第05話 古龍 降臨!
「……思ったよりか遠いところまで飛ばされてしまったな」
フレイアは薄暗い森の中、ウェーブを巡らせて自分の居場所を探っていた。こんな暗いところでは肉眼なんか頼りにならない。ウェーブのみで歩くかそれとも光の術を使うしか手段がなく、フレイアは地の術者なのであきらめてウェーブを使っているという状況だ。
“深紅の心”を奪われ、やむを得ず幻獣と戦う事になったところまではいいが、いきなり翼龍のブレスによって吹き飛ばされてしまったのだ。シールドかリフレクを張っていなかったら、今頃傷だらけになっていただろう。その所は自分の反射神経に感謝しなくてはならない。
この森はおそらく―――ドラゴンフォレストの一角だろう。魔獣族と龍族は古代から仲が良いので、争い事になる心配はない。しかし、この静けさは何だ。今まで任務等でここに訪れたことは数回あるが、ここまで静かだったことはない。……何か大きな事件の前兆のような気がして落ち着かない。
あいつらは大丈夫だろう。レクトスラルドかミサロオ辺りに居ると思うから、よほどのことが無いかぎり安心しても良い。―――しかし、万が一、この近くに居たとしたら。
―――やっぱり安心はできないかもしれない。フレイアはそう思うと、剣を片手に森の夜道を急ぎ始めた。
「若! しっかり捕まって」
『グゥゥゥゥゥーン』
「そうは言っても! なんだよこの異常気象ッ。いきなり雪は降り始めるわ雷は鳴るわで山の天気よりも酷いじゃないかッ」
「ドラゴンフォレストはありえないほど天気が変わりやすいのですョ。オレたち軍人は慣れっこですが、若にはちょいと厳しいかもしれませんべッ」
「ぎゃああああ! レムトの顔面に雪の塊がッ! ってこれはヒョウか!?」
レムトは鼻を押さえつつ、苦笑して「やりやがったな……」と呟いている。今度はなにが降ってくるのか心配でたまらな……って今度は人が飛んできた!?
「ぶひゃああああ!」
「だわわわわわ!?」
おれと飛んできた人が奇声を上げている中、レムトだけは何も言わずその人を片手でキャッチした。その人……見た目少年はレムトとは違いふわふわの翡翠色の髪に、向日葵色の眼をした美少年だ。髪は長いところで胸まで届いていて、風によって後方に靡いていた。
「なんでお前が飛んでくるんだよ、グレイル。いや、ビライスと言った方がいいのかねぇ」
「どちらでも良いっ! 僕はそれよりもこのムサい腕を放してほしいんだっ」
「よ、良く言うねェ……! せっかくお風呂にも入ってきたというのに」
「お、落ち着いて、レムト! レムトは十分いい人だからさ。ところで、あんたは……」
「あんたとは何だあんたとは! お前が次期魔獣王だかなんだか知らないが、僕のことをあんた呼ばわりするとはッ 僕はグレイル・ビライス・ティラ・アーク! グレイルとでも呼ぶがいいさッ!!」
「あんた……グレイルって怒っているのか何言いたいのかわからないな。何も喋らなきゃ十分美少年なのに」
レムトとグレイルは二人して「おめーに言われたくねぇよ」という顔をした。え? おれ何か悪いこと言った??
「ところで何のために来たんだ、グレイル? またアリスから情報採取でも頼まれたのかねェ?」
「それもあるが……もうひとつ、朗報を持ってきたんだ。アリス姉上の瞬間移動を借り、ドラゴンフォレストの上空まで来たのはいいが、生憎天気が悪くてな」
「そんなんならお前の術で吹雪を止めればいいじゃないの〜。オレも加勢するからさッ」
「おれの知らない単語ばかりで会話するなよ〜」
アリスさんという名の人、情報採取、姉上、テレポート、術。この世界には難しい意味のある言葉があるからなぁ。もっとわかりやすく会話してくれればいいのに……。
「“氷の術、発動! 我が氷の術者であることを、己が血をもって誓う! 天候操作ッ”」
「うぉう!」
グレイルの頭上で吹雪が止み、続いて辺りにも広がっていった。天候を操る力があるなんて―――なんだか憧れる。
「若にも壮大な力があるんですョ。でも、今は使えないでしょうね。本人の心と決意次第で魔術は働く。それを忘れないでくださいネ」
「あ、うん……。分かった」
グレイルのおかげで吹雪が止んだ後、体重の関係などでおれはグレイルと相乗りすることになった。おれは龍を操ることが苦手プラス身長の問題もあって、おれが前に乗ることになった。
「お前って意外と小さいんだな、リクル。見た目僕と同じ年に見えるが……」
「悪かったね、チビで。おれの年齢は……」
「約210程度と言っておいて下さいな。人間の年齢の約15倍なのでネ」
「だ、大体210ぐらいかな。グレイルは?」
「僕は235歳だ。僕の方が年上だな」
耳元で助言してくれたレムトに笑顔を向けた。彼も親指を立て、ウインクした。
「……魔獣の森には、僕と同じぐらいの魔獣族が居なくてな。お前が来てくれたことに感謝している。それに、お前は歴代魔獣王の中でも可愛いしな」
「ぶはっっ!? グレイルもそんなこと言うのかッ まるでクラウドと同じだなぁ」
「クランドにも会ったのか。それは、災難だったな」
レムトとグレイルはワケ有りの笑みを浮かべた。過去に何かあったのだろうか……。
―――じばらく行くと、ずっと森ばかりだった地面に何か目立った色彩のものが見えた。それは少しずつ動いており、生き物だということは確認できた。
「あれは……龍族じゃないか。おそらく、あの中に古龍リアレイズが居るはずだ」
「でも、話をつけようにもドラグーン・クラウンは持っていないぞ? それがないと制御できないんだろ?」
「そうだ。しかし、ドラグーン・クラウンは数年前に魔獣の森から持ち出されたと聞いたぞ。そんなもの見つかるのか?」
急にレムトが舌打ちをした。……ドラグーン・クラウンが盗まれたなんて、初めて聞いた。そのことをレムトは知っていた。だからあえて言わなかった。おれを、心配させない為にかも。
グレイルが見つかるのか、と言ったところからして、結構昔から行方不明になってしまったのだろう。でも、クラウンという名前からして王冠に思えるけど……やっぱり小さいものなのかな。
「ドラグーン・クラウンはかれこれ50年ほど見つかっていないだろう。僕はその頃やっと軍人としてフレイアの副官に昇進できたんだ。持ち出した者は、いまだに明らかではない。それがどんな目的なのかも……分からないままだ」
グレイルは手を軍服の中に突っ込み、ひとつのペンダントを引っ張り出した。それは小さな砂時計で、空色の砂がその中を流れていた。
「これは僕の一族に伝わる、空の砂時計だ。少しぐらいならどんな天候でも操れる。今回は―――僕の術と属性が同じだったからな。これと同じく、“破壊”を操るのがドラグーン・クラウンだ。それには大きな翠の石がはめられていたが、その石と本体は分裂してしまったらしい。見つかるとしても完全体じゃないだろうな。……ん? どうした」
ルヒラルティーとヴィライツが何かに反応し、鋭く短く鳴いた。それに応えるかのようにグレイルとレムトは手綱を強く引っ張り、上へと上昇させた。
「リクル! 伏せてろッ」
「伏せるもなにも……」
おれはその途中で、声も全く出なかった。凶暴そうな古龍が牙をむき、虹色のブレスを吐き出そうとしているのだ。その龍―――古龍がおそらくリアレイズだろう。赤みを帯びた黒い鱗が体を覆い、背中からは頑丈そうな大きな翼が生えている。四肢は大きな木の如く太く、剣よりも鋭い爪が伸びていた。
「……ッ!」
「リクル、大丈夫だ。初めてならだれでも恐ろしいと思う。僕だって久しぶりだが……凄く緊張していす。舌噛んだ」
古龍は水晶に似た眼を輝かせ、おれたちを焼き尽くそうとしている。―――龍族は魔獣族と仲が良かったのではないのか。それとも、いきなりの幻獣襲撃に無差別攻撃を始めてしまったのか……。
古龍は魔力のチャージを終えたのか、こちらを向いて一気に息を吸い込んだ―――! 絶体絶命のピンチ! おれはたった14年弱で死んでしまうのか……
リアレイズは虹色のブレスを吐き出した。それはスローモーションのように流れ、やがてはこちらに向かって降り注いできた。眼がくらむような光と共に、体を焼き尽くしてしまうような熱さが辺りに充満した―――
―――貴方が、本当に望むのならば
わたしは貴方の支えとなり、
わたしのように誤った生き方をしないのならば
わたしは貴方の、すべての力となる。
辺りの森一帯は焼け、跡形もなく吹き飛んでいた。まだ燃え尽きていない木々にも虹色の炎が残り、それ以外はすべて灰と化していた。
それなのに、彼らの体は無事だった。3人とも、そして飛龍達も傷一つ付いていない。いつのまにか地面に降り立っていただけで、それ以外は全く変わりなかった。
「これは……リフレクか?」
リフレク。それはじぶんの意志で張ったシールドとは違い、無意識に生まれたシールドの10倍以上の防御力を持つ絶対防御の壁だ。それはリクルを中心に張り巡らされており、誰のものかは確認せずとも分かった。
「リクル……?」
グレイルがリクルの名を呼んだ。しかし、彼は全く反応しない。それどころか、虚ろな目をして遠くの一点を見つめているだけだった。彼はルヒラルティーから飛び降り、灰だらけの地面へと降り立った。
普段の彼からは想像できない身軽さに、殺気立ったオーラが加わってとても恐ろしげだ。目の前に立ちはばかる古龍だって瞳に怯えの色を浮かべている。―――いままで見たこともない最強の敵に、最初から負けると認めているようだった。
彼は片手を上げ、紅い雷を呼び起こした。それが彼の手の中に吸い込まれると、そこから紅い雷を帯びた黒い刀身の剣が生まれた。それを彼は両手で持ち、目の前に構えた。
「愚かなる古龍よ―――」
その声は彼と全く違う、とても威厳のある澄んだ声だった。魔獣の森の民ならば一度は聞いたことがある、初代魔獣王の声に雰囲気が似ていた。
「古龍よ、そなたは共に誓いをたてた我々魔獣族を裏切り、危害を加えようとでも言うのかッ!」
リクルは大きく跳躍し、古龍の背後に回り込んだ。真一文字に剣を振り、大きな翼に切れ込みを入れた。古龍もそれに立ち向かおうとするが、素早さにはまったく追いつけないようだった。
「リクル! やめろッ これいじょうやったら古龍と話をつける前に殺しかねない! やめろっ」
「若ッ!!」
リクルは後ろを振り返り、グレイルとレムトを睨んだ。その紅いオーラは狼のような形になり、彼を覆うような形になっている。紅く鋭く輝く瞳は普段の温厚な彼とはほど遠く、凶暴な獣を思わせるような迫力があった。
リクルは動きを止め、二人の前に歩み寄ってきた。リクルからは膨大な力のウェーブが伝わってきて、立ち向かう者の動きを封じてしまうほどだった。そして雷を起こしつつ、二人の頭上に剣を振りかざした―――
『やめろ! リクルッ 俺の声が聞こえないのかッ!!』
聞き覚えのある声が古龍の後ろから響いてきた。リクルが振り返った瞬間、翠の魔力を帯びた風がリクルに向かって突進してきた。金属同士が交わる音と魔力が触れ合う音が重なり、スパークが起こった。
翠のオーラを持つ者は回転して後ろに跳び、二振りの剣を構えてまた走り込む。数か所でスパークが起こり、暗い森の中でやっとその者の姿が見えた。
「フレイア!!」
「フレイ、なんでこんなところにッ!」
「下がってろグレイル、レム! ここは俺に任せろっ」
短い呪文詠唱の後に、巨大な土の壁がリクルを覆った。足が止まっているうちにフレイアはリクルの頭上に飛び、そこから魔力の結界を発動させた。
「“封印ッ!”」
その言葉と共に辺りには沈黙が走り、暴れていたリクルも糸が切れたようにその場に倒れ込んだ。地面に着く前にフレイアがその体を支え、そして抱き上げた。
「すまなかったな、二人とも。俺がすぐに動けたのならば良かったが、なかなかウェーブが使えなくて」
「はぁ、危なかったぜェ。久しぶりに“あの”魔術を見たけど、やっぱりオレたちじゃ敵うわけないな。どうだ、ドラグーン・クラウンは見つかったか?」
「ああ。たまたま龍の神殿に落ちていたものでな。ちょうどリアレイズが動いて封印が解き、見つかったのかもしれないが」
フレイアは右手に持っていた小さな王冠、“ドラグーン・クラウン”を二人の前に差し出した。グレイルは納得するように頷くと、頭を横にかしげた。
「リアレイズの封印の所為で見つからなかったのか? 知らなかったな。……ところで、中央の石は見つかったのか? 僕もクレアリス城を探してはみたが、一切出てこなかった」
「それならリクルが元々持っているよ。ほら、このブレスレットに付いているだろ?」
フレイアはリクルの左手を指さす。そこにはめられたブレスレットには緑色の石がはめられていた。レムトが“翠の石”と言っていた宝石だ。
「初代は亡くなる前、俺にこの石を託してくれた。そして初代の一族に渡すよう頼まれたんだ。それをライン陛下が地球まで持って行ってくれて、リクルがこれを受け取ったんだよ」
「なるほど……っていつのまにお前はリクルって呼ぶようになったんだ? お前らどういう関係なんだーッ!!」
グレイルがフレイアにご立腹している様子だが、当の本人は全くと言っていいほど無視している。それよりも抱きかかえたリクルにずっと眼を向けていた。
フレイアは小さく呪文を唱え、古龍の体を浮き上がらせると一瞬にして古龍の姿を消して見せた。実は、これはただの瞬間移動である。それでも皆は口を開けたまま、その場でフリーズしていた。
―――もう動き出したのか、リクルァンティエリル。まだあなたの出る幕ではない。これ以上リクルがこの力を使わないためにも、俺が絶対に護ってやらなくては。
そうフレイアが心に決めていた時、その遥か上では数体の飛行型幻獣がその様子を眺めていた。彼らは頷いて合図をとると、何処かへ消え去っていった。
つづく。
次回 第06話 幻獣の刺客! その1
ドラゴンフォレストを捜索中の次期魔獣王ご一行の元に、いきなり現れたのは幻獣の刺客と名乗る地球上でのリクルの級友だった!?
目覚めたばかりの力をあまり制御できないリクルを庇い、フレイア達が立てた作戦とは!!
次回もお楽しみに〜☆