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新人サンタ、世界を駆ける

「はむはむはむ……んぐっ。はむはむはむ……」



山奥にある木造の家の中。暖炉で暖められた大部屋で、僕は山盛りチーズピザ、揚げポテト、オークの特大から揚げを一度に口に放り込む。そしてコーラ酒でそれらを流し込んだ。爽やかな香りが口の中に広がる。いつもなら美味しいと感じるんだけど……今は味がしない。



「ほっほっほ。よく食べるのお。さすがは見習いとはいえ、歴代最速のサンタクロースじゃ。まあ、体の大きさも歴代最高じゃが」



 隣の席に座っている爺ちゃんがそう言って朗らかに笑う。爺ちゃん、僕のお腹をたぷたぷしないでくれ。



 そんなことを思いながらも、僕は手と口を休めることなく動かし続ける。爺ちゃんが再び口を開いた。



「これで今年のクリスマスも安泰じゃ」



「んぐっ……爺ちゃん、それはどうだろう……」



 爺ちゃんの言葉を聞いた僕は、つい胸中の不安を吐露してしまう。爺ちゃんが雪に染まったような柔らかい眉を僅かに寄せた。



「それはどういうことじゃ?」



「ディアは未だに神獣に進化してないんだよ? 後継者として未熟な僕達が、サンタクロースとしてプレゼントを配るなんて……」



 ディアは僕のパートナーで、トナカイの子供だ。ディアはゆくゆくは神獣になる。



 そして神獣になればそりを引いて聖夜を猛スピードで駆け回ることが出来る。



 けどディアはまだ子供だ。そんなことはまだ出来ない。



 僕達はまだサンタクロース見習いの域を出ていないのだ。けどそんな僕らに、先代サンタクロースである爺ちゃんは早くも仕事を引き継がせた。不安になるのは当たり前だ。



「ほっほっほ。心配しなくてもええぞい。サンタクロースとは神獣トナカイを連れて走ることが大事というわけではないからのお」



 爺ちゃんは立派な白髭に手を当てながらそう言った。その言葉の続きは知っている。



 捨て子の僕が爺ちゃんに拾われてから何度も聞いたからだ。



「世界中の子供たちにプレゼントを届けて笑顔にさせるのが大事なんでしょ?」



「そうじゃ。ほっほっほ」



「でもディアはまだ神獣じゃないから、子供たち全員にプレゼントを配れるとは思えないよ……」



「何を言っておる。お主はステータスポイントを全て敏捷に振っておるんじゃ。それができるだけの実力があるじゃろうに」



 爺ちゃんは呆れたようにそう言った



 普通の人間の敏捷ステータスは200といったところだ。そして特別な訓練を受けた歴代のサンタクロースの平均は500。



 それに対して僕の敏捷ステータスは1000だ。だからディアがそりを引かなくても、代わりに僕がそりを引いて聖夜を駆け回ることが出来る。



 それだけ敏捷ステータスが高ければ、一晩で世界中を駆け回ることも可能だろう。しかしそれにはエネルギーがいる。すなわちカロリーだ。



 だから僕は行儀が悪くとも、食べながら爺ちゃんと話をする。だけどそれでも僕には不安がある。本当に僕らにサンタクロースの仕事を成し遂げることができるのか、と言う不安が。



 壁に立てかけられている時計からボーンボーンと0時を知らせる音が鳴った。運命の時が来たようだ。



「ほれ、時間じゃぞい」



 爺ちゃんに促されて家を出る。外は雪原が広がっている。ヒヤリとした空気が肌を撫で、思わず身体を震わせた。そんな僕の目の前に一台の巨大なソリがある。



 ソリの上には既に準備していた空のプレゼント箱が山積みになっている。これらの中身は後で入れるのだ。



 爺ちゃんが話しかけてきた。



「用意は出来ておるの?」



 そう言われて今一度自分の体を見た。雪だるまよりも丸々とした自分の巨体が視界を埋め尽くす。カロリーを摂りすぎた代償だが、仕方ない。



 そんな僕は防具も兼ねた真っ赤なサンタクロース服に、同じく赤の靴。さらにサンタ帽をかぶっている。準備はばっちりだ。



「ふぅ」



 自分の頬をぺちぺちと二回叩く。ここまで来たら、もう四の五の言ってられない。



 覚悟を決めないと。



「うん。完璧だよ」



「何をいっておる。魔除けのベル(ジングルベル)を忘れておるぞ」



「あ、ごめん」



 覚悟を決めたばかりなのに不安が襲ってきた。



「これが無ければ魔物に遭遇するところじゃぞ。しっかりせんか」



 そう言って爺ちゃんは下駄箱の上にあるたくさんのベルの中から、魔除けのベル(ジングルベル)を取ってくれた。



 いつもは僕が居ないとドジな爺ちゃんなのに。相変わらず仕事のことになると僕よりしっかりしているなあ。



 そんなことを思いながら、僕はベルを受け取った。



「落とさないように、しっかりと括りつけるんじゃぞ」



「うん」



 言われた通りにベルを腰に括りつける。うん、これなら全力で走っても取れなさそうだ。



 軽く足を動かしてみると、ベルが大きな音を立てた。これだけ大きな音が鳴るなら魔物に出会うことは無いだろう。



 でもプレゼントを配る上で一番注意しないといけないのは、魔物じゃない。



 これもまた爺ちゃんが昔からよく言っていることだ。



『サンタクロースにとってもっとも恐ろしいのは魔物ではない。時間なんじゃ』



 サンタクロースの仕事はこの世界で聖夜と呼ばれる、25日の0時から1時までの一時間の間に行われる。



 その僅かな時間でサンタクロースは世界中の子供たちにプレゼントを配らなければならないのだ。



 だから魔物なんか相手にしている暇など無い。本当に未熟者の僕にできるだろうか……。



 ベルの存在を忘れていたから、不安に蝕まれそうになる。



 すると爺ちゃんが僕の肩をポンと叩いてきた。



「ほれ、しっかりせんか。お前さんはワシが認めたサンタクロースじゃ。自信を持たんか」



 そういって爺ちゃんはニッと明るく笑った。その笑顔を見るとなんだか元気が沸いてくる。僕は力強く頷いた。



「うん、わかった」



「そうじゃ、それでいい」



 爺ちゃんが満足げに頷く。そして今度は真剣な顔をして口を開いた。僕も釣られて爺ちゃんの言葉に耳を傾ける。



「最後に確認じゃ。サンタクロースとして働くとき、必ず守らなければならない二つのルールは何じゃ? 言ってみるんじゃ」



「一つは、サンタクロースは夢の存在であるため、誰にも姿を見られてはならないこと」



 サンタクロースとは夢の存在だ。そして夢は現実にいてはならない。



 だから相手が子供であれ、大人であれ、この姿を見られてはならない。初代サンタクロースの教えだ。



「もう一つは必ず一時間で切り上げること」



 僕らの職業、《夢の運び人(サンタクロース)》は、通常職の《魔剣士》や《鍛冶師》などと違い、聖夜にしか力を発揮できない。そのため聖夜を過ぎると人間達に姿を見られてしまう。



 もっといえば最悪魔物に襲われ、翌年の仕事をする人間が居なくなってしまう。だから必ず一時間以内に仕事を終わらせなければならない。



 厳しいルールだが、歴代のサンタクロースはこの仕事に失敗したことがないらしい。だから僕も失敗するわけにはいかない。



 プレッシャーが……。いやいや、僕は覚悟を決めたんだ。しっかりしないと。



 そんなことを思っていると、爺ちゃんは満足そうに頷いた。



「ふむ。それが分かっていれば問題ないわい。それじゃあディアを呼ぶんじゃ」



「うん。ディア、おいで」



 僕がそう呟くと、どこからか光の球が現れた。それは僕の目の前に着地すると徐々にトナカイの形を成していく。



 やがて光が収まると、そこには赤い鼻をしたトナカイ、ディアがいた。



「ディア、仕事だよ」



「ブルルルル!」



 ディアは嬉しそうに、僕のお腹に頭をこすりつけながら鳴いた。



 するとディアの隣に、巨大な光の球が現れた。それは形を成していき、トナカイの形になる。



 やがて光が収まると、そこにはドラゴンでさえ貫けそうなほど立派な角を持ったトナカイが立っていた。



 爺ちゃんの相方のレインだ。



 レインの後ろ足には包帯が巻かれている。今年の春に崖から落ちそうになった僕とディアを助けたときに出来た傷だ。



 その傷を負ったために、爺ちゃん達はサンタクロースの仕事を引退した。



 爺ちゃんが朗らかに笑う。



「ほっほっほ。レインもお前さん達の門出を見送りたいじゃろうと思ってな」



「バルルルルル!」



 爺ちゃんと同じように、レインも歯を見せて笑った。それに僕は勇気付けられる。ディアがピョンと跳んでソリに乗った。



「それじゃあ行ってくるよ」



「うむ。がんばるんじゃぞ」





 先代のサンタクロースは、心地よいベルの音を響かせながら出発した弟子の背中を見る。そしてポツリと呟いた。



「やっぱり違和感があるのお」



「バルルル」



 先代の言葉に同意するようにレインが鼻を鳴らす。



 普通サンタクロースがプレゼントを配るときは、トナカイがソリを引くものである。



 もちろん先代とレインも今までそうしてきた。



「まあ、ディアはまだ子供じゃから、仕方ないんじゃがのお」



 先代は懐から取り出したニンジンをレインに食べさせる。



 サンタクロースのソリは特別なものであり、普通の人間が引けるものではない。



 《夢の運び人(サンタクロース)》となった者か、その相方のトナカイしか引けないのだ。



「じゃが、あやつらなら大丈夫じゃろ」



 自分が手に塩をかけて育てた弟子は、世界トップクラスの敏捷ステータスを誇る。体力も一晩中走れるだけ鍛え上げた。



 そこらへんに居るような魔物は全てソリで弾き飛ばせるだろう。



 もっともレッドアイと呼ばれる滅多に現れないドラゴンに遭遇すれば話は別だが。



「とはいっても、ワシだって今まで見たことが無いんじゃ。魔除けのベル(ジングルベル)を持たせたから、なおさら現れる心配なんてないじゃろ」



「バルルル」



 ニンジンを完食し、機嫌よく鼻を鳴らすレインと共に、先代は家に入る。すると玄関にベルが落ちているのを見つけた。



「さっき魔除けのベル(ジングルベル)を取ったときに落としてしもうたんじゃな。よっこらせ」



 先代は腰を屈めてベルを拾う。するとそのベルには『魔除けのベル(ジングルベル)』という文字が彫られていた。



「……む? 魔除けのベル(ジングルベル)は一つしかないはずじゃが……どういうことじゃ?」



 先代は訝しげな顔をした。下駄箱の上に飾っている数々のベルを見る。



 すると顔をサッと青くさせて、目を見開いた。



「し、しまったあ! 間違えて魔寄せのベル(クランプスのベル)を渡してもうたあ!」



「バルル!?」



 魔寄せのベル(クランプスのベル)とは、文字通りベルの音を聞いた魔物達を寄せ付けるものである。



「こ、これはまずいぞい!」



 意味もなく魔除けのベル(ジングルベル)を鳴らしてレインとあたふたする先代。しかしどうすることも出来ない。



 やがてしばらくすると開き直った。



「……まあ、あやつの速さなら魔物なぞに遅れをとらんじゃろ。問題はレッドアイに遭遇した場合じゃが……何とかなるはずじゃ!」



 ちなみに根拠は一切無い。





「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!」



「ブルルルルルル!?」



 見渡す限り魔物だらけなんだけど!?



 魔除けのベル(ジングルベル)、全然効いて無いじゃん! むしろ魔物が寄って来てる気がするんだけど!?



 魔物から逃げ切れる自信はあるけど、さすがにこの数は無理だよ!



「も、もっと鳴らさないと!」



 ベルの音がより大きく響くように、足を大きく動かす。



 リィン! リィン! リィン!



 すると視界いっぱいの魔物達の目が一斉にこちらに向いた。



 なりふり構わず襲い掛かってくる。



「ぎゃああああああああああああああああ!!」



「ブルルルルルルル!?」



 魔物達との距離はぐんぐん縮まる。



 避けようとしてもその先にも魔物がうじゃうじゃといるから意味が無い。かといって足を止めてUターンするのは無理だ。



 僕らは魔物の群れを目の前にして……勢い良く突っ込んだ。



「ぎゃあああああああああああ……って、あれ?」



 しかし次の瞬間にはその群れを抜けていた。



 あれ? なんで無事に群れを抜けれたの?



 呆然としながら後ろを振り返る。すると空高くに飛んでいる魔物達の姿が目に入った。



「……はっ!? 猛スピードで体当たりしたから抜けることができたのか! これなら魔物を避けれなくても大丈夫じゃん!」



 むしろ最短で街に行くために、魔物を避けないほうが良いかもしれない。体当たりして弾き飛ばせばいいんだから!



「ディア! 大丈夫だよね!」



「ブルル!」



 ソリの中からディアの元気な声が聞こえる。



 職業《夢の運び人(サンタクロース)》の権能、《聖夜の雪舟(サンタのソリ)》の効果で聖夜の間、ソリの中身は守られている。とはいえやはり心配なものは心配だった。



 だけどあれだけの群れを突破できて無事なら大丈夫だ。



「ディア! このまま最短最速で子供たちにプレゼントを届けに行くよ!」



「ブルル!」



 ディアに一声掛けて、僕はさらに強く地を蹴る。



「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」



 雪も、木々も、魔物も、全てが後ろに流れていく。



 すると遠くに星の明かりとは違う光が見えてきた。



「見えた! 街だ!」



 それは科学と魔法の技術によって生み出された人口の明かりだ。それが分厚く囲む外壁の中から外にもれ出ている。


 

 僕は人間と魔物の気配が無いことを確認し、外壁に沿うようにソリを止めた。



「ディア、ここで待っていてね」



「ブル!」



 ディアはソリの中から前足を上げて答える。良い子だ。



 ソリからプレゼント箱を一つ手にした僕は、壁に向かって歩く。



 そして職業《夢の運び人(サンタクロース)》の権能の一つである《聖夜の配達人(サンタさん)》を発動させる。これによって僕の体とそれに触れているものが全て透明になる。さらにこの状態になれば物体を透過できるのだ。



 僕は更に足を進める。すると何の抵抗も感じることなく壁を通り抜けた。



「さすが伝説の職業だ……。ここまで簡単に街に入ることができるだなんて……」



 《夢の運び人(サンタクロース)》は凄まじい権能を数々持つ、強力な職業だ。でもその代わり、これらの権能は聖夜の間にしか使えないんだけどね。



「お、少し体が軽いな」



 どうやら蓄えていた脂肪が落ちたようだ。カロリーを消費した証拠である。少し体がスマートになった気がする。



 ちなみにこの声も周りには聞こえていない。もっと言えば、足音も聞こえていないし、足跡も付かない。便利である。



 その状態のまま、僕は全力で街の中を駆け抜ける。時間は一秒たりとも待ってくれないのだ。



 そうして数秒後、一軒の家に着いた。



「お邪魔します」



 そう口にして、僕は家の中に入る。誰にも見られていないとはいえ、礼儀は大事だ。



 家の中は明るい。クリスマスツリーやクリスマスキャンドルが飾られている。



 リビングでは一組の男性と女性がクリスマスケーキを挟んで楽しそうに会話している。



 寝室に向かうと、一人の少女が笑顔を浮かべながら眠っていた。そんな彼女の傍らに立ち、僕は持っていたプレゼント箱を置く。



「最後に……」



 僕は《夢の運び人(サンタクロース)》の権能である《聖夜の贈り物(クリスマスプレゼント)》を発動させた。それによってプレゼント箱が淡く光る。



 これで少女が望むものがプレゼント箱の中に創り出されただろう。



「これでよし、と。お邪魔しましたー」



 一仕事を終えて家を出る。そして再び全力で走り、ディアの下まで戻った。



「ディア、ただいま!」



「ブルル?」



「うん、一つ終わったよ。次のプレゼント箱を取りに来たんだ」



「ブルル!」



 ディアが前足で器用に時計を持って見せてきた。爺ちゃんの家を出てからここまで五分とかかってない。



 普通の人なら爺ちゃんの家から一番近いこの街に来るだけでも、最低十分はかかるらしい。



 ディアに何かあった時に僕が代わりにソリを引くことを考えて、ステータスポイントを全て敏捷に振っておいてよかった。



 まあ、実際はディアが進化することなく、僕が引くことになっているんだけど。



 って、こうしてる暇なんて無いんだった。



「それじゃあ行って来るよ!」



「ブル!」



 ディアに見送られながら、僕はもう一度街の中に入った。











 ソリと子供達の家々を何度も往復しながら、僕はプレゼントを配る。



 中には僕の姿を見るために布団の中で夜更かししていた子もいた。けど残念ながら僕の姿に気づくことは無かった。



 今頃睡魔に耐え切れずに夢の中に旅立っているか、いつの間にか存在していたプレゼントに驚いていることだろう。



 そうして僕はこの世界に点々としている街や村を順番に回る。丸々としていた体も、この一晩でだんだんとスマートになってきた。



 早くも残り十五分で聖夜が終わってしまう。



「急がないと!」



 次で最後の街だけど、このままだとギリギリ間に合いそうに無い。サンタクロースとして、全ての子供達にプレゼントを配れない、なんてことはしたくない。



 僕は更に地面を強く蹴る。辺りにリィン、リィンとベルの心地良い音が響く。



 そして相変わらず何故か集まってくる魔物達を弾き飛ばしていく。



 すると突然ソリに乗っているディアが叫んだ。



「ブルルルルル!?」



「どうしたの?」



 猛スピードで走っているため、ディアの様子を見ることが出来ない。



 けどディアが何かに怯えているのは分かった。スピードを落として後ろを見るか?



 いや、時間が無いからそんな暇は無い。でも少し止まるくらいなら大丈夫か?



 そんなことを考えていると、突如頭上から低く唸るような声が聞こえた。



「グルルルルルル……」



「……え?」



 思わず上を振り仰ぐ。そこには巨大なドラゴンがいた。



「嘘、でしょ……?」



 真っ赤な鱗に覆われ、巨大な一対の翼を羽ばたかせている。特長的な赤い目は爛々と輝いており、僕達を……いや、僕のことを真っ直ぐに見ている。



 僕はこの魔物を見たことはない。だけどこの魔物の特徴と一致する名前を聞いたことがある。



「レッドアイ……」



 それは全ての魔物の頂点に存在すると言われる赤龍だ。この世界の創世記から存在する最古の魔物といわれている。



 レッドアイはこれまで数えきれないほど多くの戦闘を繰り広げてきたのだろう。それを物語るように赤い体の各所に古傷がある。まるで歴戦の猛者のようだ。



「に、逃げなきゃ!」



 戦っても勝てないことは分かりきっている。僕はこれまでペース配分を考えてセーブしていた速度を最大まで引き上げた。



 その瞬間、周りの景色が全て線になる。



 後ろにグン、と伸びたように流れていく。



 視界に移る景色が目で追えない。



 だけどそれでも走り続ける。



 しかし。



「グルルルルル」




「嘘でしょ!?」



 レッドアイはついて来た。僕と全く同じ速度で頭上を飛んでいる。



 敏捷ステータスには自信があるのに、それを鼻で笑うかのようにぴったりとついてきている。



 どうしよう?



 どうしよう!



 どうしよう!!



 当然街に行くわけにはいかない。かといってレッドアイを振り切ることは出来ない。



 このままだと食われてしまう。



「ガルルルルル!!」



「うわっ!?」



 レッドアイが鋭い声で鳴いた。思わず頭上を振り仰ぐ。



 その瞬間、僕のすぐ隣を巨大な岩が通りぬけた……ように見えた。直後、ドガァ! という音と共に、体が宙を舞う。



「……え?」



 一瞬の浮遊。



 視界に移るのは目を見開いているディアと、散らばったプレゼント箱。



 そして上下反転しているレッドアイと壊れた魔除けのベル(ジングルベル)の欠片。



 そのことに呆然としていると、頭から雪の中に突っ込んだ。



 慌てて顔を出し、辺りを見回す。レッドアイはその目に愉快そうな色を浮かべながら、空を飛んでいる。



「は、早く逃げないと!」



 急いで取り落としたロープを持って立ち上がる。しかしロープから帰ってくる手ごたえはとても頼りない。



「……え?」



 慌ててロープの先を見る。そこに巨大なソリは無かった。急いで辺りを見回す。



 そこかしこにプレゼント箱が散乱している。どうやら大岩に衝突したせいで飛び散ってしまったらしい。



 視界の隅に映るソリに目を向けると、ものの見事に大破している。あれでは雪の上を走るどころか、荷物を運ぶことさえできやしない。



「そ、そんな……!」



 いや、プレゼントはどうでもいい! 今は逃げることだけ考えなきゃ!



 そうだ、ディアは!?



「っ!? ディア! 大丈夫!?」



 ディアは雪に上半身を埋もれさせてうめいている。そんな彼女の体を引っ張って、僕らは走り出す。



 しかしレッドアイはそれを許さなかった。



「ガルルルルル!」



「うわあ!?」



 レッドアイが降り積もった雪を巻き上げながら、僕達の目の前に着地する。



 それを前にすると、巨体からあふれ出る強者の威圧感が肌を刺すように分かる。それに耐え切れず、僕は情けなくも腰を抜かしてへたり込んでしまった。



 しかしディアは威勢の良い声で、僕を守るように前に出る。



「ブルルルル!」



「だ、だめだ、ディア! 逃げ……」



「ギャルルルルルル!」



 僕の声を遮るようにレッドアイが咆哮する。



 逃げなきゃ! でも足が震えて動かない……!



 頭の中で嵐のように警鐘が鳴らされる。それはディアも同様だろう。



 しかしそれでもディアは逃げ出さない。



 レッドアイが巨大な尾を高々と振り上げた。僕らの何倍もの大きさがある。上から叩きつけられれば間違いなく即死だ。



 どうする!



 どうする!?



 どうする!!?



 限界まで集中し、頭を働かせる。走馬灯が脳内を駆け、様々な場面が鮮明に見える。



 するとかつて爺ちゃんに教えてもらった言葉が思い出された。



『《夢の運び人(サンタクロース)》の権能である《聖夜の贈り物(クリスマスプレゼント)》は、子供達のあらゆる願いを叶えることができるんじゃ。じゃからワシらは彼らに笑顔を届けることができるんじゃよ』



 爺ちゃんは笑いながらそう言っていた。……口の端にせんべいの欠片をつけながら。いや、今大事なのはそこじゃない。



 《聖夜の贈り物(クリスマスプレゼント)》は子供達のあらゆる願いを叶えることができる……。



 僕の今の年齢は19。ギリギリ《聖夜の贈り物(クリスマスプレゼント)》の対象内。



 なら、もし自分に《聖夜の贈り物(クリスマスプレゼント)》を使ったとしたら? 願いは叶うだろうか?



 サンタクロースである自分も、その対象に含まれるだろうか?



 そもそも、聖夜の間にしか使えないサンタクロースの権能を、自分のために使っていいのだろうか?



 そんな葛藤が一瞬のうちに脳内を満たす。



 けど悩んでいる暇なんてない!



 空気を裂いて赤い尾が迫り来る。



 一か八かだ!



 「《聖夜の贈り物(クリスマスプレゼント)》!!!」



 権能を発動させる。するとディアの体が急に輝き出した。



「ブルルルルル!?」



 僕が願ったのはレッドアイから逃げる事でも、倒す事でもない。



 ディアだけでも無事に生きることができますように、という願いだ。



 真っ先に思い描いた願いがそれだった。



 けど、一体どういうことだろう? 輝き出したディアの体が徐々に大きくなっていく。



「ブル!? ブルルルルル!?」



 まるで苗木から大木になるまでの成長を早送りにしているかのようだ。



 足はたくましく、体はがっしりと、角は天を突くように太く伸びる。



 その急激な変化にレッドアイも戸惑い、攻撃を止めた。



 輝きが収まると、そこにはこれまで見たことも無いほど立派な姿をしたディアが立っていた。



「バルルルルルルルル!!」



 ディアがレッドアイに向けて威嚇の咆哮を放つ。それだけで周囲の空気が震え、降り積もった雪が高々と宙に舞った。



「ディアが、神獣になった……」



 神獣。それは魔物というカテゴリには収まらない、さらに上の存在だ。創世記から存在したレッドアイとは違い、創造神自らが創り出した種であると言われている。



 そんなディアに対して、レッドアイが吼えた。



「ガルルルルルルル!」



「バルルルルルルル!」



 両者とも耳をつんざくような大音量で威嚇し合う。だがレッドアイは及び腰になっているのが目に見えて分かる。



 ディアが威嚇し、一歩踏み出す度にレッドアイが後退する。ディア、かっこいいな!



 ディアが体重を後ろにし、角を下げた。あれは突進の構えだ! それを見たレッドアイは焦ったように翼をはためかせ、空を飛ぶ。



「ガ、がルルルルル!」



 レッドアイはそう一声鳴くと、そのままどこかに飛んで行ってしまった。



「レッドアイが、逃げていった……」



「バルル!」



 ディアが褒めて褒めて、と頭を擦り付けてくる。目いっぱい撫でる。



「凄いなディア! あのレッドアイを追い払った!」



「バルル!」



 ディアは鼻息を荒くさせて自慢げに鳴き声をあげる。次に周りを見渡した。



 そこにはプレゼント箱が散らばっている。雪の上に着地したから、どれも無事みたいだ。



「そうだ、プレゼントを運ばなきゃ。でも……」



 ソリは大破してるから使い物にならない。それでもサンタクロースとしてなんとしてもプレゼントを運ばなきゃならない。



「そうだ、残り時間は!?」



「バルル」



 辺りを見回してどこかに飛んでいったであろう時計を探そうとすると、ディアが器用に前足の爪に挟んで持ってきてくれた。



 時間は残り十分。



「どうしよう、次の街まではどんなに頑張っても十分かかる……」

 


 プレゼントを配る時間を考えても五分は欲しい。加えてソリが壊れているから、プレゼント箱をまとめて運ぶことが出来ない。



「バル、バルルルル」



「ディア、どうしたの?」



 ディアが体を摺り寄せてきた。ディアは何かを伝えようとしている時はいつもこうしてくる。



 つまりそれは僕が何かを忘れているということだ。この状況でディアがそれを思い出させようとしてくるということは、何か解決策があるに違いない。



 そう考えて、僕は必死に頭を回転させる。先程見た走馬灯を思い出す。ややあって、これまでディアが子供だったから使えなかった権能のことを思い出した。



「そうだ! 《相方との絆(赤鼻のトナカイ)》だ!」



 《相方との絆(赤鼻のトナカイ)》とは、サンタクロースの全てのステータスを相方の神獣に上乗せする権能だ。これによってプレゼントを運ぶ速度が何倍にも上がる。



 それに加えてこの権能は、空飛ぶソリを具現化させる能力がある。これまでは森や川は避けてきたから時間がかかったけど、その必要が無くなる。



 それがあれば魔物に邪魔されてスピードが落ちることも無い。すぐさま僕は《相方との絆(赤鼻のトナカイ)》を発動させた。



「《相方との絆(赤鼻のトナカイ)》!」



 すると優しいベルの音色が辺りに鳴り響く。魔除けのベルよりも遥かに落ち着く音色だ。



 同時に僕のステータスがディアに上乗せされたのを感じた。なんだかディアと心が繋がったようにポカポカするのだ。



 さらに空から一つの光の球がやって来て、僕らの目の前に着地する。その光が収まると、そこにはクリスマスリースや靴下、クリスマスキャンディなどが飾られたソリが現れた。



「わあ! 豪華なソリだ!」



「バルル!」



 これまで使っていた飾り気の無いソリとは全く違う。僕らはそのソリに散乱したプレゼント箱を全て載せた。



「バル! バルル!」



「ディアが引っ張ってくれるの?」



「バル!」



「ありがとう、頼むよ。それじゃあ、出発だ!」



「バルルルルルル!」



 僕はそりに乗り、ディアが引く。僕らは宙に浮き、空を飛んだ。



 先ほどまでとは比べ物にならない速度だ。これなら間に合うぞ!



 僕らは光の速さで聖夜を駆け抜ける。



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