第13話 図書館の番人
「図書館の番人??」
「ええ」
「番人って……ケルベロスとか? あ、あれは地獄の番人で、ラインの司る魔獣か。図書館に番人なんて必要ないんじゃねぇの」
「いえ。その図書館には大切な本が沢山収納されているのです。その番人になるには相当の実力者じゃないとダメなんですよ」
フレイアには砂色のローブは似合わない。今更だけど、そう思う。茶褐色の髪だから余計に地味に見えるのだ。
おれは最近、何故か黒の方が目立つようになってきた。この前までは何らフレイアと変わらない色だったのに、眼も髪も黒くなってきている。親父の血の方が強いのかな?
「しっかし、ここの街並みも変わったもんだなァ。オレらが100代の頃まではもっと荒れ果てていたぜ?」
「ああ、そうだな。しばらく図書館まで来ることはなかったからな。城下町でも、南区に来ることはほとんど無いし……」
まるでお年寄り達が若いころの話をしているようだ。しかし、彼らはお年寄りなんてレベルじゃない。二人とも、余裕で350は超えている。
「お前ら……僕を忘れているだろ!? 僕は最初っからココに居るぞっ! 少しは僕のことも……って聞け!!」
200を超す見た目はまだ少年、グレイルは白い肌を真っ赤にさせながら激怒していた。グレイルは相変わらず綺麗な向日葵色の瞳と翡翠色の髪をしているが、その容姿でも気づかれない時は気づかれない存在なのだ。まぁ、今はフードとローブでほとんど隠れているけど。
「のんびり話などしている暇はないぞ。僕は人間の国生まれだから、見つかる可能性は低い。でも、お前ら……特にレムトは目立つだろ!」
「オレが?」
確かに、レムトは目立つだろう。濃い銀髪に紅い目だから、人ごみに紛れてもすぐに発見できる。……そういえば、グレイルって人間の国で生まれたんだ。
「どーせオレは元々バレバレでショ? 番人さん方には色々とお世話になったし、特徴まであっという間に覚えられたに決まってるさ」
フードから少し、レムトの銀髪がはみ出している。長い所では肩までかかる銀髪は見つけるのに苦労しない。
「リクル。危険性は低いでしょうが……一応忠告しておきます。この街の名はリーヴァ。城下町と呼ばれていますが、そこまで警備が充実しているわけではない。城は深い森に囲まれているので安心ですが、ここは森からは遠く離れた所なのでね」
「つまり……どういうこと?」
「人間や神族に狙われる可能性も高い、というワケです」
いざとなったら俺達にお任せ下さい、とフレイアは自分の左腰に差した二本の剣を叩いた。おれも一応は漆黒の鍵を帯びているが、あまり剣の使いには慣れていないからな。
自分の両手を見つめ、改めて思う。皆はおれの力を褒めてくれるけど、おれはそこまで強い力を持っているのか? 魔力があーだとかシンクロ率がこーだとか言ってたけど、俺にはよく分かんない。でも―――
『力だけが本当の強さじゃない。時には他の“強さ”も必要となるのです』
心の中で響いたフレイアの言葉。あんたの言葉を信じ、おれは生きて行くよ。
「ばあさーん! ばあさあああああん!? 居るのかー?」
レムトは巨大な図書館の横にある、古風なレンガ造りの家に向かって叫んだ。
「ばあさーん? おーい! 死んだかー?」
「お馬鹿なこと言うんじゃないよ! その声はシェイルだね? 今は手が離せないんだよ。後でお仕置きだからね」
「ばあさん、オレはもうシェイルじゃないって。今はレムトって言うの。シェイルは幼少時代の名前。今は“アイツ”の名前を貰ってんの」
シェイル? 聞きなれない名前について、レムトに質問しようとしたら今度は反対側のドアから小柄なおじいさんが出てきた。
「おお、じいさん。久しぶり」
「おおお。だ、だだ誰じゃったかのう?」
「じいさん、オレだよ。シェイル・レムト・ルラン・レグス。長ったらしい名前だけど、覚えていてくれたかい?」
「おおおおお。しぇしぇしぇシェイルだったか。ひひひ久しぶりじゃのう。さあ、上がってお行ききききき」
小柄でしわしわのおじいさんはレムトの手を引っ張ると、レンガ造りの家の中へ引き込んだ。レムトは「先に行っててくださーい」と叫びつつ、おじいさんに引っ張られていった。おそるべきじじい力。
「レムトの親友がこの家の娘でして、彼はおじいさんやおばあさんからとても気に入られていたんです。しかし、とある事件がありまして……」
フレイアは巨大な図書館の入り口付近にある、読書用のテーブルに着いてやっと語り始めた。
「彼、レムトには幼少時代だけの名前がありました。それがシェイルです。俺達魔獣族は80歳を超すと、一人前の大人として認められるのです」
「は、80ってあと66年も先かぁ〜」
「以外と短いものですよ。80になったシェイルは、自分の新しい名前を決めることにしました。しかし、そこで悲劇が起きたのです」
グレイルは小さく笑い声を上げた。どうやら、面白い小説でも読んでいるらしい。
「シェイルの親友で、図書館の番人達の娘レムが、神族によって殺されたのです……」
フレイアも自分の身に起きたことのように、顔を俯けて呟いた。テーブルの上に置いてある右手だけが、ずっと震えていた。
「レムは相手を眠らせる、独自の魔術を持つ魔獣族でした。しかし、彼女はあまりにも若くして亡くなったのでどんな魔獣を司るのかも確認できませんでした。当時彼女はシェイルと同じ80歳。人間にして、11、2歳ぐらいの外見でした」
「その子はなんで……」
「その力を欲しがる者が現れてね。そいつは間違った方法で彼女の力を手に入れようとしたんです。彼女を殺して、その血を飲むという古い伝統の方法で」
「うわあああああ! 聞かなきゃよかったっ!! あまりにも酷すぎるよ……」
おれが耳を押さえようとした瞬間、入り口の所から女性の怒声が響いた。その後入ってきたのは、襟をネコのように掴まれたレムトと美しくグラマーな女性だった。その女性はとても魅惑的で妖艶で……簡単にいえばボンキュッボーンだった。金色の腰まで長い髪と青い瞳が同時に揺れた。
「まったく、活きのいいガキだこと。あたしに立ち向かおうとは、あと1000年早いことよ!!」
「冗談だって、ばあさん。オレもそろそろばあさんに勝てるかな〜って思っただけだって!」
「え? おばあさんはどこに……」
おれは広い図書館の中を見渡した。客はおれたちだけで、他に居るのはとても美しい女性だけだった。
「何おっしゃってるんですか、主? この人がばあさん。図書館の番人の一人ですョ」
「えええええええええ!? どうみてもおばあさんって年じゃ!!」
「あたしゃ今年で1894だよ。もう十分生きてきたんだ」
すっかり忘れていた。魔獣族は途中で成長や老化が止まるんだ。彼女が若いままなのは当たり前のことだ。じゃあ、おじいさんの方は人間なのかぁ。
「あたしとじいさんに名前はない。ばあさんとお呼び、陛下」
「あ、ええ。で、ではおばあさん。なんでこの図書館の番人をすることになったのですか?」
「いい質問だね。この図書館を創ったのはそこにいるじいさんでね。死んだあたしたちの娘のために創ったんだ。コイツと娘が大の本好きでね」
そういうと、おばあさんは床に落とされたレムトの頭を蹴飛ばした。レムトは奇声を上げながらだだっ広い床を転がっていった。
「建設してからしばらくして、先々代のマリア陛下が数百冊の歴史書や古代書などをここに置いてもらえるかどうか、頼みに来て下さったんだ。もちろんあたしゃ許可したよ。そのかわりに、その大事な書物が盗まれないようにと番人が必要になった。当時まだ若かった人間のじいさんと、魔獣族のあたしで番人を務めたさ」
レムトが一番奥の本棚に激突した。沢山の本が体の上に落ちていく。
「あの書物には、魔獣族の歴史や弱点などが記されている。だから神族や人間に触れられてはいけないんだ。ここは一応城下町だから心配ないけど、もしものことを考えてね」
おばあさんはため息をつく。城下町でも……警備が手薄な所があるってフレイアが言っていた。おれが、もっと立派な国を創らなきゃいけないんだよな。
レムトの体や頭に積み重なった本を、おじいさんが一冊ずつ元に戻す。レムトがなんだか哀れだけど笑ってしまった。
「さ、あの本と使って勉強なさるんだろ? あたしたちゃ何も邪魔しないよ。フレイア、ここの鍵はアンタに渡すよ。戸締りをよろしく頼むよ」
「ええ。お任せ下さい、おばあさま」
おばあさんは笑顔でおれに手を振ると、優雅な足取りでレムトの所まで歩いて行く。本の中に埋まったレムトを引きずりだすと、お仕置きと言ってお尻を蹴り飛ばしつつ図書館を出て行った。
「まずは―――簡単なものからいきますか。魔獣の種類や属性、その他のデータなどが載っている図鑑です」
フレイアからぶ厚い本を手渡され、おれはその埃かぶった表紙を見てみた。とても恐ろしい顔の古龍が描かれ、あの時の記憶を蘇らされるかと思った。
「へー。表紙のわりには読みやすくて、絵も結構多いんだね。確かおれの司る魔獣は―――」
「魔獣フェンリルですよ」
「そうそう。あ、あった! 魔獣フェンリル。……巨大な狼の姿をしていて、主に雷を操る。強大な“破壊”の力を司り、『紅い破壊神』の異名を持つ……って怖ッ!」
「何おっしゃってるんですか。魔獣フェンリル、それこそ王にふさわしい魔獣ですよ」
フレイアはおれの前に紅茶の入ったカップを置いてくれた。グレイルはまたさっき読んでた小説を見つつ、爆笑を堪えている。
「フレイアの魔獣は……あった。魔獣グリフォン。鷲の上半身とライオンの下半身を持つ、主には絶対忠誠の誇り高き魔獣。地を操り、か弱き者を護る……ってカッコイイな。まるでフレイアそのものじゃん」
「有難きお言葉。第二弾の方ではリヴァイアサンとマンティコアも見つけましたよ」
「レムトとグレイルが司る魔獣だね。……魔獣リヴァイアサン。蛇のように長い体をもつ、深海に生息する龍。炎を吐き、海を荒らす者を取り締まる。……魔獣マンティコア。ライオンの体、サソリの尾、コウモリの羽を持つ。氷を操り、毒を持つ尾に刺されたらひとたまりもない……ってコッチも怖いな」
その魔獣を司る本人は、ただ今半泣きになりながら爆笑中である。
「へぇ〜。他にも見慣れない魔獣ばっかり居るね。で、フレイアが持っているそれは何なの?」
「これですか? これは歴代魔獣王を綴った、歴代魔獣王資料集ですよ。御覧になられます?」
「あ、うん。でもコレ、良く見たら昔の字体っぽいのも混じってるからさ、多分読めないんじゃないかな……」
「ふむ……。なるほど、古代筆記体ですか。俺に任せて。これぐらいならとっくに勉強しました」
フレイアはその分厚い本を取ると、一番後ろのページを開いた。そこにはとても美しい女性が映っていて、おもわず口を閉じるのを忘れてしまっていた。
「彼女は初代魔獣王、リクルァンティエリル陛下。あなたの生まれ変わりであり、俺の師匠です」
「えええええええええええええ!? おれの前世ってこんなに美人だったの! このつぶらな黒い瞳、茶の混じった薄い灰色の髪、そして煌びやかな衣装を身にまとう彼女が!?」
「ええ。あなたにそっくりじゃないですか、リクル」
フレイアはおれに笑いかけるが、おれは反対に顔を赤くしてしまった。こんな美しい女性に似ているなんて、そんなこと言われたの生まれて初めてだろう。
「誰よりも美しく、誰よりも誇り高き女王。この国を創り、10の創主と共に第一次神魔大戦で我らを勝利に導いた。幾つもの国を救い、幾つもの希望を取り戻した。彼女の操る紅き雷は立ち向かう敵を打ち崩し、誰も敵う者はいなかった……と書かれています。相変わらず……師匠は誰にでも愛される存在ですね」
フレイアは古く黄ばんだ写真に語りかけた。その瞳や口調はとても悲しそうだったが、すぐおれの方を向いて笑いかけた。
「あなたの分も途中までですが書かれていますよ。初代と劣らぬ力、美貌を持つ、第30代目の魔獣王。その力は歴史上最強で、漆黒の鍵も僅か1日足らずで手なずけた……。ここまでですね。どうですか、ご自分の紹介文を聞かれての感想は」
「あうあうあうあうあ〜。び、美貌ってなんだよ……。まったく、おれが美しいなんて……」
「リクルは……美しいというより可愛いの方かもしれませんね」
フレイアまでこんなこと言っちゃって。なんだろう。もうこの世界は世も末なのかな。グレイルはまったく聞いていないし。あ、今頃おじいさんが図書館を出て行った。
「ねえ、他の本ってない? もっと小難しいのでもいいけど」
「他は……禁断魔術の書などしかありませんよ。あちらにはこの世界の歴史や国の歴史などの本がありますけど」
「いいよ、これで。どうせおれが禁断魔術なんて使いこなせるワケが……」
ちょうどその時、小屋の方からおばあさんの叫び声がした。そこからは炎が上がり、ただ事ではない状況だった。
「フレイア、グレイル、行こう!」
「ええ!」
「ああ!!」
おれたちはそれぞれ武器を構え、入り口の扉を蹴飛ばすようにして駆けだした。
つづく。
次回、第14話 悲しみの青き炎
レムトの幼少時代からの宿敵、ギーヴァンの襲来!?
10の秘宝のひとつ、“炎の涙”も登場!
次回もお楽しみに〜☆