1-4-7 休息(7)
「いいだろう。それではいくぞ」
『支配』
俺の腕から黒々とした魔力の手が伸びていきミアの胸を貫く。
『支配』はミアが無意識の内に展開した魔力による抵抗をぶち抜き、無事成功した。
「さて、なんて命令しようかな……俺の質問にはすべて正直に答えろ、でいいか」
「わかりました」
それまでキツく閉じられていたミアの目がゆっくりと開けられて、虚ろな瞳で正面をぼんやりと見ていた。
顔に表情は浮かんでおらず、口は弛緩して薄く開いている。
『支配』はしっかり効いているようだ。
「名前は?」
「ミアです」
「歳は?」
「十八歳です」
「ここにどうやって入り込んだ?」
「王都からハイリーンに向かう使用人の荷物の中に紛れ込みました」
「食料庫からこっそり食べ物を取っていたのはお前か?」
「はい。お腹が減っていたので……」
「……まあいい……お前は何の目的でハイリーンに来た?」
「レイン様の弟子になって復讐するためです」
「……なぜ弟子に?」
「復讐を遂げられるだけの力が欲しいからです」
「復讐とは?」
「両親の復讐です」
「お前の両親はどうなった?」
「二人とも仕えていた貴族に殺されました」
ルイアンが息を飲む。
そこらへんの事情は知らなかったようだ。
それにしても両親をそろって貴族に殺されるというのはよほどの重犯罪を犯したのか?
でも、ミアの両親はエーデルロンドの知り合いだと先程ルイアンが言っていた。
ミアは魔法使いの卵だし、貴族に使えていた両親も魔法使いだったのではないか?
なんだか不穏な話になってきたな。
「なぜお前の両親は殺された?」
「仕えていた貴族が魔族の傀儡になっていることを知ってしまったからです」
「魔族の!?」
俺は驚きの声を上げた。
魔族がアイルゴニストの貴族を傀儡にしている?
そんなことがありうるだろうか?
限定固有魔法を使えば洗脳も可能だろうが……疑わしい。
だが『支配』によってミアは俺の質問に対して正直に答えるしかないはずだ。
ただ『支配』による証言には欠点がある。
対象者が間違った情報を真実であると信じていた場合には、真実として証言することになる。
本人は正直に答えるという命令に従っていることになるからだ。
これだけでは魔族によって貴族が傀儡にされているという情報の真偽は判断できない。
「……どうしてお前はそのことを知っている?」
「貴族に捕まる前になんとか逃げ出した両親から『伝意』で聞きました。話をしている最中に同じく貴族に仕えている魔法使いと交戦になって、それで……」
「なるほど……お前の両親は魔法使いだったのか?」
「はい。二人ともアシュロン公爵お抱えの魔法使いでした」
両親の誤認という可能性もあるにはあるが、そうなるとわざわざ魔法使いを殺すだけの理由が必要になる。
貴族がお抱えの魔法使いを殺すというのはよほどの理由がないとありえない。
尋問はこれぐらいでいいだろう。
ミアにかけていた『支配』を解除してやる。
無表情だった顔は一瞬で怒りに満ちた顔になり、そのまま俺を睨む。
俺は肩をすくめた。
無表情よりは魅力的だが、殺気めいたものを感じるのでやめてほしい。
「ルイアン、エーデルロンドを呼んできてくれ」
「わかりました」
身体の休息は十分だろう。
魔力もほぼ戻ってきている。
いつまでも寝ている場合じゃないな、と俺は頭を仕事モードに切り替えるのだった。
「俺は何日くらい眠っていたんだ?」
リーリアに俺が寝込んでいた日数を尋ねる。
「ハイリーンに戻られてからは二日ほどです。ガーデイル子爵領からは遠回りしてハイリーンに戻られたということなので、魔族との戦闘が終わってからですと七日ほどになります」
リーリアはいつもの調子に戻っていた。
俺を押し倒したときのような鬼気迫る雰囲気は影も形もない。
「そんなに寝ていたのか……」
「戦闘で深手を負ったということでしたので……」
リーリアは俺の欠損した腕を見つめていた。
俺はひどい有様だった。
両腕は欠けていたし、体全体で骨が折れていない部分のほうが少ないくらいだろう。
それでも初めてグリードガルドや魔王と戦ったときに比べたらかなりマシな方だ。
あのときは本当にどうしようもなかった。
頭部以外の身体の大部分を吹き飛ばして死んだように見せかけることでなんとか逃げられた。
そのせいで魔法もろくに使えなくなって元の身体に戻るまで一ヶ月近くかかったから非常に辛かった。
頭部以外を吹き飛ばすという選択をしたのは、ディーテオルヴの手記を読んで脳が残っていれば魔法を使えるということを知っていたからだ。
いきなり実践でそれを試すことになったのは最悪の事態だったが、そうすることでしか生き延びる術がなかったので仕方がなかった。
しかもあの頃は治療魔法にも詳しくなかったから面倒な方法を取るしかなかった。
身体をすこしずつ作っていくなんていう地獄みたいなことはもう二度とやりたくないと思ったものだ。
ただ、今回の戦闘による負傷で再び両手を自分で作ることになってしまった。
前回とは違って高度な治療魔法を習得しているので一瞬で終わるのはありがたいことだが。
「さて、腕を生やすか……」
「腕を生やす?」
ミアがなにを言っているんだこいつ、というような目で見てくる。
ミアの一挙手一投足に腹が立つ。
こいつは本当に俺の弟子になりたいのだろうか?
「戦闘で腕が無くなったからな……手がないと困るだろう?」
「失われた人体の一部を再生させるなんて高位の治療師でも無理なのに、そんなことできるはずないじゃないですか」
治療師とは魔法使いの中でも治療魔法に特化して魔法を修めた者のことだ。
治療魔法に特化している分、普通の魔法使いよりも高度な治療魔法を使うことができる。
「魔法に不可能はない。あるとすれば魔法を使う者の知識と技量の欠如だ」




