姉妹と暴漢と撃退と
「……なぁ、そこの御仁。初対面に不躾なのは承知な上で、一つ頼まれてくれないか。こいつらを追っ払ってくれ。金は幾らでも積む」
青い空の下、まだ面接もしてないのに湊楼のご息女から依頼を受ける。コートのように裾がだだ余りな白衣姿で、慧は腕を組み仁王立ち。
そんな彼女の背からひょっこりと、萌え袖で口を隠す様にして郁が顔を出す。
「……慧」
「郁は動かなくていい」
一瞬で目配せする手短なやり取りだったが、それだけで祐樹には、この状況は郁に任せれば解決出来る程度の些事なのだろうと容易に察せた。
彼女が修めた技術には護身術の類も多いと聞く。
捉えどころなくふわふわとした少女だが、安定した重心の足運びは姉を守れるよう常に意識付けがなされている。
多少は武道を齧っている祐樹だからこそ気付ける類で、それすらも見透かしている様に慧は試すような視線をこちらに向けている。
並み外れた頭脳を持つ湊楼慧の思惑を、この時祐樹は掴んだ気がした。
この不良達を穏便に片付けること。
それが正しく試験の一環なのだと、祐樹は頷く。
「無償で引き受けます。僕も貴女達に、話したいことがあるので」
「おぉ!? やろうってのかアンちゃ――」
リョウだったかショウだったか、兎に角リーゼント頭に背中を向けていた祐樹は、即座に後ろに回って、両肩を揉む様に手を掛ける。
――相川の家が代々引き継いできたものは、格闘オタクの父の代で大いに変わってしまった。
これから祐樹が成そうとしているのもそんな肉親から継承した一つであり、加えて言うなら父は健康オタクでもあった。
生業と趣味が合わさって、実践的でない全く新しい武術を生み出して数知れず。肩凝りに効く技も、祐樹の身体には刻まれている。
呼吸を整え、一息に。
凝り固まった中学生の肩を岩盤の様に見立て、掌から一瞬にして力を広く伝える、即ち発勁。
「ンッッッッッ!?!?!?」
「ショウ!?」
活きの良いヤンキーが一人倒れ伏し釣り上げられた魚の様にのたうち回る。
「肩凝りに効く拳ぽ……マッサージです。
……久し振りなんで、加減出来てなかったら御免なさい」
「オ……キモチ……」
「クソったれぇ!! ショウのアイデンティティ奪いやがってぇ!! 覚えてやがれよぉ!?」
捨て台詞を吐いて相棒の腕を肩に回し身を引き摺りながら不良が去る。
彼が肉離れを起こさないことを祈りながら、祐樹はやっと姉妹と向かい合う。
「……お見事。佇まいから何か齧っていると思っていたが、まさか治して撃退するとは」
「……驚嘆。賞賛。拍手喝采。
お名前。所望」
「相川祐樹と言います。その、湊楼家の執事の募集を受けて、こちらに伺いました。
ボディガードくらいなら、そこそこやっていけるかなぁ、と……」
ぱちぱちと一人柏手を打つ慧の前で、祐樹は照れ隠しにうなじを掻く。
気を良くしていたのも束の間、慧が興味津々に歩み寄って、祐樹の身体を断りもなく触り出す。
学者気質が目覚めたとでも言わんばかりの好奇心は、学問どころか異性の身体つきにも及ぶらしい。
腕や服越しの脇腹までペタペタと、身長差にして10センチはあろう少女が目線の下で祐樹をモルモットの様に調べ尽くす。
「そこそこなんてとんでもない! 服の上からでも私には分かるぞ鍛えられた肉体美が! ほれっ、郁も触ってみろっ」
言うが早いが姉の催促に飛びつき郁もさわさわと祐樹の腹回りを撫で始める。こちらは触り方が若干嫌らしいというか、何を考えているのか分からないせいで服の下から手を滑り込ませそうな怖さがある。
このまま案山子の如く弄ばれるのではと危惧して、祐樹は口を開く。
「……あの、第一印象的には、好感触、ということで?」
「感触……好……」
絶妙に噛み合っていない。
郁は両手で祐樹の左の掌を包み込み、何故か頬を朱に染めている。
慧はと言えば、余った手を握るどころか右腕を羽交い絞めにして、頬をむくれさせ詰るような上目遣い。
「ここまで言わせておいていけずだな。
ならはっきり伝えてやろう。
――君に決めた」
「……決めた」
姉の真似事か、郁も萌え袖の両手を木にしがみ付くコアラのように絡めてきて、祐樹は両腕を同じ顔の美少女に拘束される。
制服越しにも伝わる豊かな胸の谷間に吸い寄せられるようにがっちりと、陽光に照る濡れ羽色の黒髪を真下に、悪戯っぽい微笑みの慧と、眠気眼がどことなく緩んだ郁に見上げられ、祐樹は内心気が気でない。
「これから宜しく頼むよ? 相川祐樹君?」
「きっと、長い仲付き合い、なる」
これがまだ、受難の序章であることを、祐樹は知らない。