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第15話 悲しみの青い炎 後

 フレイアは敵の剣を寸前の所で受け止め、跳ね返すとまた正面に構えなおした。自分の剣にも、少しだけ欠けた跡が窺える。一歩足を後ろに下げると、雨で湿った土が軍靴に付いて跳ねた。


「ギーヴァ、何故貴様が此処ここに居る?」


 元魔獣族のギーヴァは、何も答えずただフレイアを睨んだ。ギーヴァはそう珍しくない深緑色の肩まで届く髪に、切れ長の青い瞳をしていた。


「話はおばあさまから聞いた。貴様は、幼いレムを殺したんだな……?」


 質問、ではない。確認だ。声のトーンを落とし、相手をまっすぐに見据える。ギーヴァは茶色のローブを風に靡かせただけで、何も答えない。


 フレイアは剣を地面に素早く突き刺し、呪文を短く唱えると地割れを起こしてギーヴァをとらえようとした。しかし、ギーヴァは軽い身のこなしでそれを避けると、フレイアに切り掛かる。


 フレイアは素早く反応し、剣の中腹でそれをはじき返す。しかし、頭上から迫っていた炎には気づくのが遅れ、危うく焼け焦げそうになりながら空中に飛び上がった。


 空中戦ならこっちのお手の物だが、運が悪いことに相手は炎使いだ。下から狙い撃ちされてもおかしくはない。迫ってくる炎を避けつつ、ギーヴァに向かって剣を振り下ろす。


 途中、相手の剣が頬を掠めたが、少し血が流れただけで済んだようだ。―――どうしてでも、ここで食い止めなくてはいけない。リクルたちにまで被害を及ぼせたくはないから―――


 本格的にヤバいかな、と思った瞬間、ギーヴァの右手でなにかが光った。それは青く強い光を放つと、ギーヴァの全身を覆った。


「!?」


 その光が敵を覆った途端、先ほどまで赤かった炎が突然青に変わった。その青い灼熱の炎はさらに勢いを増し、蛇のような形になるとフレイアに向かって飛びかかる……ように思えた。




「“水の術、発動!!”」





 聞き覚えのある声と共に、大量の水が炎の蛇を打ち消した。フレイアは呆然として後ろを振り返ると、そこには膝まである長髪を振り乱したジークが立っていた。


 しかも、普段の雰囲気とはとても違う。第一に、いつもは細い目が一般人と同じぐらいに開かれていたのだ。その瞳は燃え盛る炎のように、とてもムラのある色だった。


 仁王立ちになったジークは腰から長剣を引きぬくと、目の前にいる自分の従兄弟、ギーヴァに向かって翳す。今日のジークは至って真剣だな、とフレイアも感嘆してしまうほどだ。


「ギーヴァ、貴方はどこまで堕ちれば気が済むのでしょうか。わたくしは断じて貴方を許しません。私自身の手で、貴方を切り伏せてみせます!!」


 炎のような瞳がギーヴァを睨む。ジークは短く呪文を唱え、剣に水を纏わせながらギーヴァに切り掛かった。


 ギーヴァもただ攻撃を受けているだけではなかった。相手に炎が通じないとなると、術を押さえて自分の実力のみでジークの剣を跳ね返す。後ろに回転しつつ跳躍して回避したように見えたが、以前までは美しく煌めいていた深緑の髪が少しだけ空に散った。


「私を甘く見てはいけません。最近は戦いに参加していないものですが、昔はこう見えても千人の軍人を指揮するおさだったのですから」


 ジークは自分の髪を払いのけ、紅い瞳をさらに輝かせると敵に向かって走り込んだ。魔力同士がぶつかり合い、耳をつんざくようなスパーク音があたりに響く。


 先ほど降ってきた雨によって地面はぬかるみ、動きにくいのだが二人は互いにスピードを落とさず、剣を交差し合っている。フレイアは自分の出る幕はないと判断し、リクル達の元へと駆け寄ろうとした。




 ……が、向こう側から駆けてくる見慣れた影には、自分が今本当に護らなくてはいけない存在も見えた。今、こちらに来られてはまずい! フレイアは呪文を唱えて岩の壁を創りだすと、向こう側とこちら側を二つに遮断した。


「フレイア!? なんでっ」

「リクル! ここは危険なのです! どうかそこでしばらくお待ちください」


 フレイアが叫んだ瞬間、自分の後ろ側からものすごい熱気が襲ってきた。振り向くと、真後ろには青く燃える炎が迫ってきていた。


「すぐ……戻りますから」


 フレイアはそれだけ言い残すと、岩の壁をさらに大きくして炎と自分達を閉じ込めた。



















「フレイア!!」


 おれが拳でいくら叩いても、岩で出来た頑丈な壁は微動すらしない。頭突きも試してみたが、目の前に星が沢山浮かんだだけで何も効果は得られなかった。


「無茶な足掻あがきはよせ、リクル! 大丈夫だ。フレイアならどうにかして切りぬけるさ」

「でも……フレイア一人であの青い炎なんかにっ」

「いや……ヤツは一人じゃない」


 グレイルは眉間にしわを寄せ、ありえないようだが……と呟いた。


「……ジークの後ろ姿が見えた」

「え!? なんでジークがこんな所に?」

「僕にも分からない。ただ……ジークとギーヴァは従兄弟同士だったんだ」


 ギーヴァって……今敵対している人? そう尋ねる前に、グレイルは元来た道を戻り返していた。


「ちょっと! どこ行くんだよ、グレイル」

「番人達に知らせるんだ! 今、ここは戦場と化している。無力な者が……居てはいけないっ」


 無力な者……って、弱っちいおれの事ッスか? どーせおれは剣なんて初心者同然だし、魔術もあまり使い慣れてませんよ〜だ。


 グレイルの後に続き、遅れまいとなるべく速度を上げる。転ばないように地面にも目を向け、長い長い道のりを……ってええ!?


「な、なんか道が長くなってるよーな……」

「ちっ……油断したか。ギーヴァンにやられた。魔術によって、僕たちは幻覚を見せられているんだ」

「魔術で幻覚!? ……っとそれより、対処法はないのか? あーやったら抜け出せるとか、こーやったら幻覚を見ないで済むとか……」

「対処法はない。僕達が術に掛かっている以上……効果が薄れるまで待つしかない」


 グレイルが吐き捨てるように言った。彼は剣を地面に突き立て、眼を閉じると黙って乱暴に座り込んだ。地面がぬかるんでいて、服が汚れてしまうのもお構いなしのようだ。




 本来ならばとても短いはずの道のりが、数キロも数十キロもあるように思える。今なら向こう側に行けそうな気がしたが、何回チャレンジしてもまったくその場から動かない。後ろには岩の壁、前には果てしない焦げ道だ。


 こんなゴツゴツした高〜い岩壁を砕く気にもなれないし、だからと言って前へ走って走って走って橋て? も、ただ無駄に体力を使うだけだ。


 魔術も通用しないのか試してみたけど、指先からちょいと電撃が飛ぶだけだ。あれ? おれこんなにダサい魔術しか使えなかったっけ??


 グレイルはその場に胡坐をかいたまま動こうとしないし、だからと言っておれの無力な脳と力では何も始まらない。岩壁をつついてみたりノックしてみたり話しかけてみたりしたけど―――へんじがない、ただのいわかべのようだ。


 おれの魔術でもダメ、何度走ろうとダメ。地味な攻撃を仕掛けてもダメ、仲間を呼ぶこともダメ。……一体どうすりゃいいんだよ。諦め悪くてマイペースなおれでも、やっぱりここではパニックになりかけた。自棄やけになって地面に座り込むと、グレイルが目をあけてこちらを向いた。


「何度やっても無駄ならば……待てばいい」

「っでもグレイル!」


 グレイルは顔だけこちらに向け、地面に突き刺した剣に寄りかかっている。その瞳には何かしらの決意が窺えるようにも思えた。


「時には……待つことも重要だ。時間が経たないと解決しない問題だって、沢山あるだろう。仲間を信じ、待つことも大切じゃないのか」

「でもな、やっぱり心配だし……おれとしては……」

「お前は仲間を信じることができないのか!?」


 グレイルはおれを一喝し、立ち上がると剣を鞘におさめた。短くなった翡翠色の髪が風に揺れ、向日葵色の瞳はおれを軽蔑したように見下ろす。


「仲間を……信じきれないのか?」


 彼はまっすぐにおれを見下ろし、右手を腰に当て左手は下げたままだ。左腰に差している大きめの剣が、今は異様に恐ろしく感じた。


「ごめん……おれが悪かった」

「ほう。今日はいつもとなって素直だな」


 グレイルの軍靴が俯いたままの視界に入り、おれの目の前で止まる。氷のように冷たい手がおれの頬に触れ、それから髪に触れた。


「お前……瞳は元々黒かったが、髪もだんだんと黒に近くなってきている。やはり、“特別な魔術”を使う者は髪まで黒くなるのだな。さすが恐怖の魔獣王」


 グレイルはもう顔を上げていいぞ、と言い、おれの瞳をじっと見据えてくる。彼のこんな表情は初めて見たし、こんなに真剣に見つめてくるのも不思議でたまらない。


「……仕方ない。僕もお前に付いて行ってやろう。……どこまでも従いますぞ、我らが第30代目魔獣王 リクルァンティエリル陛下」

「うげっ!?」

「う……『うげっ』とはなんだ!? せっかく僕が貴様に従ってやろうと言うのに! まったくっ」


 グレイルは一人で呟くと、またおれの方に向き直って微笑んだ。第一印象は口が達者で自己中で面倒なヤツ、だと思ったけど、今回になってまた印象が変わったかもしれない―――。


「リクルに従うと決めた以上……僕も強行突破の手伝いをするしかないな。付いてこい、リクル! 僕の術で……出来る限りのことをしてやるッ!」


 グレイルは岩壁の所まで歩み寄ると、両手を壁に押し付け呪文を唱え出す。


「“氷の術、発動。我が氷の術者であることを、己が血をもって誓う!”」


 手先に白い光が集まり、音を立てて壁の周りを走った。グレイルが掛け声上げると光が四方に発散し、壁の周りを取り囲む。


「おお〜」


 おれが感嘆の声を上げると、グレイルは顔だけ向けて得意そうに微笑んだ。また壁の方に顔を向け、聞き取れないほど早く呪文を詠唱する。


「“我に従える氷の要素よ、全ての力を解放し、我に脅威なる力を与えよ。我は魔王“ルシファー”から許される魔術を使い、魔獣族の敵となる悪を打ち砕く。我が名はグレイル・ビライス・ティラ・アーク! 我が能力ちからは、なんじの為に―――“」


 グレイルが長い呪文の詠唱を終えると同時に、今まで微動すらしなかった岩壁が音を立てて崩壊した。まるで雷が落ちたような衝撃が走り、向こう側の景色が丸見えになった。


「……!!」


 目の前には、大きな炎の蛇と水の龍が絡み合って爆発を起こしていた。紅い蛇と青い龍の姿は言葉では表現できないほど美しかったが、雰囲気が全く尋常ではないようだった。


 「あれは……やはり、ジークの魔術だ。蛇の方はギーヴァンだろう。あいつは……憎きあいつは炎使いだったはずだ」


 グレイルは憎しみで顔を歪め、蛇の下にいるはずのギーヴァンを睨んだ。グレイル自身も剣を抜き飛びかかろうとしたが、おれが必死でそれを止めた。


「グレイル! ダメだって、落ち着かなきゃ。お前だって仲間を信じろと言っただろ!? 信じ……」


 おれたちの目の前で爆発が起き、おれは爆風に飛ばされて後方に吹っ飛んでしまった。


「リクル!」


グレイルが必死で手を伸ばしてくれるが、何か所でも爆発が起こってさらに吹き飛ばされてしまう。その手に触れることなく、おれは図書館の壁に背中から激突した。見慣れた顔が一瞬だけ視界に入ったが、煙と痛みで何も見えなくなってしまった。




つづく。


次回、第16話 偽りの姿!?


ジークVSギーヴァンの従兄弟対決はさらに大暴走!


爆風に巻き込まれたリクルとグレイルの運命は!?



次回もお楽しみに〜☆

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