1-4-8 休息(8)
直接見せた方が早いだろう。
腕に巻かれていた包帯を身体にこすりつけて無理やり取る。
やはり手がないと不便だな。
呼吸を整えて、保存されていた身体情報を引き出す。
『幻影』
身体情報の一部、腕のイメージを幻として出力する。
魔法によって空中に出現した白い霧がゆっくりと俺の腕にまとわりつく。
最初はただの丸い塊だったが、根本から少しずつ腕の形に変わっていった。
『幻影』の魔法は発動者の想像力によってその緻密さが変わる。
卓越した魔法使いであれば人間のような複雑な形であっても本人そっくりに作り出すことができる。
俺はそこまで『幻影』を極めたわけではないが、『幻影』には抜け道が存在していた。
少し待つと、色が白いことと物体に触れることができないことを除けば元通りに腕が生えた状態になった。
『幻影』の手を曲げたり伸ばしたりして、正確かどうかを確認する。
手の長さやバランスは目で見ただけでは分かりにくいので実際に動かして確認してみる必要がある。
それに間違っていた場合には修正が困難なのでしっかり確かめておく方が賢明だ。
腕を振り回し、真っ直ぐ突きを繰り出してみたがイメージ通りなので問題ないだろう。
確認作業をしている俺を見たミアは完全にバカにした目をしていた。
『幻影』で腕を作り出す程度なら自分でもできる、とでも思っているのだろう。
まあいい。
複合魔法『復元』を発動する。
骨、血管、血、脂肪、筋肉、神経、皮膚といった腕を構成する要素がすこしずつ幻影と置き換えられていく。
この瞬間はとてつもなく気持ちが悪い。
魔力によって腕が出来上がっていくことで猛烈な痛みとかゆみを引き起こす。
特に耐え難いのがかゆみだ。
『幻影』の腕に肉や骨が充填されていく過程で、身体の内側を虫が這い回っているような感覚を発生させる。
可能なら腕を内側から掻きむしりたいが、そんなことはできないので我慢するしかない。
通常、欠損した人体を元通り作り出すことは一流の治療師であっても困難と言われる。
なぜなら人体はあまりにも複雑すぎて魔力で作り出すのは非常に骨が折れるからだ。
身体の大部分を欠損して地獄を見た俺は、人体を元通りに治す魔法を探した。
しかし、聖地の本を読み漁ったが魔導書の中からは見つけることができなかった。
高位の治療師はそのような魔法を使っているので存在すること自体は分かっていたのだが。
ただ、それほどの魔法は使えるものが少ないし、高度な魔法は魔導書に書き残されることは稀だ。
通常そういった特殊な魔法は師匠から弟子に代々受け継がれていくものなのだ。
魔導書には具体的な魔法の発動方法よりも理論について記されていることが多い。
理論は本に残し、具体的な実践については口伝という方法を取ることは魔法使いにとっては一般的だ。
そうすることで意図しない形で魔法が広まることを防いでいるのだ。
基本魔法についての知識は魔法使いの間で広く共有される。
よく使用される基本魔法は魔法使い以外の貴族や平民でも知っているだろう。
だが、複合魔法は違う。
広く知られている複合魔法もあるが、それらは大昔に開発されて時が経つにつれて一般化したものだ。
ほとんどの魔法使いは自身が開発した複合魔法は秘匿し、せいぜい信頼できる弟子に教える程度である。
あるいは対価と引き換えに他者に教えることもある。
結局、書物の中に人体を再生させる魔法を見つけられなかった俺は、諦めて聖地の中でも最高の治療師であるバルテールに莫大な額を支払って教わった。
教わってみると俺は拍子抜けした。
六つの魔法を同時に使用するという点を除けば複合魔法『復元』は大したことをしているわけではない。
『復元』の肝は事前に自身の肉体を全て解析し、身体情報を保存しておくことにあった。
身体の一部を失った場合にはその情報を元に人体を文字通り『復元』するのだ。
この『復元』の魔法は、予め保存していた身体情報を参照して幻を作り出す『幻影』の魔法の抜け道を使うことで成立していた。
本人の身体情報がなかったとしても、体格が似ていれば他人の身体情報を用いて肉体を作り出すことが可能なので応用もできる。
『復元』は治療魔法としては最高峰であると言えるだろう。
この魔法によって自力で無から人体を作り出すという非常に効率の悪い作業をしないで済む。
教わるために当時の全財産を支払いに使ってしまったが、自分の背骨を石から削り出すようにして少しずつ作り出した苦痛を思えば安いものだと思った。
俺は全身の身体情報を保存しているから、絶命しない限りはどうとでもなる。
たとえ、脳のひとかけらになろうが、意識を保ち魔法を使用可能である限り肉体は再生できる。
ただ、脳を全て魔力で作り出すことになったら俺という存在がどうなるのかは試したことがなかった。
『復元』を教わったときに、治療ではなく、他者を『復元』で作り出すことは禁忌であると言われた。
同じ人間が二人に増えたら混乱が起きるためだ。
自分で自分を作り出すことについては何も言われなかったが、そんなことをする機会が来ないことを祈るばかりだ。
白い『幻影』の腕は数秒で本物の腕に置き換えられていた。
便利なものだ。
全身を作り出したときにこれが使えたらどれだけ楽だっただろう。
「な、なんの魔法よ! それ!」
俺が指を曲げたり、腕を回したりしている様を見て、ミアは驚いていた。
治療に特化していたとしても、普通の治療師ではここまでの魔法を使うことはできないだろう。
聖地では魔族との戦いで傷ついた勇者が頻繁に運ばれてくる。
当然手足を失う者は多い。
『復元』の魔法はそういう環境で開発された。
「これか?」
「そうよ! そんな数秒で身体を作り出す魔法なんて聞いたことない!」
なぜかぷりぷり怒りながらたった今作り出した俺の腕をべたべた触っていた。
作り出した腕は敏感だから触らないでほしかったが、言っても無駄そうなのでやめた。
いつの間にかミアは俺に敬語を使わなくなっていた。
俺自身、変に敬われるのは苦手だから気にはしないが。
「これは非常に高度な魔法だ……普通の治療師には使うことができない」
聖地でも限られた治療師にしか使うことは出来ない。
なぜなら同時魔法発動数が六未満の治療師は習得できないからだ。
各国から優秀な魔法使いを集めている聖地ですら、『復元』が使えるものは片手で数えられる程度に留まる。
当然アイルゴニストには『復元』を使える魔法使いはいなかった。
ミアが存在すら知らなかったとしても不思議ではない。
「ところで、ミア……お前は俺の弟子になりたいと言っていたが本気か?」




