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次の日に、まーるの街で。  作者: まーるの住人
第1話 こんにちは、世界 Hello,World
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第1話 こんにちは、世界 Hello,World (6)

ぼくは れおの問いかけにうなづいた。れおはコーヒーに口をつける。


「それは、この世界にリセットという現象が存在するためです」

「リセットですか?」

「リセットの説明は少し難しいのですが、ゆっくり説明しますね。リセットは、すべての住人がこの世界にやってきたときと同じ状態に戻る現象です。午前2時ごろに実行され、午前2時30分ごろに終わります。その30分間は住人は何もできず、認識すらできません。まるでサーバの再起動のようですが、そうした現象がわたしたち住人すべてに起こるのです」


れおの言うことはなんとなくわかるが、ピンとこない。れおもぼくの様子に気づいて、たとえ話で説明した。


「たとえば、こーたさんが午前2時直前にリンゴの皮をナイフでむいているとしましょう。誤って指を切ってしまいまいた。そこで午前2時を迎えると、こーたさんは一瞬意識を失い、ふと気づくと午前2時30分ごろになっています。周りを見ると、りんごの皮はむかれたままですが、指の切り傷は跡形なく消えています。そうして、こう思います。『指の傷が消えている!』と」

「ええと。リセットの対象は街の住人だけ、ということ? でも、記憶は残っている?」

「そうですね。リンゴは元に戻りません。記憶もリセットの対象になりません」


なんだかゲームの世界のようだ。もしかして、この世界はゲームなのかもしれない。

ぼくがくだらない想像をしているうちに、れおが説明を続けた。


「想像を絶することですが、このリセットは指の切り傷のようなささいなことでなく、致命傷を受けて死んだとしても午前2時30分ごろにはリセットされて、この世界に来たときと同じ状態に戻ります」

「それって、死んでも蘇るってことですか?」

「そのとおりですね。信じられないし、確かめたくもないと思いますが…。殺人がまだ『取り返しがつく』と考えられている理由がこれです」


ぼくはうつむいて考え込んだ。なんだろう、この世界。死んでも蘇る? トークンでお金やモノを取り出せる? 現実世界とまったくちがう。ぼくは れおに尋ねた。


「蘇るって、その場で蘇るんですか?」

「リセットの基本的なところですが、リセット後の午前2時30分に自身の体がある場所はトークンの力に依存しています。ご自身のトークンが占有する閉じられた空間、つまり、トークンが力を発揮できる空間になりますね。ですので、その場をトークンが占有していれば、そこで蘇ります。もし、トークンが空間を占有していなかった場合は、リセット時点で所有者が生きているか死亡しているかで少し異なります。生きていれば、その前日のリセット後で目覚めた場所、死亡していれば丘の上の家のエントランスのソファ横のカーペット、ということになっています」


れおはそう説明した後、頭をかいた。ぼくが半分くらいしかついていけてないことに気づいたみたいだった。


「わかりにくいですよね。こーたさん、今日は必ず自室でトークンをポケットから出しておやすみください。そして、今後、リセット後に意図しない場所で目覚めたときは、その日は必ず自室をトークンで占有するようにしてから寝るようにしてください。そうしておけば、リセット後は必ず自室で目覚めるようにできますので。これなら簡単でしょう?」


ああ。なんだ、そんなことか。ぼくはうなづいた。らなが隣の席から声をかけてきた。


「れおさん、最初からそう言えばいいのに。几帳面だけど、ちょっと融通きかないんだから」

「らなさん、そう言わないでくださいよ。リセットは意図しない場所で目覚める可能性があるので、治安を預かるわたしとしてもきちんと伝えないといけないんですよ」


れおは らなにそう言って肩をすくめた。

れおの説明を聞くのに夢中になっていて気づかなかったけど、店の中はお客さんが増えてきて騒がしくなっていた。いま何時なんだろう。


「こーたさん、最後の説明事項があるのですが、いいですか?」

「は? はい、どうぞ」


れおはとても真剣な表情でぼくにそう言った。なんだろう?


「こーたさん。こーたさんの名字を教えてもらえませんか?」

「は? 名字ですか? ああ、なんだ。えーと…」


なーんだ、そんなことか。ぼくの名字…え…と…あれ? 名字…? なんだっけ…。

ぼくの顔からだんだんと笑みが消えていく。ぼく、何こーたなんだっけ??

ぼくの表情の変化を見て、れおは静かに言った。


「思い出せませんね?」

「…え?」

「では、誕生日は言えますか? 住んでいた街の名前でもいいですが」


誕生日? ええと…。あ、あれ? なんで?? パスワードにするくらいなのに…出てこない? 住んでいた街? それは思い出せる。思い出せるけど…名前…名前? なんだっけ…。

れおは、固まるぼくにさらに問いかける。


「ご両親やお友だち、通っていた学校の名前も出てこないのでは?」

「お、覚えているんですよ? 街の雰囲気も、友だちの顔も、父さんも母さんも…全部、覚えているんですよ? でも、名前が…」

「残酷なようですが、この街の住人は、現実世界の自分に関係するすべての名前を忘れています。わたしも大切な人の顔を思い出せるのですが、名前を思い出せません。この、れおという名前すら、本当の名前なのかどうか…」


れおは悲しげにそう言うと、さらに話を続けた。


「もう一つ。これもあまりよい話ではありません。この まーるの世界から現実世界に戻る方法は見つかっていません。それを見つけようとしている人たちはいますが、成功していません」

「…え?」

「つまり、こーたさんもしばらくこの まーるの世界にいなければならない、ということです。わたしはこの世界で暮らしてそろそろ400日ですね。もっとも長くこの世界にいるのは えあさんですが」


現実世界に帰れない? 学校に行かなくていいのはいいけど、こっちも仕事やボランティアをしなきゃならないんだろ? おまけに知らない人たちばかりで…。名前が思い出せないけど、腐れ縁のあいつらと学校帰りにバカ話することもできない? 母さんの料理なんて別にどうでもいいけど…でも、食べられないとなると急に懐かしくなってきた。あの、どうでもいい日常って、すごくいいものだったんじゃないか?

ぼくはうなだれた。れおさんは少し身を乗り出して、ぼくに語りかける。


「この話は、新しい住人の方の大半がショックを受けられるので、いつも最後にするようにしています。しかし、大丈夫です。住人の誰しもがそういう気持ちを持っています。わたしだって、そうですよ。仲間を見つければ、この街にいることの苦しさや悲しみはきっと和らぐと思います」


れおのその言葉を聞きながら、ぼくは沈んだ気持ちのまま、自分のことを整理しようとしていた。ぼくは自分の意思とは関係なく、この世界にやってきた。そして、この世界から現実世界に帰る方法はない。トークンを使えば衣食住には困らなさそうだけど、働かないといけないみたいだ。知り合いもいない。それに、同年代の人がいないような話をしていたな。いきなり、一人暮らしか…。大学に行けたら一人暮らししたかったけど。こんなわけのわからない世界で一人暮らし?

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