって大きな音を立てていた。

 それなりに大きい嵐だが、この時期にはたびたびあることだ。

 たぶん、今回の嵐はそこまで酷くはないだろう。


 ただ、嵐がもっと酷くなった場合には逃げなくてはならないかもしれない。

 そうなったときに備えて少しでも睡眠を取っておく必要がある。

 俺とソフィーが早めに寝る支度をしていると、物見台の鐘が大きく鳴らされた。


 外は前が見えないような嵐なのに、何が起きたんだ?

 物が飛んできたら危ないから、ソフィーには家から出ないように言って俺は外に飛び出した。


 風が強く、雨は真横に降っていた。

 全身ずぶ濡れになりながら村長の家に行くと、

「ゲーデルの姿が見当たらないんだが知らないか?」

 と聞かれた。


「おばさん?いや知らないけど……どうかしたの?」


「それが家に姿が無くてな……」


「こんな嵐の日に?」


「ああ……あそこは男手がないだろう。嵐の備えが十分か確かめに行ったら何もしてなかった。どっかの家に避難しているのかとも思ったが……」


 ゲーデルおばさんは、今は一人で暮らしているはずだった。

 確かに木戸を打ち付けるのは女性では大変だろう。

 自分のことばかりで全然頭が回っていなかった俺は自分の薄情さを恥じた。


「もっと俺が気にしていれば……」


「いやいや急な嵐だからな……お前はソフィーと一緒にいて安心させてやれ」


「わかった……」


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