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突発本試験

途中視点が変わります。

宜しくお願いします。



「脱がされた……」


「そんなお嫁にいけないみたいな顔するなって。お婿になら貰ってやるから、な?」


「筋肉。一杯触れた。ぶい」


顔を隠す祐樹の肩に慧が手を預け、郁はこれ見よがしに両手でピースを作っている。


「でも似合ってるじゃないか。私の見立て以上に様になっているぞ」


「レーリにも。勝るとも劣らない」


ひん剥かれた側だけど、言われて悪い気はしない。


以前のセクハラ紛いが理に適った行為であったと認めるのは大変複雑な思いもあるが、初めて袖を通す燕尾服の着心地は、存外に悪くない。


それだけ姉妹の寸法を測る精度が高かった訳だが、感謝出来ないのはプライド故だろうか。

じろじろと見つめられるのを避けるつもりで一つ咳払いすると、祐樹は改めて新天地を見上げる。


祐樹が今立つのは、湊楼家の大広間だ。


敷物や階段、天井に至るまで、紅葉に似た落ち着いた色調で全体を揃え、シックな雰囲気で纏まった内装。


首が折れそうな程真上に吊り下げられたシャンデリアから早速維持費と掃除の手間暇を想像し、祐樹はふわふわと浮いた気分になる。


「じゃあ相川君、私は夕餉の前で済ませたいことがあるから。レーリ、屋敷の案内は頼めるかな?」


「畏まりました。慧様」


「レーリ。人に優しく」


慧と郁は目前のやけに横に広い階段を上っていく。

ネクタイを締め背筋を伸ばし、祐樹は隣立つ怜悧の指示を待つ。


改めて観察しても、磨き上げた様に白い素肌の横顔は、異国の王子様だと言われた方が納得出来る程の美形だ。燕尾服に包まれた身体のシルエットこそ女性であることを主張しているが、祐樹に並ぶ身長で細身の体躯から成される立ち居振る舞いは、本職の武道家の様に隙が無い。


彼女と二人きりになることに言い知れぬ不安を感じると同時、怜悧が声を発する。


「その(めい)は承りかねます。郁様」


階段の二人が足を止める。


どこか凍てついた空気に、怜悧は鋭い横目で祐樹を刺す。


「ここまでご足労おかけした上で申し訳ありません、相川様。

 私はまだ、貴方を認めておりません」



 ◇



「……それはこれから判断する、という体でどうかな? レーリ」


「お嬢様方の手を煩わせずとも、この場で判断出来ることで御座います」


飼詠(かえい)怜悧という女性は、少々頑固なきらいがある人間だ。


彼女と長年長年の付き合いである慧にしても、その仕事に対する念の入れようは、時々辟易する程だ。


その生真面目さに多くを助けられているけれど、むやみやたらと発揮されても困る。


階段の中腹に立つ慧と郁は、執事服で向き合う、白と黒の対照的な二人を見下ろす。


「で、どう決めるんだい?」


「暫しお待ちを」


言って、怜悧は立てた人差し指を唇に添えて、片目を瞑って祐樹を見つめる。


そのまま、じぃっと動かない。


全っ然動かない。


「……なぁ郁。アレ何やってるんだ?」


「イメトレ、的なの」


「イメトレ???」


「レーリ。相手見たら、強いかどうか、分かるから。

 今。立ったまま戦ってる。郁も昔、やって貰った」


少年漫画かよ、と慧は内心呆れる。


でも、怜悧ならもしやと即座に思考が切り替わるのは、湊楼の家に長年仕えてきた実績を知っているからだ。

彼女の警護で無頼の輩が何人も闇に葬られた。

海外での活動を資本としている慧の父が、怜悧を手元に置いていた頃は、名うてのヒットマンも八つ裂きにしたと音に聞く。


二次元から切り抜いた容姿以上に、出鱈目な人間なのである。


「郁はどうだったんだ? その脳内合戦の判定は?」


「一手。郁の詰み」


妹の客観的な言い方に、慧は吹けない口笛を吹こうとする。


身内贔屓な自論になるが、血を分けたこの妹は何か一つのスポーツに打ち込めれば世界を本気で狙えると、慧はその才能を疑ったことはない。


護身術にも秀で郁は護衛要らずで、慧が安心して往来を歩けるのも妹のおかげだ。いつぞやのチンピラ程度なら軽くあしらえただろうし、有段者が相手でも、決して負けはしない引き方を心得ている。


その郁が、一手だ。最早漫画の世界のイメージになるが、喉笛に手刀を立てる絵が思い浮かぶ。


なら、慧と郁が見初めたあの男は、怪物にどうこき下ろされるのか。


固唾を呑んで見守れば、怜悧が片方の瞼を閉じ、祐樹への視線を切る。


「――二手」


全てを総括するように、彼女は言う。


郁よりはいいとこいった、と考えれば、相対的に高い評価だ。


しかし怜悧は、立てた人差し指を折り畳むと、


「で、私の負け、ですね」


仮面の様に固まっていた目と口元を緩め、柔らかく微笑んだ。


これは、ちょっとした大事件である。


氷の美女と名高く、この家に数多使えるメイド達から、男装の麗人として黄色い声を浴びる怜悧が笑った場面を、慧は殆ど目にしたことがない。


しかし今、現に慧は立ち会った。鏡合わせの顔で目を丸くする郁と、きっと同じ顔をしていることだろう。


半眼が常の郁が大きく目を見開いているのは、怜悧が敗北を認めたせいもあるかしれないけど。

つまりは、二重三重に大事件なのだ、これは。


「御見それしました。相川様。

 この度は、とんだご無礼を」


「いえ、僕も勉強になりました。

 間合いが違えば、また変わったと思います」


「君もやってたのか……」


今度こそ慧は本気で呆れた。


何か感想戦で身振り手振りしだす執事長とその見習いを見下ろして、郁がささやかな拍手を送っている。


「レーリ。共感。初めて見る」


愛弟子にでも接する様に距離感を縮めた怜悧との間に、紡いできた関係性を飛び越えられた悔しさが少し。


「……うん、認識を改めよう。

 想定以上だな、彼は」


求めていた以上の人材が手に入ったという感触。

蒐集癖にも似た感慨を覚え、慧は片頬を吊り上げる。


「――今夜が楽しみだな、郁」


頷き返した妹の手に、慧は掌を差し入れる。

絡めた指先は、共犯めいた薄暗い情動を、互いの手に伝え合った。


読んで頂きありがとうございます!

シリアス風味になり過ぎない感じで気を付けます…。

怪しい引きですが特に暗い展開にはならないので大丈夫です。

そろそろイチャつきに向かわせます。

感想、ブクマ、ポイントも心の栄養になっております! 感謝です。

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