番外編1 クレアリス城で肝試し!? 【中編】
「さ、ここからが本当の王となる試練ですョ。護衛のオレをどう使い、自分の武器をどう操るかですべては変わるのですからね」
レムトはそう言って、おれに笑顔を向けた。おれの腰には“漆黒の鍵”が差してあり、いつ敵が現れても大丈夫なようになっている。ま、ここに敵が居るワケないんだけど……。
「制限時間は30分。それまでに、この暗闇の迷路を脱出しなければいけません。自分の持つ力を他の兵に見せつけるためにも、絶対に油断などしてはいけませんョ。ちなみに、ココは魔術の使用は禁止なのです。だから自分の実力だけで進まねばなりません」
「ええっ!? レムトの炎の魔術で一掃してもらおうと思ったのに……」
「オレばかりを頼りにしてはいけませんョ、まったく……。若の他人を頼りにする所がカワイイんですけどネ♪」
通路は相変わらず真っ暗だ。時折、何かが通るような音がしたり唐突に風が吹いてきたりしたけど、まだ何も遭遇はしていない。
おれもレムトも剣を抜き、いつでも構えることができるようにしているが、やっぱり何も現れない。ん? なんだろ、あの床に落ちているモノは……? あれってバナナの皮じゃ……。何かの仕掛けのつもりなのだろうか。
ん? 今度は壁に変なスイッチみたいなものがある。これは何だろう。
「若! それは押しちゃ……」
「え……?」
「へげっ!?」
押してしまってから2秒も経たないうちに、レムトの頭に大きな金ダライが落ちてきた。レムトは奇声を上げると、そのまま床に倒れ伏せた。
「ええええ!? れ、レムト―っ!」
「わ、若……。オレを防壁にするとはね……。そんな可愛い顔してなんと恐ろしい……」
レムトはもうすでに涙目である。まさか、あんなところからタライが落ちてくるとは……。バナナの皮とタライのギャップに思わず笑ってしまったけど。
「こ、今度は何が降ってくるのかな?」
「いでで〜。今度は若が受け止めて下さいよッ!?」
「分かってるって! さっきのは知らなかっただけだし」
落ちてきたタライを頭の上に装備したレムトは、いつもと比べとてもお茶目に見える。でも、タライといえど立派な防具になるのだ。小さなものなら十分に防げる。
……さっきのユニークな仕掛けもしばらくは無くなり、また入り口と同じような恐ろしい雰囲気になってきた。今度は水の滴るような音がしたり、遊園地のお化け屋敷のような音がしたりとなんだか怖くなってきた。
後ろから足音が聞こえたような気がして、慌てて隣に居たレムトの軍服の裾を掴む。するとレムトは驚いた表情をして、すぐに元の優しげな笑顔に戻った。
「………」
「どうしたんです、オレの服の裾なんか握っちゃって」
「だって……おれ、実は怖い雰囲気は苦手なんだよ。だからこんな雰囲気ってのは……」
「なるほどねェ。オレは昔っから怖いものなんてありませんから、恐怖という感情は一度しか味わったことがありませんけど。多分その事があまりにも恐ろしすぎて感情の一部を失っただけかもしれませんが」
「ごめん……嫌な事思い出させたかな?」
「いえいえ、いいんですョ。お陰でオレの好感度が上がったみたいですし」
レムトは独特な笑い声を上げると、タライをちょっと上にずらしてまた迷路を進み始めた。
「あれ? オレの見間違いですかねェ……」
「どうしたの? 何か居るの」
レムトはじっと遠くの一点を見つめ、右手にしっかりと剣を握り直す。おれも漆黒の鍵を構え、レムトの隣に立った。
「オレは魔獣リヴァイアサンの能力を持っていまして、深海などの暗い所でも結構遠くまで見渡すことができるんですョ。リヴァイアサンは深く冷たい海に住む、蛇のように体の長い龍です。あ、ちなみに若の魔獣フェンリルの能力もすごいですよ? 雷を操り、頑丈なリフレクを持つ魔狼達のリーダーですから」
「へ、へぇ……。さっきの会話だけで凄い知識を貰ったような気がする……」
「そーですかネ? ま、オレは歴史や魔獣の事については詳しいですから。……気を付けて、若。何かが居るみたいですョ」
レムトは陽気な口調とは打って変わって、剣を構えじっと遠くを見据えていた。おれも向こう側をじっと見つめるけど、何も見えやしない。
しばらく沈黙が続いた後、レムトが急に向こう側へと駆けだした。おれも遅れないように走り、レムトの真後ろにまでどうにか辿りついた。
「ちょっ 待てって、痛いって! 俺はなんにも悪くないからーッ 命だけはお許しを〜!!」
呆れたようなレムトの横顔を眺めつつ、おれは真正面で土下座している人物に顔を向けた。そいつはおれたちの居るところとは反対の方を向き、一生懸命に頭を下げている。
「クラウド……?」
「へ……? その声は我が愛しのカワイコちゃん!?」
「クランド、こんなところで何をしているんだ? 若、コイツを叩き斬ってもよろしいでしょうかネ?」
「お前はレムトだな!? くっ、レムトに土下座していたとは、なんという屈辱……」
目の前に居るのは正真正銘のクランド・ヴァン・リースだ。しかし、彼は変な方向を向いて喋り続けている。なぜか不自然だ。
「クラウド、どこ向いて喋ってるの?」
「若ぁ〜! 本当に貴方は慈悲深い。俺が惚れるのも当たり前だね。今朝、俺が自室で爆睡していた時、何者かが俺の目と耳に布を巻いて行ったんですよぉ〜。それで方向感覚と視覚が全くダメになって。あ、俺ってヴァンパイアの能力を持ってますから」
「若、やっぱりコイツ叩き割っていいですかネ?」
「若ぁぁぁ! 俺を見捨てるんですかぁぁ!?」
「あーもう、分かったから。おれが布を取ってやるから、そのかわりあとは自分でどっかに行けよ!?」
おれはクラウドの布を取ってやった。クラウドはおれだけに頭を下げてると、スキップしながらどこかへ行ってしまった。
「やっぱり叩き割った方が良かったんじゃないですか?」
「まあまあ、落ち着いて。さ、早く進もうよ!」
今度はおれがレムトの手を引いていく形になって、真っ暗だけどほんのり楽しい迷路を突き進んだ。
「ラグリゲス隊長―ぉ! 次はどこに持っていけばいいッスかねー?」
「おお、御苦労。次は迷路の中央の交差点に、大量のバナナの皮を落としておいてくれ」
「でも隊長、バナナの皮で効果あると思いまスか? アリスさんのマジック・ビジョンによるとタライも突破したみたいッスけど……」
「何っ!? うーむ、さすが初代の生まれ代り……。レムトさんも付いているといえど侮れないな……」
「というより隊長の罠のセンスもどうかと思いまスけどね」
ヴェルグスの部隊の特攻隊隊長兼副官、リゼリア・ラグリゲスは今日も必死にバンダナでネコ耳を隠す。年のわりには老け顔の彼に、ネコ耳は最悪のコンビネーションなのだ。そもそも、彼が魔獣ヘルキャットの能力を持っていなければネコ耳は付いていなかったはずなのだが。
「でもなんで俺らが罠担当なんッスかね? もっと上手い人も居るでしょうに。例えば、アリスさんとか……」
「だめだめだめだめ! アリスさんが罠担当となると大変な事になるぞ!? 迷路が爆発したり、マグマが流れ出したりとか……」
「……確かにそうッスね。そういえば、最後には“あの人”と一騎打ちしなくてはならないんッスよね? あの人は森一番の軍人と謳われてますから、倒せるかどうかなんて……」
「心配ないんじゃないのか? あの人は誰よりも若の事を想ってらっしゃる。自分も噂で聞いたんだが、夜中あの人の部屋に行ったメイドが居るらしい。そうしたら、ライン陛下から貰った若の幼少時代の写真を見て切なそうな顔をしていたらしいぞ。今まで見たこともないような……」
その時、向こうの廊下から爆発音が轟いた。1階の一番奥の部屋、そこはアリスの実験室の本拠地だ。ちなみに、第二研究室はラインの部屋の向かい側にある。
「……やっぱりアリスさんに任せなくてよかったな」
「……そうッスね」
ラグリゲスとその部下は、大量のバナナの皮が詰め込まれた箱を抱え、地下迷路の天井に繋がる中央庭園へと向かった。
「大丈夫ですか、若!」
「ああ……頭を思いっきり床にぶつけたけど」
さっきのは何だったのだろう。いきなりの爆発音とともに、大きな地震が起こったのだ。一部の壁が崩れ、落下してきたがどうにか当たることはなかった。
「タライを装備しておいてホント良かったわぁ〜! 一時はどうなるかと思いましたけどネ」
レムトも今は冷静になっているが、さっきまではずっと絶叫しながらタライの下に隠れていた。もちろん、隠れることができるサイズではないのだが。
「足元気を付けて下さいね……。いつ、何があるかは分かりませんから、決してオレの傍から離れちゃいけませんよ」
床はへこみ、沢山の瓦礫が落ちている。たとえここが頑丈といえど、やっぱりとても不安だ。いつ、何があるかなんて分からないからな。
今気づいたけど、こういう時のレムトって頼りがいがあるんだよな。前にレクトスラルド付近を二人旅したときにも、初対面で少し気まずかったけど十分頼りになった。すぐに信頼もできた。
こんな仲間がいるから、こんな素敵な人達が居るから絶対に魔獣の森を放置させておくわけにはいかない。……でも、もしおれが魔獣王にならないって言ったら誰がラインの後を継ぐんだろ。
下ばかり見ていたおれは、目の前に立ち止っていたレムトに気づかずぶつかってしまった。レムトはまた遠くを見つめ、耳を澄ましている。
「レムト、どうし……」
『ぎゅばああああああああああああああ!!!!!』
奇声と共に駆けてきたのは、薄い銀色の長髪を振り乱す血まみれの人だった。頭には瓦礫が突き刺さり、そこから滝のように血が溢れだしている。
「ぎゃああああああああああ!!!!」
おれとレムトも絶叫しながら、元来た道を懸命に引き返した。死に物狂いで交差点を右に曲がりそこに隠れると、恐ろしい形相で駆けて行くその妖怪? をじっと見送った。
「ねぇ、レムト。もしかしてあれってジークじゃ……」
「え、ええ。ジーク将軍があんなに気味悪いとは、思ってもいませんでしたのでねェ……」
血まみれのジークは壁にぶち当たったり、転んだりしながら暗闇の向こうへと消え去った。おれたちは交差点をもういちど引き返し、さっきまで進んでいた道に戻ろうとした……が。
「レムト、おれたちってどっちの方向に向かってたっけ?」
「オレが覚えているわけありませんョ。一番記憶力がないと有名なんですから」
「ということは、もしかして……」
レムトは目を閉じ、ため息と共に「迷ったってわけですね」と呟いた。
「や、やっぱり迷っちゃったの!? どうしよう、レムト!」
「う〜ん。ジーク将軍の血痕がこっちの方向に続いていますから、コッチで合っているような……ってまた交差点ですね」
「どっちに向かって進んでたっけ?」
「えーと、あっちがああなってこっちがこうなってるから……やっぱりお手上げです」
どうしよう……。完全に迷った、と思ったら、頭の上からまたバナナの皮が落ちてきた。頭上を見上げると、そこには二人組の男がいた。
「お前はラグリゲスだなーっ! よくもオレと若の頭に落としやがって!!」
「んげっ! レムトさん!? お、おい、さっさと扉を閉めろ!」
「待てっ! ラグリゲス―っ せめて道順ぐらい教えろーッ」
「自分は何も聞いていません! 自分は何も知りまっせーーー」
重い音と共に、入り口と出口以外で地上に繋がる扉は閉ざされてしまった。レムトは頭の上に乗ったバナナの皮を投げ捨てると、わざと足音を鳴らしながら前へと進んでいった。
「無事……辿りつくのかなぁ?」
おれはそう呟くと、もうすでに光は差し込まれなくなった通路を見つめた。
後編につづく
リクル「ほんとうに脱出できるのかなぁ〜」
次回、番外編1 クレアリス城で肝試し!? 【中編】
前編の後書きの時点では、前と後だけで終わらせるつもりでしたが……なんか続きます。
迷路の最深部で待つボス(?)とは、一体誰なのか。リクルとレムトは無事、迷路を脱出できるのか!?
次回もお楽しみに〜☆