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マジック・リヴァイヴ・ホロウネス  作者: 海森 樹
第一部 新たなる戦い
5/222

1-1-5 始動(5)

『支配』の魔法。


 対象をコントロールできる魔法である。

 血の誓約とは異なり、永続的に服従させることはできない。

 また命令できることは一つだけである。

 ただし魔力が続く限りは相手を『支配』することができる。

 俺が覚えている対象操作系の魔法の中でも弱い方だった。


 ただし、弱い魔法が有用じゃないとは限らない。

 この魔法の真価は自分と相手の魔力総量の差が大きいほど成功確率が上がるところにある。


 俺はこの魔法が得意だった。


 魔族には効かないが、勇者であっても常に魔族と戦っているわけではない。

 魔族との戦闘など月に一度あれば多いほうだ。

 人間とトラブルになったときや、交渉で自分の思い通りに物事を運びたいときには大活躍だった。


 体内の魔力を練り上げる。

『支配』の魔法は消費魔力が少ないほうだが、それでも二十万人を『支配』するには大量の魔力が必要となる。

 膨大な魔力が体の中を駆け巡り、少しずつ加速しながら渦を巻く。

 それに呼応するようにして俺の胸の魔力紋章が光を放った。


 魔王と同じ太陽の魔力紋章。

 普段なら抑えられるが、これだけの大規模魔法を発動するとなると隠すことは不可能だった。

 無視して魔力を更に練る。

 魔力が十分な量に達したのを確認してから魔法を発動する。




『支配』




 頭上に掲げた両手から黒と紫の魔力が放出される。

 魔力は数多の手に形を変えた。

 地面を撫で回して魔法の対象を手探りで探し求める。


 両軍の魔法防御は全軍に張り巡らされているが、それでも3枚ほどだ。


 ここまでの超大規模魔法の前ではほとんど意味はない。


『剛壁』を『魔防』に切り替えたり、予備として待機していた魔法使いが急いで防御魔法を展開しているのがわかった。

 それでもたった数秒で『支配』の魔法が圧倒的な魔力でもってして打ち破っていく。

 薄気味悪い紫と黒の腕が平原にいる人間を飲み込んでいった。


 当たってもダメージは発生しないがやっていることは完全に悪役である。


「これじゃあ次の魔王とか言われても否定できないな……」


 俺は自嘲気味に笑った。



『支配』の魔法の判定は全て成功だった。

 これで二十万人全員を俺の支配下に置くことができた。

 一息ついたところで隣の王女様がジタバタしているのに気がつく。


「喋っていいぞ」


 誓約の効果を解除すると怒った顔でこちらに詰め寄ってくる。


「なにをしたんですか……!?」


 怒るのも無理はない。

 王女様には俺が魔法で全員殺したように見えたのだろう。


「大丈夫だ。一人も殺しちゃいない。全員俺が『支配』しただけだ」


「『支配』!? 二十万人を!? 王国の主席魔法使いだって一人を『支配』するのがやっとだと聞きましたが……そんなことが可能なのですか?」


「……普通の人間ならこんな芸当は無理だろうな。まあ俺が普通の強さだったら魔王を倒せたはずもないが……」


「そんな……つまり、あなたは二十万の軍勢を手に入れたと……?」


「そうだな……単純な命令しかできないが、どっかの国に突撃させることもできる。自分の命を顧みず、相手の国を滅ぼすまでひたすら戦わせるとかな」


 アイルゴニストとハーフレイルは、周辺の国の中では平均的な国力である。

 魔王によって国力を落としているが、未だに独立を保っているだけもあって他国の侵略を許さないだけの軍事力を備えていた。

 その両国の軍勢を合わせた二十万の兵をぶつければ落とせない国は数えるほどだろう。


 もちろんそんな無駄なことはしないが。


「さて、命令だな。”全員一歩も動くな”」


 これでもう戦うことはできない。

 王女様は訝しげな顔で俺を見る。


「……兵の動きを止めてどうなさるおつもりですか?」


「そんなの決まってる。交渉だ」








 アイルゴニスト王宮は混乱に包まれていた。


 従軍魔法使いによる『伝意』の魔法によって、戦場から遠く離れた王宮にも戦況が入ってきていた。

 軍勢の展開を進めていたとき、ついに<魔王殺し>が到着したのだ。


 王城でもっとも守りが固い謁見の間で待機していた大臣や将軍達は戦力差をひっくり返せると安堵した。


「しかしリーリア様はご無事だろうか……」


 家臣の中にはそう言ってため息をつく者もいた。

 王女を差し出すことには反対する者が多かった。


 アイルゴニスト王国と<魔王殺し>は完全に敵対している。

 魔王と同じ太陽の魔力紋章を持つ勇者。

 その圧倒的すぎる力で魔王を倒したものの、次の魔王ではないかと目されていた男。


 彼の人格については危険視するものが多かった。

 傲慢で傍若無人なその振る舞いは力があるから許されていたが、勇者らしからぬ素行の悪さは噂になっていた。


 魔王を殺して手に入れた力を私利私欲のために振るうのではないかと恐れを抱いている者は多かった。

 ほとんど知られていないが、彼の不興を買った東方の国は彼一人によって滅ぼされたという。

 強すぎる力を持つ個人の存在は混乱を引き起こすだけだった。


 二年ほど前、王が<魔王殺し>を闇に葬り去るという決断をするのは当然だった。

 しかし、手練の暗殺者を送り、兵を動かしても結局<魔王殺し>は殺せなかった。


 その後、<魔王殺し>は消息を絶ち、力を振るうつもりがないのであればよい、と王はこれまで放置していた。



 ハーフレイルに勝つにはその圧倒的な力に頼るしかない。

 そんなときに七聖の一人が突然王宮にやってきた。

 <監視者>ルクリウスが師匠である自分なら<魔王殺し>を引きずり出せると話し、対価として第一王女リーリアを差し出すことを求めたのだった。



 王は苦渋の決断を迫られた。



 此度のハーフレイルとの戦いに負ければ間違いなく国は蹂躙される。

 王の首を差し出して済むという類の戦いではないのだ。

 負けた方の国は滅びる。


 民はそのほとんどが殺されるであろう。

 金や食料を奪われ、暴虐の限りを尽くされる。


 そうなってしまえば王女の身柄とてどうなるかわからない。

 王女本人の希望もあり、<魔王殺し>に差し出すことになったのだった。


 だが、王女を差し出すという王の決断に反発して兵を自領に引き上げる諸侯が出た。

 その結果、アイルゴニスト王国軍は三万ほど減り、現在では七万となっていた。


 もともと戦力差は大きかったが、今となっては完全に<魔王殺し>頼みだった。


 <魔王殺し>が力を貸してくれない可能性は十分にあった。

 いくら王女を差し出したとはいえ、かつて命を狙われたのだ。

 そのことを根に持っていても不思議はない。


 謁見の間の空気は張り詰めていた。


 それゆえ、<魔王殺し>到着の情報が入るとふだん滅多に笑わないアグエルスト元帥ですら、その頬を緩めたのだった。





 しかし、<魔王殺し>が両軍に停戦を求めたという連絡があってから、一切の情報が入ってこなくなった。

 仮に一人の従軍魔法使いが殺されて連絡不能になったとしても、別の魔法使いから戦況の報告が入るはずだ。

 そうなると予想される原因はただ一つ。


 全員が同時に連絡不能な状況に陥っているということだ。


 ――全員殺されたとでも言うのか!?


 ――<魔王殺し>が裏切ったのでは?


 ――それしかあるまい!しかし、従軍魔法使いが全員殺されたとなったら、諸侯を抑えることすらできなくなるぞ!



 魔法使いがいないと敵の魔法使いからの干渉を防ぐことが難しい。


 戦場において魔法使いに求められるのは自軍の防御魔法の維持と敵軍の防御魔法への攻撃である。


 敵味方ともに魔法使いは防御魔法の攻防に専念することになるため、防御魔法を受けることはほとんどない。

 防御魔法が維持できなくなったらその時点で降伏する場合も珍しくなかった。

 その防御魔法を展開する魔法使いがいないとなったら、兵は一方的に虐殺されるだけだ。


 王国の魔法使いはそのほとんどが今回の戦争のために従軍していた。

 従軍魔法使いが全員死んだとなると、諸侯が抱えている魔法使いのほうが数が多いだろう。

 謁見の間にいる誰もが絶望の表情を浮かべる中、主席魔法使いエーデルロンドが短く警告を発する。


「敵です」






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