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運命と絆の物語

水の姫が見たハッピーエンド

作者: 青空

 いつからここにいたのか。

 どうやって来たのか。

 ここはどこなのか。

 何ひとつ覚えてない。けれど気づけば私はここに閉じ込められていた。

 時の竜のコハク先輩が創り出し、賢者の孫のヒスイ先輩が守り、月の国の姫のラピス先輩が管理し、悪の帝王の息子のアルジェントと月の国1番の魔法使いの娘のクォーツが維持する最高の要塞にして最強の檻。それこそがここ、時の狭間にある陽炎の城だ。

 ここに来る前、私は逃げ出した祖国に追われ、悪の親玉には目をつけられ、何も言わずに別れたはずの妹にまで捜されていた。

 一応弁明しておくと、祖国水の国を逃げ出したのには私なりの理由ってのがあるんだ。

 私はもともと、水の国の王さまとメイドだった母さんの間に生まれたお姫さまだったんだ。んで、それだけだったら母さんと同じ平民として生きていくこともできたんだけどよ。

 残念なことに、私は竜の目と言われる金色の目を王さまから引き継いじまったんだ。

 そのせいで私は王位継承者に祭り上げられた。母さんはメイドだけど平民だったから、何もできなかったんだ。

 けれど私が3歳の時、お妃さまにも子どもが生まれたんだ。半分だけ血が繋がった、小さくて可愛い私の妹。

 最高の教育と称された罵詈雑言や暴力に耐えて健気にお姫様やってた私とは正反対に、妹は真綿で包むように大切に育てられた。

 優しくてよく笑うお姫さま。私よりもちっちゃいのに、1番に私の不調に気づいて心配してくれる可愛い妹。私にとっても、妹は母さん以外で唯一の大事な家族だった。

 妹も当然、金色の目を継いでたんだよ。それでも私はお役御免ってわけにはいかなかった。大人の事情ってやつだ。

 いつのまにか私と妹は派閥争いの旗頭に挙げられていた。それを知った私は、逃げようと思った。

 いつか妹との争いが決定的なものになる前に。母さんと二人でどこか遠くへ。

 幸い私を疎んでいた貴族のおっさんが、国外逃亡に協力してくれた。お姫さまが生きていくには少なすぎる、けれど平民にとっては1年遊んで暮らしても余りあるお金を持たされ、船に乗せられた。

 それから母さんとあちこち旅して、月の国に落ち着いたのが7歳の時だ。月の国に引っ越してからは平和な毎日で、徐々に水の国でのことは思い出さなくなった。

 けど世の中そんなに甘くはなかったってことだよな。水の国の王さまは金の目を持つ私を諦めてなかった。妹も国から逃げ出すような、こんな私を探し続けてくれていた。

 ヒーロー気取って悪の組織に挑んだりなんてしたせいで、その親玉にまで目をつけられちまった。

 いよいよ逃げ場のなくなった私を、ダチでライバルでもあるアルジェントとクォーツのふたりが先輩たちに頼み込んで陽炎の城に匿ったってわけだ。

 そして前述の5人が護る陽炎の城には私のほかに、もうひとり女の子が匿われている。

 私の魔法の師匠だったガーネット先輩。先輩も私とは事情は違うけど、国に追われていたらしい。

 幼い頃、誰もが慄くような人体実験の実験台にされ、それでも仲間がいる今が幸せだから大丈夫だと、前向きに明るく笑っていた先輩だった。

 そんなガーネット先輩はある日、人体実験を行なっていた陽の国の騎士たちに捕まってしまったらしい。

 過去のトラウマを抉られ、以前よりも酷い実験に利用されて、精神が崩壊する寸前でヒスイ先輩たちがなんとか助け出したらしい。

 そんなガーネット先輩は今、城の奥の奥の一室で暮らしている。角の丸い木造の家具にふわふわの絨毯、お日様の匂いがする布団。古くなったぬいぐるみと日に焼けた写真が数枚飾られている以外は赤ん坊が過ごすような部屋だ。

 その奥の部屋の、大きめな窓の前。クッションに埋もれるようにして座らされたガーネット先輩は今、不満げに唇を尖らせていた。

「ヒスイたちも過保護だよねぇ。こんなことしなくても私は大丈夫だってのに。ねえ、オーロもそう思うでしょ?」

 陽の国に捕まった時に切断されて以来動かない足を物ともせず、先輩は以前と変わらない口調で、表情で愚痴るのだ。

「いやいや先輩、やっと助け出したダチの足が動かなくなってるんスよ?そりゃ過保護にもなるでしょ」

「えー。オーロまでそんなこと言うの?」

「当たり前じゃないっスか!先輩放っておいたらまた無茶しそうだし」

「そんなことないんだけどなぁ」

 そんなことある。私は忘れてないっスよ。修行中、魔力が使えないからって剣1本でドラゴンに挑もうとしたことも。大怪我してるのに元気に走り込みしようとしていたことも。迎えにきたヒスイ先輩とラピス先輩に駄々こねたあげく、私を生贄にして逃げたことも全部!

 けどそれよりも気になるのは、先輩が寄りかかるクッションに隠すようにして置かれた魔法薬やら魔法道具たちだ。私の見間違いじゃなければ、迷宮脱出用の魔法道具に見えるんスけど、まさかっスよね?

「それより先輩、それ何っスか?」

「ああ、これ?実はここからちょっと抜け出そうと思ってさ。ほら、ここは安全だけど、ちょっとつまんないでしょ?」

 ちょっといたずらしようと思って。そんな軽いノリで先輩が笑う。

「内緒だよ?」

 しいって人差し指立ててもダメっスよ、先輩。逃げ出したりなんかしたら、間違いなくヒスイ先輩が怒り狂う。ラピス先輩は笑いながらキレるだろう。もしかしたらコハク先輩も発狂するかもしれない。

「やめといた方がいいと思いますけどね」

「…え?オーロ、なんか言った?」

「何でもないっス」

 そっと目を逸らす。どうせ言っても無駄だ。やると言ったらやり通すのだ、この先輩は。

 私にできることと言ったら、先輩が無事に帰ってくるのを願うことくらいかね。

 そんなことを思いつつ、そういえば自分は外に出たいなんて思うことも減ったことに気づく。もちろん母さんには会いたいけど、母さんはたまにコハク先輩とアルジェントが連れてきてくれる。

 本当にここは不自由なんてなくて、恐くなるくらい平和なのだ。

 今日も変わらず先輩とダラダラ喋っていると、扉の向こうから声がした。この声はヒスイ先輩とアルジェントだ。

「あーあ。もう迎えが来ちゃったみたいだ」

 ガーネット先輩が残念そうに笑う。こうして私と奥の部屋から出られないガーネット先輩が会えるのは、朝からおやつの時間までの間だけ。それ以外の時間は、アルジェントかクォーツの案内がないと未だに道に迷ってしまう私も、足が動かない先輩も、お互いに会いにいくことができないのだ。

「また来ますよ」

 案外寂しがり屋の先輩に笑ってみせる。ガーネット先輩は大きな赤い瞳をパチリと瞬かせて、それから綻ぶように笑った。

 ガチャガチャと鍵を開ける音がして、ふたりの男が部屋に入ってくる。背が高くて目つきが鋭い方がヒスイ先輩。先輩よりも少し背が低く、目つきが悪い方がアルジェントだ。

「おい、オーロ。迎えにきたぞ」

「おう、今行くぜ」

 私が立ち上がると、入れ替わりでヒスイ先輩がガーネット先輩の隣に膝をついた。ヒスイ先輩はそうやって鋭い目つきをいくぶんか柔らかくさせて、持ってきたお土産をガーネット先輩に渡すのだ。

「ガーネット、今日はラピスとコハクのクッキーだ。食べられるか?」

「うん、もちろん食べるよ!ねえヒスイ、せっかくだからみんなで食べようよ」

 オーロたちも食べたいでしょ?そう言いたげに笑うガーネット先輩に、私も頷きかけるが。

「すまない、ガーネットさん。俺たちはこれから行くところがある。行くぞ、オーロ」

「あ、おい!アルジェント!襟を引っ張るこたぁねえだろ!」

「うるさい」

 首が締まる!離せ!そんな私の訴えは、アルジェントにすげなく無視された。ズルズルと部屋の外に引っ張り出される間際。部屋の中に取り残された先輩に向かって叫んだ。

「先輩、また明日!約束っスよ!」

「うん、またね!」

 ヒスイ先輩に守られるように抱き込まれながら。ガーネット先輩は出会った時から変わらない笑顔で手を振った。

 扉が閉められる。同時にアルジェントは私から手を離して歩き出す。向かう先は私のために用意された部屋だ。

「なあ、アル。なんで嘘なんかついたんだ?」

 私たちしかいないこの城で、私たちに行くところなんてない。外で賢者に手伝いを頼まれていた頃とは違うのだ。

 アルジェントはチラリと私の方を振り返り、それから扉へと視線を映した。太陽とマシロに咲く花が描かれた扉は、ガーネット先輩の部屋だけのものだ。

「…これはラピス姉さんから聞いた話だが」

「おう」

「ガーネットさんは今も、過去の心の傷に苦しめられているらしい」

「…は?」

「混乱したガーネットさんを落ち着けられるのは、ヒスイさんだけだそうだ」

 アルジェントが少なからずの同情とそれ以上の苦しそうな色を視線に乗せて、ガーネット先輩の部屋の扉を見つめる。その横顔は、このダチが姉と慕うラピス先輩によく似ていた。

「それってどういう…」

「お前が知る必要はない。…それよりも」

 アルジェントの銀の目が私に向く。鋭さを増した目が私を映す。

「逃げるつもりか?」

 短く問いかけられたそれに。何故か言葉が詰まって、すぐに答えられなかった。

 私は逃げるつもりなんかないぜ。ここなら安全だし、私が戻らない方が母さんも平和に過ごせるだろうしな!

 そうやって笑うつもりだったのに。目を見開くばかりで何も言えない私に、アルジェントは昏く笑った。

「悪いが、お前をここから出すつもりはない」

 クォーツも、俺も。そう言って私を抱きしめるダチでライバルのはずのアルの背中は、やっと母親を見つけた迷子の子どものように震えていた。


◆◇◆◇◆◇◆


 陽の国のとある古い神殿にて。

 質の良いワンピースを見に纏った少女と、マントを羽織るふたりの少年が、一風変わった光を抱く竜のレリーフを見つめていた。

「さあ。お姉さまと陽の国の英雄さんを助けに行きましょう!」

 気高く優しい光を宿した金の瞳の少女が拳を握る。ふたりの少年は純粋な正義と決意を瞳に宿して、それぞれ大きく頷いた。

「うん。絶対お姉さんと英雄さんを取り戻そうねー」

「3人なら絶対負けないさ!行こう、お嬢さん、相棒!」

「ええ!」

「うん!」

 少年少女は手と手を取り合って。悪い竜と魔法使いたちが支配する城へと飛び込んでいった。




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