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初仕事


 怜悧に導かれ、祐樹は湊楼の屋敷内を隈なく回る。

 身の丈程の立派な窓が延々と並ぶ、真っ直ぐの廊下。陽の差し込む窓辺を沿って歩けば、二階の高みからの庭園が望める。


 上空から全体を俯瞰すれば庭園を囲む様に“コ”の形をしているこの邸宅は、祐樹の価値観を引っ繰り返す程に広大だ。家と呼ぶよりも校舎を想起させる規模で、敷地を持て余している感も否めないが、怜悧の話を聞くとその気も変わる。


「案内するに当たって一つ忠告を。

 慧様の研究室だけは、余程の用がない限りは、軽率に扉を叩くことのないように。只今新薬の開発に凝ってるそうなので、あまり近付かないことをお奨めします」


 左手の甲を腰の後ろに当て、大広間でも見せた様に人差し指を口元に添えながら、怜悧は規律的な足取りで説明する。


「そんな施設まであるんですか……。

 とすると、慧様や郁様に必要な部屋も他に?」


「はい。郁様の為に造ったトレーニングルーム等も御座いますが、そちらは屋敷の者全体で共有しているので、相川様もお気が向けばご利用を。

 ……もしかすると、私から誘うかもしれませんが」


 先の一件から相好を崩す一面が垣間見えるが、怜悧のミリ単位でしか動かない不敵な微笑とセットの一瞥は、祐樹の心臓に悪い。


 恐らくは冗句の部類なのだろうと受け取って、苦笑いで濁す。


「その時は、お手柔らかにお願いします。

 ……ところで、〝様〟と呼ばれるのも妙に落ち着かないんですが……立場的には、飼詠執事長の方が、目上に当たる訳ですし」


 予てからの疑問を口にすれば、怜悧は足を止め、透き通った白髪に陽射しを受けながら、凛と答える


「いえ、立場で見るからこそ、この呼び方で適切なのです。

 お気を悪くさせたならご容赦を。慣れてください。

 それが、貴方の為にもなると思いますので」


「それって、どういう……」


「じき理解出来ます」


 手短に打ち切り、怜悧は颯爽と職務の顔に戻る。

 違和感を振り払って、祐樹はその背に続いた。



 一通り見て回る頃にはもう日没で、単純な歩き疲れよりも庶民暮らし故のギャップで気力をくり抜かれ、祐樹の終着点はインテリアの凝ったダイニングルーム。


 長テーブルの天辺、まるで家長の如く目立つ場所に座らされて、高そうな椅子にも背中を預けられない。


 大広間の別れ際で慧が言っていた夕餉の時刻。


 湊楼家専属のシェフにより目の前に運ばれた料理は、洋館の雰囲気に全然そぐわない。


 ――スッポン鍋、である。


「ささ、屋敷を歩き回って疲れただろ? 相川君?

 今日のところは精を付けて、然るべき時に備えてくれ給え」


「その、心遣いは嬉しいのですが……いつもこういった料理を?」


「滋養。供給。遠慮はなし」


「……お二人は食べないので?」


「や、ここで私と郁以外が食べてるのを見るのが久し振りでな?

 ちょっと新鮮なんだよ」


 鍋を囲む視界の右手で慧は、研究室で何をしてきたのか得体の知れない染みをそこかしこに残した白衣姿で嬉しそうに鼻頭を掻く。


「“ゆーき”を見てる方が、お腹膨れる」


 反対側で両手に頬杖を突いて、もにゅっとしたほっぺの顔で郁が祐樹を物珍しそうに眺める。何時の間にか親しんだ呼び名に変わっているけれど、どこで好感度が上がったのか覚えがない。


 何かを期待している様な双子の眼差しを受けて、祐樹はここまで連れて来てくれた怜悧の言葉を思い出す。


『少々破天荒なお嬢様達ですが……どうか宜しくお願いします』


 咳払いするような間を挟んだ意味深な発言であったが、ここにきて一抹の不安が込み上げながらも、祐樹は素直な食欲に従った。


「……では、頂きます」


 爛々とした姉妹の瞳に見つめられながら人生初のスッポン鍋を食すも、舌が痺れる様な心地で味がしない。


スッポンってこんなものだろうか?


無理矢理口に詰め込む祐樹を見ては、慧がしめしめと笑みを浮かべ、郁が機嫌よく肩を揺らして質問する。


「お屋敷。訪問。感想。所望」


「……まだ、現実感が湧きません。

 夢でも見てる気分です。醒めないといいんですけど」


 素直な答えに微苦笑を付け足して、祐樹は食事の手を休める。


 気疲れが溜まっていたのだろうか――酷く眠い。


 急激に落ちかけた瞼に抗って、それでも意識は睡魔に引き摺られ、腕をだらりと垂れ下げた。


 瞼の暗闇に覆われた頃、耳に届いた声は、どこか幻聴めいていて。


「夢にはさせないさ。

 また起きてのお楽しみだな、“ゆーくん”?」


そこで祐樹の意識は、完全に途切れた。



 ◇



「ん……」


 目を開くと、知らない天井だった。


 というか、知らない天蓋があった。


 流石お金持ちの家だな――なんて思考の頭はまだ鉛の様に重たくて、ここがどこなのかも判断が付かない。


 ただ、自分が仰向けになっていること。


 そして、身体が動かないことだけは、はっきりと分かる。


 手術台の上で麻酔をかけられた様に全身の感覚がはっきりとしない祐樹の両耳に、蠱惑的な吐息が掛かる。


「――覚醒まで四時間と三十二分十六秒。

 もうすぐ日付が変わる時間だよ、ゆーくん?」


「……ゆーき。退屈。待ち惚け」


 囁くような線の細い声音は、聴き間違えようもなく姉妹のもので。


「その、この状況の説明を……」


 首すらも固定された様に思い通りにはなってくれず、右目の端で慧の姿を確認する。


 下着姿の主人が寝そべっていた。


 セミロングの黒髪を枕の代わりにする様に頬の下敷きにして、毛先を弄ぶように内側に折り曲げた右腕の肘越しに、藤色のブラが肌色の実り隠している。


 空いた左腕が前に胸を支える様に下から抱えて、その存在を主張する。


 咄嗟に祐樹の視線が吸い寄せられたのを見て取って、慧が妖しく笑む。


「ゆーくんが私と私の可愛い妹を侍らせてる。

 ……他に説明が?」


「……単純。明快。自明の理」


 潜めた声音に引かれ左端に目を遣れば、うつ伏せに寝た半裸の郁。


 桜色のブラに包まれた胸が押し潰された形に変わって、祐樹の肩に近い位置にある。


 普段から眠気眼の郁の瞳は、ショートの濡れ羽色の髪より妖しい光を帯びて、誘う様に細められている。


 桜の様に薄く淡く薄い唇をシーツに口付けする様に斜めに傾けて、熱を帯びた視線を絶えず祐樹を見つめている。


 何が起きているのかは分かった。


「動機の一切が意味不明なんですが……」


 どうしてこうなっているのか、一向に理解出来なかった。


 瞼を閉じて祐樹は幼少より父に仕込まれた平常心で理性を保つ。


 心頭滅却の境地はしかし、両耳に掛かる吐息で遮られる。


「悪いが手っ取り早く仕事を教えたくて一服盛った。

 ちゃんと求人には目を通したろ? 

 添い寝だよ。

 そ・い・ね」


「……添い寝で終わるかは。ゆーき次第」


 ごくりと息を呑み、祐樹はその真意を尋ねる。


「……もっと分かり易くお願いします」


「君の遺伝子が欲しい」


「……あいらぶゆー?」


 直球と疑問形に挟まれて、祐樹は天を仰ぎ、大事な人を思い浮かべる。


(――ごめん、雛)


 お兄ぃ、たぶん帰れない。


https://novel18.syosetu.com/n0681fs/1/


諸々のお声を頂き次話だけノクターンに逝きました。

続きの気になるという方は、上記のURLまでお願いします。

以後濡れ場めいた場面になったら流石に自重します。

お手数をかけてしまい、申し訳ありません。

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