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相川家の家庭事情

主人公のバックボーンからになります。

お手隙の際にお読み頂けたら嬉しいです。



「お兄ぃ~。いいお仕事紹介しようか~?」


「雛がそう言う時って、あんまいい予感しないんだけど……」


 畳敷きの狭いアパートで丸テーブルを囲み、祐樹は妹の相川雛と向かい合う。

外側に跳ねた癖っ毛の髪をゆらゆらと、クリっとした瞳を悪戯っぽく細めた雛は、どこに出しても恥ずかしくない愛らしい妹だ。


「まぁまぁ、そう言わずに。お兄ぃに適任な、腕っぷし専門な奴だよ?」


 間延びした台詞と一緒に、雛がテーブルの上にそっと紙切れを差し出す。

 余談だが相川家に求人を検索出来るスマホ等という文明の機器はない。

 というか、持つ余裕がない。


 幼い頃に母を車の事故で亡くし、男手一つで兄妹を育ててくれた父は代々引き継いできた道場の経営を続け、格闘技専門の多様な興味から流派の一貫性を見失い門下生離れを引き起こし、止むを得ず道場を売っ払い当分の金を残し真の武術を模索すると旅に出掛けて蒸発した。


 誰がどう見ても無責任な父親だと思うだろうが、祐樹はそうは思わない。そんな父でも、自分を育ててくれた掛け替えのない人だ。教わった技術も、身体に刻まれている。


 ので、父が行方をくらまして以降は妹と安アパート暮らしで貯金を切り崩しながら、鍛えた体をたるませることがないよう肉体労働に明け暮れるのが祐樹の常だった。高校三年生になって格安スマホも手にしたことがない身の上だが、雛との生活には満足している。


 しかし今年高校に上がった妹には、同級生の輪から外れない為にも流石に購入してやりたいというのが、保護者代わりを務めてきた祐樹の本心でもあった。


 質素な暮らし故、遠慮がちで欲のない妹に心配を掛ける必要がない程度に稼ぐこと。バイトを掛け持ちし過ぎたせいで夜遅く帰ると雛が涙ぐんでアパートの玄関で待っていた、なんて経験がトラウマになって仕事を一斉に辞めたのが、つい最近のことだ。


 兄妹の時間を大切にして暫く、雛の方からこの話が出たということは、妹なりに先の件で責任を感じているのかもしれない。そのくらいの我儘いいのにと感じながらも、祐樹に代わって働き出した雛と立場が入れ替わって、今日まで甘えさせて貰ったのも本当だ。


 だから雛が持って来た求人のメモ――恐らくは学校のパソコンなどで控えてきたのだろう――に対しても、俄然期待が込み上げた。


 腕っぷし専門と雛は言った。物騒な言葉選びだが、要約すれば肉体労働の範疇という意味だろう。


 がしかし、意気揚々と読み通せば、


湊楼(しんろう)家の、執事???」


 その文字列に目を疑う。


 “湊楼”といえば、おおよそこの国では知らぬ者のいないとある名家を指す。


 曰く“才能”を輩出することに長けたその一族は、様々な分野のステージを押し上げ、元を辿れば湊楼の息のかかっていない企業等ありはしないと言わせしめる程、大仰に過ぎる与太話が盛られた資産家の見本市の様な存在だった。


 このアパートが一体幾つ入るのかというくらいだだっ広い敷地の屋敷が町外れにあることを祐樹は知っている。御伽噺のように無縁な世界だと今日まで特に意識することもなかったが、成程湊楼家直属のお付きとあらば爛々と情報を引っ提げた雛の面持ちも頷ける。


 給金に目を通せばあら不思議、数日のお米分でしか換算出来ない祐樹のひもじい感性では、思考を停止する程の額がそこに刻まれていた。そして何より、目を引かれるのはその中身である。


 執事と大々的に書かれている通り、家事炊事雑務等、果てはボディーガードまで。

ここまではいい。

有事の際の祐樹の実力も見込んで雛が選んだのだから、文句の付け所などない。


 だが、添い寝とはどういう意味だろうか? 


 書かれてる通りなのだろうか?


 じぃっと読み込めば小さな紙切れに胡散臭い条件がつらつらと並べられている。


 お口あーんだの手繋ぎだの疲れた時のお姫様だっこだの、常識が狂う仕事内容。


「レンタル彼氏かよ、って顔だねぇ、お兄ぃ〜」


「……分かる?」


「なんならウチも最初そう思ったし。

 でも、お兄ぃに合うと思うよ~。

 手足長いし~細いし~燕尾服似合いそうだし?」


「……そこまで言うなら、雛の期待に応えようかな。ダメもとだけど」


 苦笑を添えて祐樹はひとまずの方針を定め、気軽に腰を上げる。


「さて、先に夕食でも作ろうか。今日は遅いし、明日にでも湊楼の家に掛け合ってみるよ」


「えへへ~。未来の執事様の晩餐だぁ」


「気ぃ、早いってば」


 この時はまだ、ささやかな幸福で喜び合えた。


 後に相川家の金銭感覚が壊し尽くされるとはゆめ知らず、兄弟はテーブルを挟んで笑い合った。


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