第04話 時の街に降り立って…
―――分からなかった。俺はどうしていいのかなんて分からなかった。
自分の無力さにいつも不満を持っていた。俺は君を護ってあげることができない、そんなことぐらい知っていたつもりだ。今更後悔してももう遅い。君だって、そんな俺を見てよく思ってくれるわけないよね。
俺は強くなりたい、そうひたすらに思った。後悔しないよう、また同じ過ちを犯さないようにと強くなるために努力した。それが報いになり、今の職に就けたのかなんて神のみぞ知ることだと思う。でもそれでもいい。
自分が君の―――以前の“君”の隣にいつまでも居れる。俺はそれだけで幸せなのだから。
たとえ自分が死んだっても構わない、そう思っているよ。
「ルヒラルティー、2日も飛びっぱなしだけど大丈夫か?」
『グゥーン』
多分、そう鳴いた。飛龍達の名前は難しく、鳴き声も言葉にしづらい。でも、龍の考えていることぐらいは分かっているつもりだ。もっと便利な道具とかあったらいいんだけど。
「そろそろ中間地点の時の街、レクトスラルドに着く予定ですョ。ま、運が良ければ“神林”には3、4日で着きますけどねー」
レムトが振り返って言った。肩まで届きそうな銀髪が風に揺れる。その紅い目は笑っているようで、笑っていないようで……フレイアとは違う、別の優しさが見えた。彼に撫でられたヴィライツは甘えるように『グルルルル』と鳴いた。
―――2日前から、おれはレムト達と旅をしている。その目的は、奪われた“深紅の心”を取り戻すこと。そして、途中で逸れたフレイアと合流すること。ホントはレクトスラルドかその向こうの街、ミサロオで会えたらいいんだけど、もしまだ会えなかったら、“神林”という幻獣の巣食う森まで行かなくてはならない。
幻獣は神族に使える、ペットみたいな奴だ。魔獣族とは犬猿の仲で、一度も仲間意識などしたことがない。「幻獣は本当に愚かな生き物だ。間違えた神の許に佇み、餌を貰い奴らの為だけに死ぬ。ただの犬と同じだ」と険しい顔でレムトが言っていた。陽気そうな口調も全くナシだったので、少し怖かった。
「―――悲しいですかねェ? 同じ力を持つ者同士で、争いをするなんて」
「え? どうしたの、レムト」
「いえ。ただ、オレも一度そんなことを考えた時があったもんでネ。確か若ぐらいの―――外見の頃でした。なぁに、すぐ若も成長のスピードが落ちますってェ。そんな心配なさらないで、ネ?」
レムトはそう言いつつ、おれに向かって癒されるような笑みを浮かべた。少し顔面に風が当たって、笑ってしまいそうな顔になってしまっている。風の影響がなければハンサムな顔だったのに。
「で、でもさ、レムト。魔獣族と幻獣はどう違うんだよ? っていうかどうやって見極めるんだ?」
「そんなの簡単ですョ。まず、魔術と幻術、どちらを使うかですね。次には……やっぱり外見かな?」
「外見?」
「ええ。魔獣族は主な姿は人間なのですョ。でも、幻獣はそのままの姿だ。魔獣族は豹変によって幻獣と同じ姿になれますが、反対に魔獣の力によって暴走してしまう場合もある。ま、オレたちのような“真獣者”には大丈夫なんですけどネ」
レムトの説明にはよくわからない言葉もあった。でも、あえて深追いはしなかった。ジークやフレイアが話してくれなかったことだから、まだ知らなくてもいいことだってあるのだろう。
―――ほどなくすると、向こう側に沢山の建物が見えた。レンガ造りの古風な家が立ち並び、もう夕方なのに街はまだ活気づいていた。軽食屋と思える店からは香ばしい匂いがして、我慢ならなかったのかおれのお腹が変な音を立てた。
「あら、お腹すいてたんですネ? そんなの早く言って下さいョ〜。オレったら結構鈍いんですから」
『グゥゥゥゥーン』
ルヒラルティーまでもが一緒に鳴いた。……仕方ない、素直に自分の今したいことを明かそう。
「……腹減った……」
「若ァァァァ! そんなっ この私を残して去られてしまうなんてッッ!」
「落ち着け、ジーク。私も必死でリクルの“波動”を追っている。奴はまだ魔獣王にすらなっていないが、前世の魂の影響からかやけに魔力が大きいからな」
「しかしっ、ライン陛下。私としてとても心配なのです。若の御身に、何かがあったのならば―――!」
「だから落ち着け、ジーク。……どうやら、レムトとも一緒に居るらしい。なぜだか知らんが、今はフレイアのウェーブが感じられない。他には―――飛龍とも一緒だな。こっちの方が返って安心かもしれんが」
「ぬああああああ! 私は安心できませぬっ どうしてでも、どうしてでもこの手で若を捜してさしあげたいのですッ!」
半分暴走気味のジークは奇声を上げつつ、地団駄を踏みながら部屋中を駆け回った。ラインはそれを完全無視し、捜索するために自分のウェーブを高めた。
ラインの脳内に浮かんだのはレンガ造りの古風な街、沢山の人々、それにとても美味しそうな料理だった。この街並みと人々の服装からして思い当たる場所はひとつ―――。
「レクトスラルドか。そこは時の街として有名だな。レクトスラルドには我々の仲間も滞在しているはずだ。運よく、捜し出すことができたら……」
「なぬ!? レクトスラルドですかッ!」
さっきまで呪いの言葉らしきものを呟いていたジークが急に元気になり、ラインの手元にあった地図を奪い取った。
「レクトスラルドならば走ってたったの10日! 簡単なことですぞっ。お待ちくだされ若、貴方のジーク・ベリス・アリビスが今向かいまするッ!」
「ま、待て。一体どれだけの距離が……ってもう遅かったか」
ジークは風のごとく消え去り、部屋は気づけばライン一人になっていた。―――いや、正確に言うとラインともう一人なのかもしれない。
「気づいているぞ、アリス。そんなに我々のデータ集めがしたいのか?」
「……いえ、ライン陛下。あたしは貴方がたのデータは採取済みです。今度は次期魔獣王、リクルァンティエリル陛下のデータ集めをしようと思いまして。でも、残念なことに若はレクトスラルドにいらっしゃるのでしょう?」
アリス・メリサは小柄な魔女だ。魔法の帽子に、ラインと同じような黒いローブ。それに不思議な杖ときたら魔女か魔法使いしか思いつかない。彼女が長い薄紫の髪を払うと、毒々しい紫の瞳が現れた。
アリスは研究熱心であった。どうにかして新魔術、あるいは新魔法を開発できないかと日々研究、日々追及している。でも、残念なことに彼女は元人間であり、魔術はいっさい使えないのだ。だから魔術開発の為には魔獣族もしくは魔族のデータを採るしかなく、今世紀最大の魔力を秘めていると噂される次期魔獣王を捜しにきたのだ。
「せっかくこの新開発した薬を飲ませて差し上げようと企んで……思っていたのに、とても残念なことです。見習い魔女兼助手のジェミニにでも飲ませてみましょうか〜」
「これ以上被害を出すな。可哀そうな犠牲者が出るだけだろう」
ちなみに今までの犠牲者は約30人にも及ぶらしい。
「どうにかして若の魔力を奪い取る……いや、ゲットしたいのですがね」
「ぶえくしッ!」
「あら、若。風邪ですか?」
「……いや、誰かがおれの噂してそうなんだよな。気のせいかな」
おれたちは今、のんびりと夕食中だ。周りには沢山の人が居るけれど、誰もおれたちの近くには寄ってこない。ウエイトレスのおねーさんだって料理を置いたらすぐどこかに行ってしまったし、おれたちを嫌な目で見てくるし……。
「我慢してくださいネ、若。オレたちは忌み嫌われていますから。遠ざけられたり、睨まれたりするのは日常茶飯事なんですョ。いや、普通は魔獣の森から滅多に出ないんですけどね」
「でも、人種差別は良くないと思うなぁ。あ、みんなは魔獣族という立派な一族なんだけど……おれ、こういうの慣れていなくってさ」
レムトは困ったような顔をした。今まではこんな奴、いなかったのかもしれない。反対に差別されているのは魔獣族だけど、どうしても納得できないのだ。
「オレだってそれはいけないと思いますョ。でも、これは太古から決められたしきたりなのです。魔獣族は人間の中にいることを禁止されているし、同時に人間も魔獣族と親しくしてはいけない。そういう掟があるのです。……過去に、掟を破って処刑された者もいました。魔獣族に恋に落ちてしまった……女性の事ですが」
「そんな……たったそれだけで、処刑されてしまうなんてっ」
「人間たちの間ではもっと酷いことがされていましたよ。昔は位の差別が多かったものですから。……オレは昔、沢山の国を渡り歩いたことがあってね。それで色々な情報を得ることができました。目の前で―――子供が惨殺されたこともありましたよ」
レムトは目を細めて笑顔を浮かべているが、実際にはとても辛いことだと思う。陽気な口調はなくなっているし、紅い目が少し
暗くなっていた。―――お皿がちょうど空になったところでおれたちは席を立ち、レムトは厚い札束を店員に向かって投げ渡した。
「さ、さっきの何円ぐらいなの? 結構ぶ厚かったけど……」
「なんえん? 聞きなれない単語ですネ。この世界で言うと、2万ストーンぐらいです。昔は石が金の代わりでしたから」
「に、2万!? そんなにしたの? さっきの料理」
「どうせ魔獣の森からのお金ですから。城には底がないほどのお金がありますョ〜」
レムトはさっきの角笛、もといボエー笛を吹いた。どこからともなくルヒラルティーとヴィライツが飛んできて、レムトの両脇に降り立った。
「ん? どうした、お前ら。……なにっ!? あの古龍が!」
「え、どうしたのレムト。何かあったの?」
「うはぁ……。大変なことになりましたよ、若。コイツら龍族の長、古龍リアレイズが動き出したらしい。どうやら、ドラゴンフォレストと呼ばれる龍達の森に幻獣が攻め込んできて、戦争せざるを得ないって」
「へ!? せ、戦争だって! そんなのダメだよ。どうにかしてでも龍達を止めなくちゃ―――」
「止めるもなにも、ドラゴンフォレストはこのレクトスラルドと隣接しているんですよ。いち早くどちらかの軍隊と接触しないと、この街は焼き尽くされてしまう。それを阻止するには、龍を制す王冠『ドラグーン・クラウン』を探さなくては……」
―――おれたちが知らない間に、事件は大変な方向へと動いていた。龍は動き出すし、幻獣は“深紅の心”まで持っている。どちらかを止めなくては、この街が危ない! どうしてでも、阻止しなくては……
つづく。
次回、第05話 古龍 降臨!
ドラゴンフォレストに向かったリクル御一行。そこではまた新しい仲間と合流したり、カラフルな龍達が登場したりと大騒ぎ!
一方、行方不明のあの人は!?
次回もお楽しみに〜☆