第03話 現在(いま)と過去(むかし)
俺は、本当の悲しみなんて分からなかった。そこまで深い悲しみは味わったことはなかったし、幼いうちに地球を去ったからね。
―――でも、本当の苦しみなら味わったことがある。……あれが苦しみと言えるのならば。それは俺の師匠であり、初恋の人である“あの人”の死だ。
あの人はこの世界に来て間もない俺に、この世界での生き方を教えてくれた。俺に魔術や剣術だって教えてくれた。
この古いお守りだってあの人がくれたものだ。でも、あの人は俺が200を過ぎた頃に死んでしまった。いや、殺されたんだ。
あの人は魔獣の森の民を救うためだと言って、憎き“アイツ”に自分の持つすべての魔力を使わされた。騙されたあの人は力を無理矢理解放し、弱り果てて死んでしまった。
皆は事故だと言うが、あれは事故じゃない。―――殺されたんだ。
このような悲劇を二度と生まないように、とあの人は俺に言い遺して去って行った。次期、この世に生まれる自分の生まれ変わりを護ってほしいと、俺にこの力を託してくれた。
愛すべき人を護るためといえ、あの人はこんな俺を許してくれるだろうか。
……ごめんなさい、師匠。また無茶をするかもしれません。
「ただいまーっ!」
おれは森に響くように―――実際は響かなかったけど――大声で叫んだ。すると、どこからともなく大勢の獣が駆けてくるような足音が聞こえ、砂埃と共に真珠色の膝まで届く長髪を振り乱したジークが駆けてきた。
「わーーーーかーーーー! 若ーっ!!」
「ぎゃあああ! なんか初対面の時と印象違うしっ」
ジークの美しい銀色の僧侶服……みたいなものが台無しだ。木の葉や木の枝が色んな所に突き刺さっている。いつもは細い眼から変な光線を飛ばしまくりながら、おれの元へと突進してきた。
ジークは目に見えないほどの速さでおれの衣服を着せかえた。この世界には遮るようなカーテンや、脱衣所は必要ないらしい。……普通の人間たちは別かもしれないけど。
「さあ、若。これをお被り下さい。貴方の溢れんばかりの美貌には到底敵わないものと察知しておりますが、これは由緒正しき“戴冠式”に備えるためのもの。どうか、ご辛抱を」
「な、何言ってるんだよ、ジーク。おれのどこが美しいって? おれなんかごく普通の中学生男子じゃないか。……まあ確かに、おれはお袋似だけど」
ジークは「とんでもないっ!」と言って俺の前にジャンピング土下座した。まるでおれがジークに謝らせているみたいじゃないか。
「貴方様の美貌に敵う者はこの世界に……いや、どこの世界と比べてもおりませんぞっ! その黒に近い茶色の御髪、夜のような色の瞳、それにその可愛らしい体型!!」
「最後が嫌がらせに聞こえるぞっ! 悪かったな、身長150未満で」
おれはジークに着せられた、ちょっと大きめの衣服を眺めた。生地は白で、装飾部分や襟の所が水色になっている。ボタンはすべて銀色だ。ズボンは真っ白で、すこし長い。大きさの点を除くととても立派な和尚だ。……間違えた、衣装だ。
頭にはこれまた立派な王冠が被せられていた。全体は金色で、赤や緑の宝石がとても美しい。一度外してみて、また被ってみる。被り心地は抜群だ。
ジークがまだおれへの称賛を述べているとき、向こう側から見慣れた笑みを浮かべている青年がやってきた。おれはその人目がけて駆けて行った。
「フレイア!」
「久しぶりですね、若。いや、たったの1日ぶりでしたか……」
おれはフレイアの胸に顔を埋めた。初めてフレイアと会ったときから、何故か知らないけどとても懐かしい匂いがして気分が落ち着く。まるで初対面ではないようだ。
フレイアは灰色の軍服を着ていて、装飾部分の銀色がとても映えていた。おれとそっくりな茶褐色の髪と暗黒色の瞳には、何か共通するものがあった。
「フレイア〜。憎きフレイア〜〜! いつまで若とベタベタしているのです!? 離しなさいっ! 私たちの若から離れなさいっ!」
「いつからお前らの若になったんだ、ジーク? その根拠を示せ、5文字以内で示せ」
「……私は早く明日の戴冠式の準備をしたいのだが、席を外してもらっていいか?」
「ええ、ライン陛下。あとは我々にお任せを」
フレイアはそういうとおれの腕を掴み、いかにも軽そうに持ち上げた。短く呪文を唱え、背中に大きな翼を生やした。
「フレイアーーっ! 待ちなさいっ 私の若を返せーっ!!」
「若誘拐成功、なんてね」
「フレイアってホント面白いな! そしていい人だ。……何故かそう思うよ。アンタはいい人だっておれの心のどこかがそう言っている」
「……そうですか、若」
魔獣の森の上を低速飛行する。おれはフレイアに抱きかかえられるようにされているが、まったく違和感などはない。それよりも、心地よいほどだ。
「本当に貴方のお父上、それに母上はいいお方だ。貴方をここまで立派に育ててくれた。―――もし、地球に帰るときがあったら、そのときは伝えて下さい。俺は貴方がたのことを心から尊敬しているよって」
「……おれの親父やお袋を知っているの? でも、フレイアは350年以上生きているんだろ?」
「ええ。俺は今から25年前の地球から、さらに約330年前のクローン世界へと飛ばされた。ここは地球と比べてとても歴史が長い。それに、地球からみるとこの世界は遥か昔だ。……俺はまだ地球に居たら、38歳だろうね。13歳の頃にこの世界へやってきたから……」
「ちょっと待って! 25年前に地球から消えた、それに13歳の頃だった……って」
―――おれのお袋の死んだ兄、フレイア・グリアロス・エリルと同じじゃないか!
「正体がバレましたか?」
「……分かったよ。アンタはフレイア・グリアロス・エリル。おれの伯父であり、お袋の兄だ。死んだはずのアンタが何故、此処に居るんだ?」
慌てるおれに対し、フレイアはとても冷静だった。まるで当たり前でしょ、と言っているようだった。
「言ったでしょう? 俺は25年前、この世界に飛ばされた。その事故の後です。でも、俺は“とある人”の力により生き延びることができました。その代わり、その人の弟子となったのですが」
「……やっぱり夢なんだな、コレは。死んだはずの伯父が現れるし、地球とは違う世界観だなんて……信じられないよっ!」
「夢じゃありません。落ち着いて、若。いや、リクル」
フレイアがおれの名を呼んだ時、おれの心の中に巣くう黒い雲が晴れていったような気がした。そういえば、フレイアはおれよりも幼いときにこの世界へとやってきたんだ。でも、彼には大きな“理解者”が居た。実際に目で見ていなくたって、それだけは分かった。
「『汝の心は我が尋ねぬども理解できる。汝だけで抱え込むことのないよう、我はそなたの力となる。時には我が身を鋼の盾と化し、汝を護らん。時には鉄の剣と化し、汝のために闘わん。汝滅びしときは、我は共に朽ち果てん』……」
「フレイア?」
「『私は貴方の心を誰よりも解っています。何事もお任せ下さい。時には貴方の盾となり、貴方の剣となって貴方を護ります。これからは、貴方と運命を共にします』……という求婚のときに用いられる魔獣族の由緒正しき言葉です。何故かこれが頭の中に浮かんでしまってね」
「へぇっ!? あ、アンタまさかのまさか!?」
「あ、いえ! そういう訳では決してありません。ただ、何故か懐かしくて……」
フレイアはそっと両手でおれを包み込み、自分に引き寄せた。おれは黙ってその香りに身を寄せた。
自分の伯父が身近にいるなんて、思いもしなかった。でも、ここに居るみんなの温もりに触れていると、やっぱり夢だとは思えなくなる。都合が良すぎたり、訳のわからない世界観に関しては現実とは程遠いだろう。でも、これが夢だったとしてもいいじゃないか―――
「……フレイア? あんた何してんの。まさかフレイアにも変な趣味があったとはねぇ。俺様も驚きだよ」
おれはその声に驚いて、フレイアから身を離した。ふと見下ろすと、おれよりもちょっと大きいぐらいの少年が木の上に立っていた。
「クランド……。久しぶりだね。お前が帰ってくるなんて」
フレイアが全く警戒していないことから、同じ仲間なんだろう。警戒……どころかとても仲がよさそうに見える。少年は木々を飛び移ると、おれたちの目の前まで来た。
「たまたま森の近くに寄ったからね。みんながどうしているか確かめに来たんだよ。……その腕に抱いている可愛いコはどっかの王様か何かかい? 王冠なんか抱えちゃって」
「ああ。このお方は第30代目魔獣王となられるリクルァンティエリル陛下だ。まだ、今の時点では“若”とお呼びした方が正しいかもしれないがな」
「ほぉ、若を連れて駆け落ちとはねぇ。でも、あのリクルァンティエリルさんの生まれ代わりなんだろう? もっと強気なコを想像してたんだけどねー」
クランドと呼ばれた少年は、おれを上から下まで眺めまわした。クランドは首に抹茶色のスカーフを巻き、半袖、半ズボンのいかにも寒そうな格好だ。背中には二本の長剣を背負っており、腰に小さなポーチを巻いている。いかにもラフそうだ。
クランドは短い銀のかかった水色の髪に、珍しいオレンジの瞳をしていた。緑の軍服系の服の至る所に、小型のナイフや怪しげなビンなどの武器が見える。多分、彼も優秀な軍人なのだろう。
「若、彼はクランド・ヴァン・リース。ヴァンパイアの能力の魔獣族で、国外任務を主にやっております」
「はじめまして、若。俺の事は“クラウド”って呼んでくれる? 初めての人はそっちの方が呼びやすいだろうし。あと、それと……」
クランド、もといクラウドはおれに手を差し伸べてきた。おれはその手をおずおずと握り返し……って
「わぁぁぁっ!? ちょっ! 何を?」
クラウドはおれを抱きかかえ―――お姫様ダッコ状態である―――て、片方の空いた手でおれの頬を撫でこう囁いた。
「やはりお美しいお顔だ。リクルァンティエリル殿、どうかこの私、クランド・ヴァン・リースと正式に婚礼を……」
「ひぃぃっ!?」
「クランド! いい加減にしたらどうだ。若が困られて……いや、怖がっておられるだろう」
「えー? せっかくのカワイコ発見なのに、勿体ない」
フレイアは苦笑いを浮かべ、半涙目のおれを自分の腕に抱き直した。……やっぱりコレは夢なんだ。夢だろう。夢だと思いたい。
「じゃあ、俺はそろそろ行くね! 次の任務が待ってるし。今度会ったら逃がさないからね、俺のカワイコちゃん!」
クラウドは吐き気を催す投げキッスをぶちかまし、風と共に一瞬にして消えた。唖然として瞬きを繰り返しているおれを見て、フレイアが忍び笑いを漏らした。
本当にこの世界には個性的な人がいる。おれ激LOVEの長髪細目の美形もいれば、いきなり伯父だとカミングアウトする人もいる。だからこそ面白いのかもしれない―――もしかしたら、おれが知らないだけで余所ではもっと凄い人物か居るかもしれないけど……
「若、危ないッ!!」
フレイアがそう言った瞬間、おれは自分の胸が抉られたような感覚に陥った。―――死んだかもしれない。一瞬そう思ったけど、よく見たら自分の胸は無事だった。しかし、首にさげていたはずの魔石“深紅の心”が無くなっている!
「若、お怪我はありませんか?」
「う、うん。でも、“深紅の心”がっ……」
フレイアは目にも止まらぬ速さで急降下し、おれを大木の穴倉に隠した。すると自分は一気に上昇し、高い位置で飛行している黒い塊に向かって突進した。
「フレイア!? 待っ―――」
「痛った〜。誰だ? オレの真上に落っこちてきたのは………」
「わっ!? ご、ごめんなさいっ! おれ、気づかなくて……」
上から差し込んでくる光を頼りに、おれの下敷きになっている人を見つけた。その人はジークよりも濃い銀髪で、熱いのか長めの袖を肩までまくっていた。灰色の軍服の腰あたりを濃い青の帯で結んでいて、見る限りに軽装だ。
「って言うより早くどいてくれよ! 首が変な方向に曲がっちゃっているから……」
「あ、うん」
おれがその人の上から横にずれ、予想外に広い木の穴の隅に座り込んだ。その人は伸びをしながら立ち上がり、骨が折れるような音を響かせた。
「ああ〜。やっぱりこんな狭いところに長く居るのはなんだかねェ〜」
「へ? ここも十分に広いじゃん。一人分の小さな部屋は作れるんじゃないの?」
「何を言ってるんだ、このガキは。アンタは『魔獣都市』の異名を持つ“クレアリス”城に住んだことがないから……を?」
その人はおれの前まで歩いてきて、おれの腕にはめられた銀色のブレスレットに目を向け、何を悟ったのかおれの前に跪いた。
「これは無礼を、若。オレはまだ若にお会いしたことがなくてね」
「あんたもジークみたいなことを言うな。またリクルァ……おれの前世の影響?」
その人の顔は影になって分からないけど、声でとても楽しそうな様子が窺えた。
「ええ。そのブレスレットの宝石ですョ。それにはめられた“翠の石”は限られた者しか持たないんでねェ。翠の月生まれ―――、そう。この世にはたった二人しか居ない。若と、フレイアだけですヨ。なんせ、この世界で翠の月に生まれる魔獣族はいない。つまり、地球生まれの者しかいないんです」
「へ、へぇ。知らなかったな」
その人はおれの手を掴み、暗い大木の穴から外へと連れて行ってくれた。改めてみるとその人は吊り気味の紅い妖艶な瞳に、見てるコッチまで和んでしまうような笑みを浮かべていた。ラインと同じ瞳だけど、彼とは違った意志の強さが現れていた。
「オレはレムト・ルランと申しまして、フレイア将軍の副官なんですョ。どうせ将軍の頼みでしょうから、オレが匿ってあげますかねー」
その人―――レムトは低く呪文を詠唱し、一瞬にしておれたちの周りを炎で包んだ。その炎は龍のごとく空に昇り、写真でしか見えないような光景を生み出した。
上を見上げると、コウモリ羽をもった真っ黒な人型の“何か”が沢山集まっていた。数体が炎に炙られ、地面に落ちてくる。他の真っ黒なヤツは仲間がやられても全く反応せず、感情すら持っていないようだった。
「“炎の術、発動。我が炎の術者であることを、己が血をもって誓う―――”」
炎の龍は真っ黒人間(仮)を次々と焼き尽くし、レムトが術を止めるまで暴れまわった。あれだけ暴走したのに、周りの木々は一切燃えていない。こういう所はレムトの配慮なんだろうか。
……レムトは炎の術を使うんだ。この世には10の能力があり、ほとんど平等に力を与えているらしい。それは生まれた月と太陽の位置で決まる―――とか、小難しいことをジークが言っていたな。『生まれた月と日』と解釈していいらしいけど。
「そういえば、レムト。フレイアはどうなっちゃったんだろ。まさか、負けるワケないだろうけど……」
「安心してくださいナ。奴はそう簡単にはおっ死にませんからね。でも、一番狙われやすいのは若なんですよ? ご自分の命が一番なんですからネ」
レムトはそう言って自分の剣に炎を纏わせ、おれの目の前に刀身を持ってきてくれた。その剣は周りだけ燃えていて、剣自身はまったくと言っていいほど無傷だった。
「コイツはただのさびた凡剣ですが、炎を纏わせるだけで炎の剣になる。簡単な原理ですョ。若、しばしお待ちを……」
「ちょっと待って! でも危ないんじゃ……」
レムトは炎のドームから飛び出し、まだ残る数体の真っ黒人間を次々と切り刻む。彼らは感情を持たないといえ、切り刻まれている姿はとても痛そうだ。
今更だけど、レムトに心配の言葉は無用だった。どこから見ても力量の差は愕然としている。レムトが真っ黒人間達の数倍も、数十倍も強かった。さすが軍人。
あっという間に敵はすべて倒され、地面には黒く焦げたススだけが残っていた。真っ黒人間たちは燃え尽きたのかな?
「奴らは幻獣だからネ、すぐに消えちまうんですョ。オレは説明ベタだからフレイ将軍に聞いてくれればいいんですけど」
レムトはおれを護っていた炎のドームを消すと、自分はいかにも無傷です! と炎の剣を片手で振り回してみせた。あ、でも余計に自分の髪が焦げちゃってる。
ふと、さっきまで楽しげだったレムトの表情が一瞬だけ真剣になった気がした。何かを感じ取ったのか、空の遠くを見て剣を構えつつ、おれの盾になるように身を近づける。
「若、ここを一刻も早く去りましょう。他の魔獣族にはオレが連絡します。……多分、フレイ将軍も幻獣を追って“神林”へ向かったはずだ。そこで落ち合いましょう!」
「も、ってことはおれたちもその幻獣を追うことになるのか!? あの、凶暴でおっかない幻獣をか!?」
「ええ。それがどうか? オレが追っかけなくて誰が幻獣を仕留めるんだ! ってネ」
そういうとレムトは懐から角笛のようなものを取り出し、思いっきり息をすってその笛を吹いた。音を文字で表わすと「ボエエエエエエエエ!」である。本当に迷惑な音だ。
その音が止むと同時に、向こう側から緑色と赤色に光る“何か”が現れた。それは風を切る轟音とともに大きくなり、数秒後には2体の大きなドラゴン、いや、ワイバーンが現れた。
「驚きましたか? この世界は飛龍が乗り物なのです。この紅い龍は“火炎龍ヴィライツ”。オレの生まれたころからの親友なんですョ。そして緑の龍が“深緑龍ルヒラルティー二世”。こいつは若のためだけに動く、初代リクルァンティエリル陛下の愛龍の二代目なのです。お分かりで?」
「あ、ああ。一応。じゃあ、この飛龍がおれたちを運んでくれるんだね?」
「そういうワケ。んじゃ、出発!!」
「ってへぇええええええええ!? なんでココの人たちはいきなりすぎるんだぁぁぁ!」
おれはまた尾をひく悲鳴を上げながら、空の彼方へと飛んで行った。
つづく。
やっと3話目^^
またリメイクしなおしたもので、結構更新が遅れがちです……。
次回もお楽しみに〜