1-4-10 休息(10)
「ええ……そのせいでしょうね。私も最初はまったく理解できませんでした。ただ、陛下と魔族の戦闘が予想よりも早く決着がついたので問題ありませんでしたが……嫌な予感がしたので通常選択されることがないルートでハイリーンへと帰還しました。ハイリーンに戻ってからです。アシュロン公爵が反乱を起こし、兵を挙げたのを知ったのは」
「まさか!?反乱だと……!?」
「公爵家はリーリア様の曽祖父の弟君の流れを組む家で、アイルゴニスト北部を取りまとめていました。これまでアイルゴニストの中央と北部は仲があまりよろしくなかったのですが、反乱を起こすなんて……と思っているところにミアが現れたのです。ただならぬ様子だったので二人きりでこっそり話を聞いたところ、ミアの両親が仕えていたアシュロン公爵が魔族に操られており、両親は殺されたと……これまでその裏を取るべく動いていておりました。ツテを頼って調べさせたところ、ミアの両親はやはりアシュロン公爵によって殺されたようです。ただ、理由までは掴めませんでした。仮にミアの両親が反乱に異を唱えたとしても、お抱えの優秀な魔法使いを殺したら他の魔法使いの不興を買うのは間違いないのでありえないでしょう。敵側に寝返らないようにするには幽閉するなどやり方はありますし。やはりアシュロン公爵が魔族に操られているというのは本当でしょう。こちらをご覧になってください」
エーデルロンドは一枚の紙を俺に渡してきた。
安っぽい紙に赤い字で文章が書かれている。
「これは……?」
「アシュロン公爵は各地の貴族に対して檄文を送って陛下を倒すために協力せよと言っているようですね。レイン様は魔族で前国王陛下を操ってアイルゴニストを乗っ取ったと。正統なる王を再び玉座に戻すために、簒奪者は倒さねばならないと書かれています」
「ひどいな……」
「ええ。にわかには信じがたい荒唐無稽な内容ですが、こんな内容でもアシュロン公爵に賛同する頭の悪い貴族は少なからずいます。間者を使ってレイン様は重篤な状態で命が危ういという情報を流していますから、裏切り者は間違いなくアシュロン公爵に合流するでしょう。この際ですから膿は出し切るのが得策です」
「確かにそうだな……しかし、わざわざ兵を動かして攻めるのか……」
不思議でならなかった。
簒奪者憎しで俺を玉座から追放しようという動きがあるのは理解できる。
しかし、わざわざ挙兵して攻めるのは悪手だ。
「軍を動かしているということが非常に不可解なんですよね……あちらもハーフレイルとアイルゴニストの戦争で陛下が二十万人に『支配』をかけたということは知っているはずです。今回の向こうの戦力は三万程度。ここから増えたとしても五万が限度でしょう。そうなると陛下の『支配』で完全に止めることができるはずです」
「そうだ……アシュロン公爵はあのとき『支配』を受けなかったのか?」
「アシュロン公爵はレイン様に助力を頼むと前国王陛下が決断したときに兵を引き上げましたので、『支配』を受けていないでしょう。それでも話は聞いているはずです」
「なのに兵を動かしてきた……直接的に軍事力で勝てないのなら、暗殺など他の手を選ぶと思うがそういう気配はない。ただの馬鹿なのかと思いたいところだが、魔族がバックについているという情報がある以上、一筋縄で行かないと思った方がいいだろう。なんらかの限定固有魔法で『支配』に抵抗する気かもしれない」
「そうですね……念には念を入れた方がいいと思います。こちらも兵を動かしますか?」
「そうだな……余裕で勝てると油断したときが一番危うい。しかし、積極的には動かしたくないな。あちらを倒したとしてもこちらに得るものがない」
「ええ……せいぜいあちら側の貴族を取り潰して戦功のあったものに領地や財産を与えることができる程度ですね。国力という観点から見ればマイナスです」
「膿を出すための必要な犠牲と割り切れたらいいんだがな……」
「戦闘の準備は私にお任せください。陛下はグリードガルドとの戦闘によって激しく消耗していらっしゃいます。しばらくは休養してください」
「その必要はない、と言いたいところだが今日までは休みをもらおうかな。ひたすら寝ていたのでもう寝たくはないが、気分転換はしたい……ただ敵軍は?」
「敵の侵攻は非常に遅いです。かなり猶予はあるでしょう。ただ、王都から王国軍の兵を陸路で連れてくるとなると間に合いません。明日の夜、陛下に旧王都からハイリーンまで兵を運んでいただきたいのですが、可能でしょうか?」
「ああ、大丈夫だろう」
「ありがとうございます。王都に連絡して準備を整えさせます。今日ぐらいはのんびりハイリーンの街を散策してきたらよろしいのでは?」
「いいのか?」
「ええ……明日以降しっかり働いていただけるのであれば」
最近はハイリーンにも少しずつ店が出来つつあるという話を聞いたが、俺はほとんど行ったことがなかった。
城下町の様子を見ておくことも王としての勤めのうちだろう。
ベッドから降りて、歩けるか試す。
治療魔法をかけてくれた治療師の腕が良かったのか、想像よりも身体の状態はいい。
歩くぐらいなら問題なさそうだった。
「リーリア様やミアと一緒に行かれてはどうですか?」
「え……?」
「私、行きたいです!」
「私も!!」
リーリアとミアは目を輝かせていた。
確かにリーリアはほとんどハイリーン城から外に出る機会がないし、ミアはこれまでハイリーン城内に隠れ潜んでいたから街に出るようなことはなかっただろう。
仕方がない。
こころの中でこっそりため息をつく。
こうして俺の一人でのんびり城下町を散策する計画は一瞬で崩れ去ったのだった。




