ある選手転生。
登場人物『選手』の言葉は、スポーツ選手の名言や迷言で構成されています。
みなさんは、いくつわかるかな? 色々探してみてください。
(あとがきにて、参考にさせていただいた選手のお名前を載せておきます)
あるスポーツ選手が異世界転生してきました。
男子でもあり女子でもあるその選手は、あてもなく森をさまよっています。
「キャぴーッ」
その選手の前に、一匹のスライムが姿を現しました。
が、その選手、当然ながら異世界転生なんて経験は初めて。
目の前のゼリー状のそれが凶暴なモンスターであることなど知るはずもなく。
なんと、両手でスライムの頭をわしづかみにしました。
「ぎゃ、ぎゃッピ……?」
これには、さすがの凶暴スライムも驚きを隠せません。
「気持ちい……! チョー気持ちいッ!」
「や、やめッぴ……!」
「なんも言えねぇ……!」
その選手は、日が暮れるまでそのスライムの感触を楽しんだのでした。
*
夜。ようやく森を抜けた選手、と、その仲間のスライム。
遠くに一つの灯りを見つけました。
どうやらそこは、町の郊外。しかしながら、立派な一軒家が建っていたのです。
さっそくお泊り交渉。
無口な選手に代わって、スライムが家の方に相談に伺います。
「あのぅ……、不躾ながら、今晩だけお家に泊めてくれないッぴ?」
その家主である初老の男性は、幸い大のスライム好き。
大喜びでスライムと選手を迎え入れてくれました。
「よかったッぴねー、せんしゅー」
「うーん。ラッキーセブンの5!」
こうして、野宿を免れた一人と一匹。
さっそく屋内を案内してもらうと、リビングらしき場所に一人の少女がいました。
ブロンズの髪にツインテール。
いかにも典型的なツンデレタイプの少女でした。
「て、テンプレじゃないし……! それにツンデレじゃないし……!」
虚空に向かってツッコミを入れる少女。彼女の肩にポンと手を置き、選手は優しくささやきました。
「昨日の自分は、決して今日の自分を裏切らない……」
突然のこと、そして意味がさっぱりわからない少女は、ただただ首を傾げるしかありませんでした。
夜のもぐもぐタイムを終え、選手たちと屋敷の家族たちは色々と話をしました。
聞くところによると、実はこの家は代々勇者を排出する家系であり、その少女が今代の勇者候補……。
そして、間もなく魔王討伐に向かうとのことでした。
「見るに、そなたはとても強そうだ。もしよければ、娘の魔王討伐を手伝ってはくださいませんか?」
少し悩む選手。
トレーニング環境もそうですし、彼(彼女)も一人分の生を背負っています。
ある程度の年俸も考えなければなりません。
「タダとは言いませぬ。もし魔王に勝った暁には、王家に良きに計らってもらえるよう交渉いたしましょう」
「人に勝つという価値観では野球をやっていない」
そこにいる一同が「やきゅう……?」と考えるなか、選手は少女との魔王討伐を決意したのでした。
*
翌日、朝日とともに家を出発した勇者候補一行。
「よろしくね、選手さん! 改めて、私の名前はコリン。勇者見習いって感じ」
会釈で応じる選手。
頭の中では自然、アマチュアの五輪と解釈しました。
「フンガガー!」
荒野へたどり着き、さっそく大型のモンスターが現れました。
ビーストです。
選手にはボブ・○ップにしか見えません。
「さ、さっそく出たわね……!」
剣を抜くコリン。
ですが、どうにも腰が引けています。
「ゆーしゃさん、あまり実戦はしてないッぴ?」
スライムに見抜かれ、コリンは恥ずかしそうに答えます。
「実は、そうなの……。練習はいっぱいしてきたんだけど、実戦になるとどうしても怖くて……」
そうこうするうちに、ゆっくりサップは迫ってきます。
「練習をしてるなら大丈夫ッぴ! ぼくも応援するからッぴ!」
「うん。頑張る……! 私一人でやるから、見ててね!」
ボブに対峙するコリン。その背中に向かって、選手は昨晩と同じようにささやきます。
「……走った距離は、裏切らない」
その言葉は、コリンを勇気づけるには充分でした。
「おぉぉ……!!」
勢いよくモンスターに斬りかかるコリン!
ビーストとて大きな腕で刃を受け止めはしますが、コリンの力の前に膝をつきます。
「いける……! 頑張れッぴー!」
「ガンバレガンバレできるできる! お前ならやれるもっと熱くなれよぉぉ――!!!」
後ろからの声援を力に変え、コリンは渾身の力で剣を振り切りました。
「ガウ――!」
手傷を負ったビーストは、これは勝てないとみたのか、カレッジフットボールの選手のような勢いで逃げようとします。
「あ、マズイ! 逃し……」
ですが、それを見越していたのか、選手は手近にあったソフトボール大の石を、砲丸投げさながらに投げ放ちました。
それは見事、ビーストの頭にクリーンヒット!
「オーマイガーッ……」
そうして、勇者一行を前にビーストは倒れたのでした。
「ありがとう、選手さん。投石、すごかったわ」
「自信ある自己流は、自信なき正統派に勝る」
コリンには言葉の意味はわかりませんでしたが、二人はがっちり握手をしました。
*
こうして、一行は旅を続けます。
昼はモンスターと戦いながら歩を進め、夜はテントやコテージを張って過ごします。そして町にいた時には、近くの民家や宿に泊めてもらいました。
選手はそんな優しい人たちに感謝し、泊まらせてもらう時は、屋根に張り付いて目からレーザーを飛ばしたり、時には巨大化して目からレーザーを飛ばしたりして、その家や宿のホームセキュリティ強化に努めました。
「あるあるあるある……、地球の平和をあるあるあるある……」
「あの呪文は解読できないけれど……。選手って、いろんなことができるのねぇ」
「ちきゅーって何かわからないけど……すごいッぴ! さすがせんしゅー!」
二人の賛辞に、選手は照れながら頭を掻きます。
「一人一人が自分の仕事をきちっとこなすこと。この個人プレーの連携が、真のチームプレーなのだ」
*
コリンが家を出て約一月……。
ようやく一行は魔王の前に立ちました。
「ようやく、ここまで来たわね」
「そだねー」
「ここまで無事たどり着けたのも、選手のおかげよ。ありがとね」
「そだねー」
「スライムくんも、ありがとうね」
「ううん、頑張って魔王を倒そうッぴー」
「そだねー」
旅の中で、いつしかスライムも、液体金属状のメタリックな姿に進化していました。
彼の素早さは最早はぐれレベルです。
「フハハ、この魔王を前に世間話が過ぎるようだな、勇者一行よ。さあ、かかってこい!」
「言われなくても行くわよ!」
一息に飛びかかるコリン。
ですが、魔王が放った衝撃波に逆にふっとばされてしまいました。
「ぐっ……」
「その程度でわたしを倒すとは、片腹痛いわ!」
続けて、選手が薄い岩を円盤投げの如く魔王に投げつけます。
「ふんっ!」
それも、難なく無力化されてしまいます。
「そんなものでは、わたしに傷一つつけられんぞ!」
その言葉を無視しながら、選手は槍を投げたり、石を投げたり……そして時折くる魔王の攻撃を高跳びの如くかわしたりしました。
側でサポートしていたスライムも、流れ弾をはぐれの如く避けています。
「何度やっても無駄だ……!」
そう言う魔王でしたが、選手のしつこい投擲に少しずつ疲労の色が覗きます。
それを察した選手は、先程投げた石よりの一回り大きい岩を地面に丁寧に置き、腰をかがめて一、二歩と、後ろに下がります。
そして目をつむり、心を整えます。
テニスのガットを調整するように。
ピアノの弦を調律するように。
「ゴールを100%外すのは、打たなかったシュートだけだ!」
そうしてカッと目を見開いたと同時、選手は勢いよく岩を蹴り飛ばしました!
その岩はその場で粉々に砕けると、欠片は鋭利な刃となって魔王に向かっていきます。
「な、なに……!」
そして、高速の光の矢のようなそれは、魔王の体を四方から貫きました。
「ぐわぁぁあああ――――!!!!」
断末魔とともに魔王の体は霧となりました。
そうして、その後に残ったのは広い王座の間と静寂だけ。
長い旅の末、ようやく一行は魔王討伐を成し遂げたのでした。
「チョレイ!!」
選手、渾身の雄叫びです。
「すごいわ……選手。私、魔王に手も足も出なかったのに……」
嬉しいながらもどこか悔しそうなコリンを察し、選手は彼女の頭を撫でます。
「痛い目にあったとしても、失敗すらできない人生よりずっと楽しい」
「うん……、うん……? ちゃんと理解できなくてごめんね……?」
――でも、ありがとう。
こうして、世界に平和が訪れました。
*
旅のあと、親公認の元、選手と勇者コリンは正式にお付き合いを始めることにしました。
今では、選手もコリンの屋敷で一緒に暮らしています。
「せんしゅー、おさんぽの時間だよー」
「そだねー」
「あ、待って! わたしも行くっ」
そうして仲良く散歩をする勇者一行。
「ねぇ、選手……。私、今、すっごく幸せよ?」
照れくさそうな笑顔のコリンに、選手は優しく微笑みます。
「今の僕があるのは、両親のおかげだよ。とくに父と母には感謝している」
……父と母以外に、両親っているの……?
という疑問など、コリンにとっては些細なこと。
それよりも、選手が今のこの気持ちを受け止めてくれたことに、心が溢れます。
「私たち二人、もっと幸せになりましょうね」
「ぼくもいれて、三人だよー」
「ええ、スラくんもね! そして、いずれは……け、けけけ……結、婚……」
そこで、コリンははたと考えます。
それは、選手と出会った時からずっと疑問としてあったことでした。
「……ねぇ、選手って、男? 女?」
その問に、選手は答えません。
なぜなら、選手は男子でもあり女子でもあるのですから。
「ま、いざとなったら百合でもいいわ!」
どんな境遇も受け止めるその勇気こそが、コリンが勇者たるゆえん。
……なのかもしれません。
そうして、二人は幸せに暮らしました。
選手が最期、床において、
「私の人生において、一片の悔いもございません」
そう微笑むその日まで。
おわり。
cf.北島○介、具志堅○高、浅○真央、LS○見、イチ□ー、野□みずき、松○修造、
アーノ○ドパーマー、吉田沙○里(and某セキュリティ会社)、松尾○治、長谷○誠、
ウェイン・グレ○キー、張本智○、高橋○子、グレッグ・○ーマン、稀勢○里(敬称略)