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第14話 悲しみの青い炎 前

「レムト!」


 炎の向こうにレムトの姿が一瞬見えたが、すぐに炎にかき消されてしまった。


「レムト!!」


 おれが手を伸ばそうとしたが、容赦なく渦巻く炎には何も逆らえなかった。すぐに行く手を遮られ、あっという間に周りの草木は燃え尽きる。


「彼の―――レムトの炎じゃない。ヤツのは制御も簡単だったし、ここまで無残に命を奪うものではなかった」


 確かに、魔獣の森で初めてレムトに会った時はターゲットのみだけ炎で焼き尽くしていた。他のものには何も害を与えず、草や木だって燃やさなかった。


「じゃあ……一体誰なんだ? 何故ここにリクルが来ているということを知っている? 城の者にすらほとんど伝えていなかったのに……」


 グレイルも不安そうな表情を浮かべている。確かに、ここにおれたちが居ることを知っている人は少ないだろう。城下町でも必死に姿を隠していたし、確かクレアリス城の人たちもここに来ることは少ないと言っていた。


 この付近にはあまり人家がない。この図書館と隣の小屋だけ遠く離れているのだ。人気が少ないことも計算に入れているのか、それともただの偶然なのか……それも分からない。


 この図書館は炎の勢いによって燃えることはないようだ。なぜなら、降りかかる火の粉や炎をも跳ね返してる。シールドかリフレクが張ってあるのかな。


 何万冊も本を保管する図書館は、一番燃えやすいだろう。それを利用されて大切な資料が燃えてしまわないよう、厳重な防御を重ねてあるに違いない。さすがは図書館の番人だ。


「リクル! 関心している場合じゃありませんよ。この付近に水の術を持つ者はいないんだ。いるとしてもおばあさまは……もう引退されてもおかしくはない歳だから……」


 フレイアも炎が近づかないようシールドを張っているが、この炎に抵抗する術はないらしい。向こうに居るはずのレムトが、この炎の発生源をどうにか止めてくれればいいんだけど……



 炎の勢いは止むことを知らない。おれは燃え盛る炎なんて焚火か避難訓練でしか見たことないから、実際に建物が燃えている所に見合わせるなんて今回が初めてだろう。だから対処法も全く分からない。長寿のフレイアやグレイルでさえ分からないのだから、成すすべはないのだろうけど……。


 ん……? 待てよ。おれが雷を操る力を持つのならば、天候も操ることができるんじゃないかな。そして雨を降らせることができたら、この炎も消えるんじゃ……


「“か、雷の術、発動―――”」


 誰にも聞こえないよう、小さく呟く。この二人に聞かれたら術を発動させてもらえるワケないんだから!! あまりにも過保護すぎるっ!


『“我が雷の術者であることを、己が血をもって誓う!!”』


「リクル!?」

「なんという無茶を!」


 あーあ、ついつい叫んじまった。二人に見咎められ、グレイルに一喝されそうになるけど……


 天に向かって紅い電撃が走ると、あっと言う間に空を雨雲が覆う。それは紅い雷を伴いつつ大雨を降らした。


「あ! やっぱりできたじゃん。おれって天才? それとも……」

「じ、常識だ! そんなことっ 雷の術者は同時に天候も操ることができるのだ。ただし、シンクロ率が100パーセントを超えなくてはならないのだがなッ」


 グレイルは懐に手を突っ込み、中から“空の砂時計”を取り出す。それはまばゆく輝くと、先ほどよりも大量の雨を降らした。


「これには天候を操る時、力を増幅させる能力があるのだ。ただし、その能力は僕が持っている時限定なのだがな。その理由は分からんが……仕方ない。僕も助太刀してやろう」


 雨はやがて炎の威力を弱め、消火させると何事もなかったように止んでいった。暗雲もその姿を消し去り、やがては雲ひとつない快晴の空に戻って行った。


 しかし、小屋は全焼し、周りの木々も跡形もなく燃え去ってしまったまるで……古龍のブレスを受けた跡みたいだ。あの時の記憶が脳裏に蘇り、足元が少しふらついた。後ろのフレイアが受け止めてくれなかったら、地面に後頭部を激突させるところだった。


「そういえば……レムトは! レムト―っ! 無事なのっ!?」

「あーるじーッ! ここに居ますョーっ ただちょいと瓦礫が邪魔して……」


 小屋の方から彼の声がする。転びそうになりながらもそこまで駆けて行くと、心配そうに小屋を見つめるおばあさんと瓦礫の中に埋まるレムトの姿があった。


「イテテ……足と腕を怪我したかも。じいさん、大丈夫かい?」

「あかかかかけけけけけ、あああありがとうのおおお。わわわわしはピンピンじゃよよよよよ」


 手を貸してレムトを引き上げると、その腕にはススまみれになったおじいさんの姿がった。レムトは腕や足から血を流しているけど、おじいさんはカクカクするだけで無事のようだった。


「すまないね……シェイル。あんたをここまで怪我させちまって、娘もきっと悲しがるだろうよ……」

「心配すんなって、ばあさん。ちなみにオレは、もうシェイルじゃなくてレムトだって。あんたらを護ってやるってレムと約束したんだ。レムの願いなら絶対敵えてやるって、オレは誓ったんだから」


 おばあさんとレムトが地面に座り、慰め合っている間にも、新たなる敵は動いていた。おれは何も感じなかったけど、フレイアがある一定の方角を睨みこう呟いていた。


「ギーヴァン……。何故貴様が……」





















「えぇ!? ギーヴァンが牢獄から逃亡したと!」


 ジークは膝まで届く長い髪を振り乱し、部屋の中を往ったり来たりしている。ちなみに、ここはラインの部下ヴェルグスの部屋であり、最新情報が一番集まる場所でもあった。


 ヴェルグスの部屋はとても豪華である。壁と同じ赤茶色天井には豪華なシャンデリアがあり、床には複雑で美しい模様のカーペットが敷かれてある。執務用の机は曇りひとつなく輝き、その周りには大量の珍しい武器や骨董品などが置かれている。実は言うと、これは彼の趣味ではなく義娘アリスのいたずらなのだが。


 彼のものと言えば、両隣にある本棚だけだ。180強も身長があるヴェルグスでさえ、背伸びしないと一番上の棚に届かないほどの大きさだ。幅も大きく、この本棚には数千冊の本が収納されている。ちなみに、すべてが資料ばかりだ。



「どうしましょうどうしましよう……向かったとされる城下町南区には,

主も向かっておられるのですよ!? もし、我が主にもしもの事があったら……」


 ジークは部屋の中でオロオロ、ウロウロするだけだ。ヴェルグスは様々な情報を地域ごとに整頓し、一枚の紙を机の向かって一番奥に置いた。


「これは……なんでしょう?」

「今から270年ほど前、南区の外れにある人家で、魔獣族の娘が殺された事件は知っているな?」

「え……ええ」


 ヴェルグスは後の窓から降り注ぐ光の所為か、とても恐ろしげに見えた。声をいつもより低くしていることも、恐ろしく見えるうちのひとつだろう。


「その犯人が未だに見つかっていない。我が隊の噂によると……犯人は奴、ギーヴァ・ロダルト・アリビスに似ていたらしい。フレイアの副官が見ているのだ。間違いないだろう……」

「フレイアの副官で、270年前でも生きていた者というと……彼、レムトだけですね。他の副官といったらグレイルだけですから。そうでしたね。レムトは過去に辛いことを体験していますから、フレイアともすぐ打ち解けたのでしょう……」


 ジークはその紙に目を通しつつ、真珠色の長いおくれ毛を払う。最初は落ち着いてそれを眺めていたが、ジークの紙を持っていた拳が震え出し、ついにはその紙を投げ捨てた。


「すみません……取り乱したりして。しかし、わたくしの従兄弟であるギーヴァが許せないのです。無残にも幼い命を奪い、人間も簡単に殺してしまう。我がアリビス家としては恥なる者です。私があやつめをこの手で切り伏せたいのですが……主はここにはいらっしゃりませんし」

「私が許そう。光栄にも、主がいらっしゃらない時に、この城の政治のすべてを任されたのでね。ジーク、貴様自身が赴くとよい。私もその気持ちは分かる。昔……そういう事件があったからな」


 ジークは笑顔を輝かせると、長髪を風に靡かせながら部屋から出て行った。いつもは冷静なジークの廊下を走る音が、とても珍しく感じる。


「まったく……いつになったら争いは終結を迎えるのかな、アリス」

「なんですか。気づかれていたのですね?」


 アリスは執務用机の傍に転がる大きな箱から身を起こすと、ヴェルグスの真後ろまで回り込んだ。


「義父上……。貴方も平和を望みますか。あたしも早く平穏な日常が訪れることを、心から望みます。亡くなった母上も、それを望むでしょう」


 ヴェルグスは背中まである長い髪をひとつにまとめると、黙って部屋を出て行った。アリスもそれに続くと、部屋の中はいつもどおりの静けさをとりもどした。



























「あるじー、そこにある板を取ってもらえませんか?」

「あ、これ? はい!」

「どーも。そしてコイツをここにはめて……」


 レムトは包帯でぐるぐる巻きの左手で板を持ちつつ、右手で金槌をもって釘を打つ。とても器用だ。


 結局、おじいさんとおばあさんに怪我はなかったものの、小屋は全焼し全壊してしまった。おじいさんはひとつずつ瓦礫を除去する作業をしているが、おばあさんは地面に足を抱え座り込んだまま動こうとしない。


「おばあさん、どうしたの? 元気出してよ」

「すまないねぇ、陛下。わざわざここまで来て頂いたのに、とんだ事件に巻き込んじゃって……」

「気にしてないって。おばあさんだって気にすることないよ。ね? 元気出して」

「ありがとうよ。……あたしらにも、陛下のように心やさしい娘が居たんだ。殺されちまってからは、シェイルを息子のように育てたんだよ。でも、シェイルまで怪我させてしまって……もし、娘のようにコイツも死んでしまったら、と思うととても怖くてね」


 おばあさんは先ほどまでの迫力と違い、とても落ち込んでいた。フレイアから聞いた通り、とてもその事件はショックだったのだろう。おれはまだまだまだまだ独身だけど、何故かその気持ちは分かる。


 今ここにフレイアとグレイルが居ないのは、新たなる敵に備えて見張りに出ているからだ。あの炎は魔術らしい。だから簡単に消えることはなかったんだ。……つまり、魔獣族が今回の敵になるのだ。


 初めて、仲間である魔獣族と闘うことになるのかもしれない。今回は怪我だけじゃ済まされないかも。今までは護られてばかりだったおれも、闘わなくてはいけない。いや、絶対に闘うんだ。


「心配することはない。僕らが護ると言っておるだろう。決して、お前を傷つけるわけにはいかないからな」


 振り向くと、グレイルがいつのまにかおれの真後ろに立っていた。翡翠色の髪と向日葵色の瞳はとても幼い印象を受けるが、いつもより何故か男らしく見える。なんで??


「……ってあああ! ぐ、グレイル! いつの間にお前髪切ったんだ?」

「ついさっきだ。長い所で肘まであるんだから、鬱陶しくて仕方がない」


 グレイルは、おれと同じぐらいの長さまで髪を切り落としていた。剣で切ったわりには意外と上手い。相変わらず、そういう所だけは器用なんだから。


 短髪のグレイルも以外と良く似合う。まったく、美少年は見慣れないからなんだか新鮮だ。グレイルは腰に手を当て微笑むと、焼け焦げていない木に背中を預けた。


「昔、まだここが普通の村だった頃ね……」


 おばあさんは腰を浮かせると、白く美しい手でおれの肩にそっと触れた。おれは驚いて数センチ飛びあがってしまい、おばあさんに笑われた。


「ここらへんには沢山の子供が居たんだよ。でも、みんな安全な西区か東区に移り住んでしまった。このあたりには老人しか居ないんだよ。ほとんどが魔族か魔法使いだけどね」


 おばあさんは特別なのだろう。確かに、魔獣族はこの地域に来て一度も見ていない。ほとんどが老人ばかりで、あまり賑わってもいなかった。


「ここはクレアリス城からも見放された小さな村。でも、陛下はここまで来て下さったのね。先代も、先々代も同じだった。マリア陛下からの政治は大きく変わったんだ。あたしも、それは嬉しかった。でも、娘を殺した犯人だけは見つからなかった……」


 おばあさんはため息をつき、首に下げられた写真入りのペンダントを見つめた。そのペンダントには可愛らしい金髪の女の子が映っている写真が入っていて、それをおばあさんはいとも大切そうに握りしめた。


「これがあたしたちの娘、レムなんだよ。もう二度と戻ってくることはないんだ。レムが殺されたのもさっきと同く、炎で小屋が燃え尽きたときだった。あたしたちはレムは焼け死んだと思ったさ。でも、事実はもっと辛かった……」


 さっきまで釘を打っていたレムトの腕が止まる。振り返ると、眉を顰めとても悲しそうな顔をした彼がいた。彼の真剣な顔よりも、珍しい表情だった。


「娘は体中を引き裂かれ、血を抜かれた姿で死んでいたのさ。肌はしわしわで、まるで今のじいさんみたいだった。それを一番最初に見つけたのもシェイルでね。そのあとの葬儀もすべてヤツに頼んだ。ヤツには辛いことばかりさせちまったよ……」


 おばあさんは長くて凛々しい睫毛を伏せ、静かに涙を流した。ぼんきゅっぼーんな容姿で泣かれると、とても美しくてその存在自体が絵画のようだった。




 ちょうどその時、小屋のあった位置から反対側の場所で、魔力同士が反発しあうスパーク音が響いた。向こう側に居るのは見張りをしているはずのフレイアだ! 何かがあったのかもしれない。


 おれとグレイルは頷き合うと、それぞれ武器を構えてその場を後にした。


「絶対に……無茶はしちゃいかんよ……」


 おばあさんの呟く声だけが、おれたちの背中に残った。





つづく。


またまた前後編に分かれましたね^^;


次回、第15話 悲しみの青い炎 後


アレ、なんでジークが……?

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