ファーストコンタクト
求人の電話先に公衆電話から掛け合い、無機質な声で現地面接との返答を受け、祐樹は直接湊楼家に足を運んだ。
やはり祐樹の想像を優に飛び越して、映画やドラマの世界でもかくやといった鉄門扉越しに、学校のグラウンドすらすっぽりと収まりそうな敷地が広がって、絵に描いた様なお誂え向きの洋館が祐樹の視線の先で待ち構えている。
「でっか……」
横幅の広い湊楼の館は門扉からは白い壁が左右に伸びて、一面が仕切りの様だ。
場違いであることを自覚しながら、門の前に立ち、祐樹は踏み込むのを少し躊躇う。
湊楼が一応とはいえ祐樹を見定めると頷いてくれたのは、この家系が極端な程実力主義だからだ。
本人の資質をその眼で確かめること。通話の相手は機械の様な声だったけれど、それのみが湊楼の執事として雇う採用条件だと答えてくれた。
なら祐樹にもチャンスはあると意気込むことは出来たし、逆を言えばそれだけ来るもの拒まずの体制は、多くの競争相手を想定する材料として余りあった。
だから祐樹は――自分から左手の門扉の脇で、いかにもなヤンキー座りをしている男子二人組に、思わず声を掛けてしまう。
「あのー、貴方達も、こちらに受けに来た方ですか?」
「おぉん!?」
と、学ランリーゼントが鳴き、
「どこ目付いてんだゴルァ!?」
と、同じ服装の禿頭マスク男がメンチを切る。
(今時いるんだなぁ、ああいうの)
感心して祐樹は視線を逸らしぼぉっと立つ。
夏休みも近付いたあくる日の放課後、自分のようにバイトを探す人間もいれば、金持ちの家の前でスタンバッてる不良も湧くらしい。
夏場で学ランも、彼らの矜持もとい生態なんだろう。
「君達、人の家の前で何をたむろってるんだね?」
「……帰宅。訪問。アポ取ってから」
時間を置いて幾ばくか、門の右手から声は掛かる。
その方を見遣って、祐樹は目を見張る。
そっくりの顔の見目麗しい少女が、そこに並んで立っていたからだ。
――湊楼という家名を更に確固たるものにした著名人として、祐樹は断片的な情報から彼女達を見知っている。SNSはおろかテレビすら家にない祐樹の耳に飛び込む程、彼女達は幼少の頃より“天才”と目されて久しい。
ゴロつきに負けじと冷ややかな視線を投げる、制服の上から着た白衣が板に付いた、ふんわりとウェーブがかったセミロングの少女は、湊楼慧。
高校生にして大学の研究機関ですら手をこまねいていた仮説空論を幾多も現実的なものとして押し上げ、文理問わず学問の徒として日々活躍し彼女の名前の賞を授与する等、規格外のインテリ美少女。
喋るのも面倒と言わんばかりの省エネで片言を紡いだ、今にも眠りそうな半分眼の少女は、湊楼郁。
纏うピンクのパーカー服に埋もれた両の手――所謂萌え袖という奴だ――をだらりと下げ、活発そうなショートの黒髪と印象の食い違うぬぼーっとした立ち姿ながらも、彼女は千差万別多種多様のスポーツで百花繚乱の功績を残し時の人となった経歴を持つ、若者の人間離れ代表格のようなアスリートだ。
この二人、同じ顔の美人なものだから、メディアへの取り上げられ方は凄まじかったと祐樹は記憶している。
慧と郁。双子の姉と妹の関係である二人はその出自も込みでスポーツと学問双方の喝采を浴び、湊楼という血統の優秀さを世に知らしめた。
そんな違う世界の住人が目の前にいるというのは、改めて自分から現実感が湧いてこない。二人ともアイドルか女優を本業にしても不可思議はないくらいの美貌と可憐さを、自然な佇まいから溢れさせているからだ。
烏の濡れ羽色をしたきめ細かな髪の頭部には、それぞれ湊楼の苗字に組み込まれた通り、小ぶりな桜の髪飾りが花開いている。
慧は右の前髪に、郁は左の耳後ろに。七夕に吊るす短冊の如く、それでいて艶やかな細工の意匠で拵えられたそれは、二人の小顔によく似合っていた。
鋭い凛々しい目つきと眠そうな半眼という、顔の造形を除けば眼差しの対照的な二人だが、160センチに届くかどうかの身長のせいか、威圧感は微々たるものだ。
そのせいか見立て中学生と思わしき学ラン組は、両手にポッケをインして祐樹の背中を横切り湊楼姉妹にイキり始める。
「やぁっとカモが来た!! おいお前ら!! このご立派な邸宅のお嬢ちゃんだってなぁ!?
どうしてもここ通りてぇなら、金目のもん出してからなら考えてもいいぜぇ!?」
「ゼェ!?」
「……今時いるんだな、こういうの」
「カツアゲ。ツッパリ。令和に貴重。生きた化石」
「……どうするリョウちゃん、コイツらてんでビビってねぇぞ」
「声張ればイケるつったのショウやん……。
こういう時は、アレだアレ。凄味とか出すんよ、二つ名とか。
最近あったこと引っ付ければそれっぽく聞こえるっしょ。
「リョウちゃんそれマジイケてるっしょっ!?」
祐樹の背中で相談事をするツッパリ達。
仲間に思われそうだから心の底からやめて欲しかった。
「……君の知り合いかね? このヤンキーもといモンキー共は」
「出来れば一生知り合いたくなかったですね」
「首肯。秀同。教育機関の敗北を痛感」
「オラオラァ!? なあにくっちゃべてんだテメェらぁ!!
この“肩凝りのショウ”の目の黒いうちはぁ! 蠅の子一匹通さねぇぜぇ!?」
「“肉離れのリョウ”も夜露死苦ゥ!!!」
仕切り直すリーゼントとハゲの暑苦しさに、当の二人以外しかめた顔を見合わせた。
これが後に思い出そうとしても余計な記憶が付いてくる、相川祐樹と湊楼姉妹のファーストコンタクトとなった。