番外編1 クレアリス城で肝試し!? 【前編】
―――おれたちは、無事にクレアリス城に帰りつくことができた。
それは良かったことだと思う。でも、おれは重大な過ちを犯してしまった。
おれは城に帰ってからも、しばらく眠り続けていたらしい。その間おれは真っ白な世界に一人だけ立つ女の人の夢を見た。その人はとても綺麗で、おれそっくりの茶褐色の髪をしていた。でも、ずっと後ろ向きだったので顔は見えなかった。きっと、とても綺麗な顔をしているのだろう。
目が覚めて、フレイアからいきなり抱きしめられた時は本当に驚いた。彼は何度も「ごめんなさい」とだけを繰り返し、おれが落ち着かせるまでずっと腕を解いてくれなかった。
その理由が……これだ。おれはまた暴走してしまって、あの幻龍を殺してしまう直前だったらしい。幻龍には古龍同様自分を治癒する能力を持っているから、どうにか死なずに済んだらしいけど。
フレイアは一生懸命遠まわしに伝えようとしてくれたけど、簡単におれは理解してしまった。分かってる。自分がやってしまったことだから、自分で解決しなくてはいけないって。
ちょうどその時、ベストなタイミングでよれよれのジークが現れた。ジークは「心配したのですぞ、若!! 私が現地に向かったのに、若はどこにもおられず(以下略)」と、ずっと涙を流しながら訴えた。
みんなには心配かけてすまない、と思ってるよ。でも、おれは同時に迷惑も掛けたくない。でも、結局はまたみんなに迷惑を掛けてしまった。ジークにも、レムトにも、グレイルにもヴェルグスにもここにいるフレイアにも。
……どうせ自分ですべて解決してしまおうってのは無駄な努力なんだよな。人は誰かに支えられ、助けられて生きていくものなんだから。たとえ魔獣族でも、それは同じだ。
「やっほ〜! 元気かい、リク?」
「昇……。なんでこんなところに?」
「僕が居ちゃ悪いの? とにかく、みんな心配していたよ。リクがずっと起きてくれないって」
昇はここに居て当たり前のように小さな椅子に腰かけた。これも後から聞いた話なんだけど、昇はこの世界を創った初代リクルァンティエリルの側近とされる、十創主のひとりの生まれ変わりらしい。カレニアスに付いてきたが彼女の思惑に反対し、居場所をなくした昇もそれがあってからこそこの城に入ることができたのだ。
「リクが起きたらさっそく戴冠式をしようって話になったけど、それは僕が反対しておいたよ。リクは心に深い傷を負ってしまったから……ってね♪」
昇は悪戯っぽく微笑むと、まだ涙を流しているジークにひっそりと耳打ちした。ジークはその言葉に瞳を輝かせ、「分かりました! お任せ下さい!!」と叫んで部屋を出て行った。
「僕も準備に行ってくるから、後は頼んだよ。フレイアさん」
「ええ。貴方も気を付けて」
ドアが閉まったのを確認すると、おれは遠慮がちにフレイアに訪ねてみた。
「ねぇ、フレイアと昇ってどっちが偉いの? あんたが敬語使ってる所からして……」
「正直のところ、俺の方が位は上ですね。でも、彼はエドワード・ノエルの生まれ変わりだから、みんなに崇められるのは当たり前でしょう」
「そうなんだ……。よくわからないけど、みんな結構偉い人ばかりなんだね」
「あなたの位には敵いませんよ、リクル」
フレイアは笑いながらおれの手を引き、おれの頬にそっと手を置いた。変な感触がすると思ったら、そこには大きな絆創膏らしきものが貼られていた。
「あなたを怪我させないために、護りぬくために俺はあなたの護衛に付いた。それなのに、本当にすみません……」
「いやいやいや! フレイアこそ大丈夫なの? 見たところ結構痛そうだったけど」
その質問に対し、フレイアは笑って「これぐらいただの切り傷に等しいですよ」と言った。切り傷よりも斬り傷ではないのか、と思うけど。
「ごきげんよう諸君! お怪我のご具合は?」
高々とノックもせず入り込んできたのは、ありきたりな魔女の格好をした二人組の女性だった。結構若く見えるけど、年齢的にはものすごいのだろう。
「ごきげんよう若! 初めまして。あたくしはアリス・メリサと申します。弟と義父がお世話になって」
「いえいえいえいえ! こちらこそお世話になりました。なんだか怪我の具合まで診てもらって……」
グレイルの姉であり、ヴェルグスの義娘であるアリスさんは、一流の魔女らしい。しかし、その能力すべてをどうでもいいことばかりに使おうとしているのだが。
「そしてこの後ろのがあたくしの助手、ジェミニ・ローランと申します」
「はははははは、初めまして若……」
「こちらこそ……」
ジェミニさんは顔を真っ赤にして、熱心に頭を下げてくる。おれもついつい頭を下げてしまったほどだ。
アリスさんは薄紫の長い髪に、濃い紫の瞳をしている。ジェミニさんよりも小柄だが(もちろんおれよりも随分大きいけど)アリスさんの方が態度は恐ろしく立派である。見る者の心を奪うような美しい顔立ちだが、なんだかオーラが怖い。
ジェミニさんはアリスさんと正反対で、おどおどとしたような性格をしているみたいだ。カールを描く金髪に、これまた美しい空色の瞳。そばかすが目立つ顔立ちは、アメリカの立派なポスターなどで見れそうだ。
「若とフレイア殿のために、あたくし達は大量の料理を運んできたのですぞ! 心から感謝しなされ!!」
「はは、ありがとう。アリス、ジェミニ」
アリスさんは自慢げに笑い、ジェミニさんは笑顔で頷いた。それから彼女らはおれたちの怪我を少し診ていくと、もと来た通りにどこかへ去っていってしまった。
「結構愉快な人が多いんだね……」
「そうですか? もうコッチに大分慣れてしまったもので、まったくそうは思いませんけど。さあリクル、冷めないうちに食べてしまわねば」
目の前には見慣れない料理が沢山並べられていた。金色に輝く焼き魚、青色の野菜など見た目はとてもカラフルだ。ほかにも大きな白い斑点の目立つ何かの切り身? みたいなものもあるし、これまた愉快な人の形をした海藻の乗っかるサラダだってある。
「……そうか。リクルは今回が初めてのクローン世界での食事でしたね。この金色の魚はルサミリアフィッシュ。ルサミリアという国の周辺でしか採ることができません。この青色の野菜はランダリア菜と言って、ランダリア限定の珍しい野菜です」
「国や地域の名前が付いているんだね。それで、この切り身? と人の形をしているコレは?」
「それは魔獣の森と隣接する国に生息する、スラニアオオヒトクイバナという花の花弁ですよ。そして、この人型の海藻はララリアオキウミニンゲン。おもしろい形をしているでしょう?」
「花びらも食べるの!? この世界って不思議だなぁ〜」
フレイアは「そうですか?」と言ってまた笑いを浮かべた。鉄で出来た箸を渡され、金色の魚をつついてみる。んげっ! 頭が取れた!?
「この世界では、地球とは比べ物にならないほど生産物が豊富ですからね。似たような環境でも、住む種族や土地の違いによって生み出されるものは違ってくるのでしょう」
おれは青い野菜を口に運んでみる。お、意外とおいしいじゃん。っていうか基本好き嫌いのないおれだからねぇ……。
「さて、そろそろ行きましょうか……」
「ってアンタ早っ! どれだけのスピードで食事済ませたんだよ!!」
もうすでにフレイアの分の皿はカラになっている。彼が食事している所など一回も見ていないぞ!? これなら早食い王でも早食い帝王にでもなれる。
「え? そんなに早いですか。俺は普通に食べていましたけどね」
そういうと彼は立ち上がり「また来るから」と言って部屋を出て行った。おれは呆然として彼の背中を見送ると、また自分の手元に視線を戻した。
……本当にこれは夢なのだろうか。おれは今まで、ずっと夢だと信じてきた。でも、この世界は本当に夢なのか? 自問自答してみて、おれはひとつの結論を出すことに成功した。
おれはすべての料理をたいらげ、縦に長い窓から中央の庭園を見降ろした。そこでは地球では見られない色とりどりの花が咲き乱れ、次期に兵士となる魔族の子供たちが遊んでいる。こんな豊かで美しい世界が、夢なわけがない。夢に見る世界はもっと不安定で、どこか不自然な所がある。
でもこの世界はすべてが出来上がっていて、すべてが自然的なものばかりだ。夢とは違い痛みもあるし、悲しみもある。非現実な所もあるけれど……やっぱり夢だとは思えない。
ちょうどその時、軽いノックが部屋中に響いた。
「若〜? 失礼しますヨっ」
「ええええええええ!? フレイアがレムトにっ!」
「ひどいですよ、若。オレは元々オレですよ〜」
あ、そうか。フレイアの代りにレムトがやってきたのか。レムトは珍しく服装を正し、濃い灰色で銀の装飾が目立つ軍服を着ている。その軍服はフレイアと同じものだったが、レムトの方が少し大きめのようだ。
「フレイ将軍の代わりにお迎えにあがりました。レムト・ルランです」
「ゴメンって。おれもボーっとしてたから頭が上手く回らなかったんだよ。そんな気味悪いほど改まらなくても」
「知ってますョ、それぐらい。まだまだ寝起きなんでショ? でも気味悪いって言われると落ち込みますねェ」
レムトは椅子に掛けられた上着を持ってきて、おれにかけてくれた。軽く礼を言うと、彼は誰にも似つかないような雰囲気の笑みを浮かべた。
「今日は特別なイベントがありましてね。みんな若が出場してくださることを心からお待ちしておりますョ。フレイの代わりにオレが若の護衛担当となりましたから、いざとなったら何でもご申しつけ下さいネ」
「今更だけど、フレイアって将軍なんだ……」
「ええ。本来は上将軍と言って、軍人の中でもトップの位を持っているんですョ。オレ達副官も将軍と同じ扱いですから、こうして若の護衛という立派な任務をすることができるんですけどネ」
「へぇ。でも、大変なんだろ? みんな戦争ばかりに駆り出されて、いつも大変な目に遭っている。みんなそれで満足しているのかな? おれは……立派な国を創ることができるのかな?」
「ハハッ。若も立派な事をおっしゃるのですね。それで十分ですよ。国を思い兵を想う。そんな王を誰もが待っていたんです」
レムトは一瞬だけ、真剣な顔をした。こういう彼は普段の陽気な性格からして、とても珍しい。
階段を下り、3階から地下までずっと歩き続ける。そこは上の階とは対照的に真っ暗で、とても静かだった。
「そろそろ着きますョ、若。心の準備は出来ていますか?」
「こ、心の準備って!? 何かこの先に待っているのか?」
「さァ。ま、オレが居るから多分大丈夫でしょうけど♪」
「多分って……。今になって自身無くしてきたよ〜」
目の前にはこれまた豪勢な扉がある。高さは学校の体育館ほどあり、この城の豪華さを改めて認識させられているようだった。
「若、最後にひとつだけ貴方の意見をお伺いしたい」
「……?」
「貴方は、真剣にこの森の王……つまり魔獣王になる気はおありでしょうか? 本当は逃げ出したい、なんか思ってはいませんよね?」
「おれは……」
実際、おれはこの世界があるわけないと思い込んでいた。でも、皆の優しさやこの世界の自然に触れて、現実に存在することを悟った。
この手でこの世界を護りたい。支配なんかしなくてもいい。でも、大切なものがこの世界にあるから。大切な人がこの世界には、沢山居るから……
「おれは、この森の王になってやる。いや、絶対になるんだ! 選ばれたから仕方ないんじゃなくて、自分の意志で魔獣王になる。この美しい世界を、ずっと護りとおしてやるから」
「……分かりました。貴方は立派なご意志を持っていらっしゃる。オレは、いや、この森の皆は貴方のために全てを尽くし、忠誠を誓うでしょう」
巨大な扉をレムトは軽々と開き、真っ暗な部屋へとおれの手を引いて入っていく。なんだか変な雰囲気がするし、背筋が冷たくなってきた。
「さ、ここからが本当の王となる試練ですョ。護衛のオレをどう使い、自分の武器をどう操るかですべては変わるのですからね」
ここからが、本当の試練……。おれは、無事達成することができるのかな?
後編につづく。
レムト「まだまだ行っくよ〜ん♪」
次回、番外編1 クレアリス城で肝試し!? 【後編】
色んなもの(?)が現れたり、場面転換が多かったりしますがどうかご了承ください><
次回もお楽しみに〜☆