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次の日に、まーるの街で。  作者: まーるの住人
第1話 こんにちは、世界 Hello,World
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第1話 こんにちは、世界 Hello,World (7)

「こーたさんの住まいのことを少し上で相談してきます。はるさん、らなさん、ちょっと彼をお願いできますか?」


れおは席を立ち上がると、隣の席の はると らなに声をかけた。そうして、席を離れて、店の奥にある階段から2階に上っていった。はるがぼくの正面――さっきまで れおがいた席――に座って、らなはぼくの隣に座る。はるが言った。


「まあ、あんたも飲むか?」

「ちょっと、はるさん!」

「じょーだんや。らなちゃん、そもそも酒あれへんし」


らなの抗議を はるは笑いながらかわした。ぼくは顔を上げる。


「お二人はどんな仕事、されてるんですか?」

「んー? うちか? うちは介助のボランティアやな」

「わたしは えあちゃんの家庭教師だよ」

「ぼく、17なのに…仕事しないといけないんですね」


ぼくがそうつぶやくと、はるが首をかしげてぼくに言った。


「まあ、こんな世界に来たからな、面喰ってるんやと思うけど。ここにはあんたが通う学校もないしな、腹くくったらええよ」

「ねえ、こーたくん、仕事とかボランティアって言ってもね、現実世界とちがってつながりをつくるためだけのものだから、難しく考えなくて大丈夫だよ?」


らながそうやさしく話してくれた。ぼくは はるに尋ねた。


「介助のボランティアって、どういうのなんです?」

「んー? この世界にはな、お年寄りの住人も多てな。あんたも住むとこ見たらわかるけど、足腰弱い人にはきついねん。その人たちのお手伝いやな」

「え。重労働?」

「そりゃあな。やけど、誰かがやらんといかんやろ? だからやってる。この街にいて、一番つらいのはな、苦しみがずっと続くことやねん」


ぼくは はるが言ったその意味がいまひとつ、よくわからなかった。はるはぽんと両手を胸の前であわせた。


「そや。男手、ほしかってん。あんた、やれへんか? そのつもりで聞いたんやろ?」

「い、いや。ぼくはちょっと…」

「なんや。つまらん。『高貴な責務』やから、なんか特権もらえるのに、もったいない」

「なんですか、『高貴な責務』って?」

「街の住人がつきたがらない仕事につく場合に認められる特権です」


いつの間にか、れおが手に封筒を持って、戻ってきていた。空いていた席に座る。


「ノブレス・オブリージュ、とも言います。この言葉のもともとの意味はちょっとちがうのですけどね。それが認められる仕事やボランティアはそう多くありません。危険がある自警団や消防団は全員に認められています。まぁ、特権と言っても、他の住人が受け入れられるようなもので、たいしたものではありません」

「れおさんはなんやったっけ? ブティックでの優先権やったか?」

「そうですね。たいしたこと、ないでしょう?」


そう言うと、れおは封筒の中から書類を取り出した。それは部屋の情報がかかれたリストのようだった。


「こーたさんは、早めにこの街になれてほしいので第6街区のカントール通りあたりでアパルトマンを探しました。ここから歩いて5分程度です。ストゥディオタイプですが、狭くはありません。いかがでしょう?」

「アパルトマン? ストゥディオもわかりません。なんですか、それ?」

「ああ、申し訳ありません。アパルトマンは集合住宅のことです。ストゥディオはワンルームですね。居室にキッチンとシャワールームがついた、簡単な部屋のことです」

「ねえ、れおさん、それどこらへんの話?」


ぼくと れおの会話に、らなが口をはさんだ。れおがリストを指さす。


「カントール通り42番地。『K・ゲーデル』ですね。まだ部屋が結構あいています」

「ん? 『K・ゲーデル』なら知ってる。あの入口のドアが青い建物でしょ」

「ええ、そのとおりです。入口が目立つアパルトマンです。ご存じでしたか」


そのとき、店に二人の男性が走りこんできた。一人は見たことがある。そう、朝、らなが店の入口で声をかけた年配の男性だ。二人はそのまま奥の階段に向かっていくが、そのうち一人がこちらに気づいて指さし、もう一人と別れてこちらに歩いてきた。走ってきたからだろうか、表情がかたい。


「団長! お話し中失礼します」

「ん、どうしましたか? …すみません、少し失礼します」


自警団の団員の人らしい。れおは席から立ち上がって、その年配の男性から一言二言聞くと、途端に表情が険しくなった。そして、席を離れて店を出て、外で話している。


「なんか事件かなー?」


はるがのんびりそう言う。ぼくは らなのほうを見ると、彼女は微笑して首をかしげた。

しばらくすると、れおが早足で戻ってきた。団員の人はそのまま階段のほうに向かう。れおは席にかけることなく、ぼくたちに話した。


「すみません、こーたさん。お住まいまで団員に案内させようと思ったのですが、対応せねばならない案件ができてしまいました。すぐにその人間を用意できるかどうかわかりませんので、こちらで少しお待ちいただけますか?」

「え? 団員の人が誰も対応できないの?」


ぼくが答えるより前に、らなが驚いた表情で言った。れおはそれに黙ってうなづく。らなはちょっと間真剣な表情で考えていたかと思うと、にっこり笑って言った。


「じゃあ、しょうがないなー。れおさんとの仲だし。わたしが彼を案内しようか?」

「いや、それはダメです。理由はわかりますよね?」

「大丈夫だよ。それに、わたしと話している時間も惜しいでしょ?」


笑顔でそう言う らなを見て、れおは困り顔でふうと息をついた。


「では、はるさんも同行してください。それなら許可します。そうでないのに、こーたさんをここから連れ出したら、らなさん、わかりますね? 話はこれで終わりです」

「え、うちも?」

「りょーかい!」


驚く はるを尻目に、れおはそう言うと、二人の答えも聞かず、奥の階段まで早足で向かっていく。ぼくは、れおと らなのやりとりの意味がよくわからなかったけど、よくわからない街を住まいまで案内してもらえるのなら誰でもいいか、ぐらいに軽く考えていた。


「らなちゃん、うち、昼寝するつもりやったのにー」

「いいじゃん。お散歩お散歩。さ、行こっか。こーたくんも!」


ぼくたち二人を急かすと、らなは机の上の食器を手早くまとめてカウンターに戻しに行った。はるは「あーゆーとこ、女子力高めなんよなー」とぶつぶつつぶやく。そうして、ぼくたちは店を出る。


「ん? らなちゃん! カントール通りはそっちとちゃうで!」


はるが先を歩く らなに声をかける。らなは振り返った。


「こーたくん、ブティック行くんでしょー? じゃあ、第4街区が先だよー」


らなが手を振ってそういうので、はるは ぼくを見て尋ねた。


「どーゆーことかな? いつの間にそんな話になってたん?」

「いや、その。制服ださいから、服屋さんに行きたいって最初話してて…」

「なんや。らなちゃん、自分がブティック行きたいだけちゃうん…」


はるはため息をついて、らなを追いかけた。ぼくも二人を追いかける。時計台を見ると、いつの間にか11時を大きくまわっていた。

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