第10話 敵=仲間?
……もう夜なのか。
静まった雑木林の中、ヴェルグスは一人でこう呟いた。さっきまでクランドと一緒にいたはずなのに、いつのまにか姿が見えなくなってしまった。奴は方向音痴ではないし、だからと言って襲撃を受けた可能性は低い。なんせ、さっきまで他愛もない世間話をしていたところなのだ。
ちなみに、今ヴェルグスは一人ぼっちである。カレニアスも何処かへ飛んで行ってしまったし、特にやることもない。だからこうやって一人、岩の上で胡坐を組んでいるところなのだ。
……ところで皆は、どうしているのだろうか……
ふと、そんなことを思った。若にはあいつらが付いているから安心だが、もしカレニアスがそちらの方向に向かっていたら安心が危険に変わってしまう。しかし、自分はクランドが戻ってくるまでここで待たなくてはならない。いつになったら戻ってくるのだろうか。
……そういえば、誰か忘れていたような。誰だったかな。
しかし、それについてヴェルグスは深く考えなかった。思い出せなければそれでいい。面倒なことは御免なのだ。
……これから私はどうすればいいのだ? もし、クランドがあと百数える間に戻ってこなければあいつらの所に戻って……いや、二百ぐらい待っておいた方がいいかな。そうだな、二百待とう。
自問自答しつつ、ヴェルグスは何かがこちらへと迫ってきている気配を感じた。傍に置いてある長剣に手を伸ばし、いつでも鞘から抜けるように構えた。
「……何奴だ? 私は貴様の存在に気付いておるぞ。貴様は隠れるのが下手だな」
「あはははっ だって僕は軍人でも変人でもないんだよ〜。ただの変態だもん」
「なんだか突っ込み疲れるなぁ……」
ヴェルグスは危うく剣を落としそうになった。それもそのはず、いきなり現れたのはさっきまで敵だったはずの小林昇と、行方不明だったクランド・ヴァン・リースだったのだ。しかも、二人はとても仲がよさそうにお互い肘でつつき合っている。
……どうしたんだ、私。もう幻覚まで見始めたのか……
一瞬、自分の精神に疑問を感じたほどだ。まだ平均寿命の4分の1も生きていないのに、そろそろ老いぼれてきたのかと信じてしまう所だった。
「どうしたんだ、ヴェルグっさん。さっきから顔色悪いけど」
「ヴェルグっさんと呼ぶな……。何故貴様らが仲良くしているのだ……?」
「ああ。そのこと? それなら簡単だよ。僕がただ仲直りしようって言っただけ。文句でも?」
「そうなのか……。信じられないな」
ヴェルグスはまた額に手を当てた。今の現状は……到底理解できない。分からなすぎる。なすぎる? 茄子切る。
「まぁまぁ、落ち着いてよヴェルグっさん誰も茄子は切らないって。ちなみに、『なさすぎる』って言った方が分かりやすいよ」
「いい事言うね、クランドさん。と、言う訳で、これからは僕も宜しくね♪」
……音符マークを付けるな。宜しくとか言うな。私は何も責任は負わん……しかし、ジークがなんと言うやら……あ、そういえばジークってどうなったんだっけ? まあいいか。
「ところで、ヴェルグっさんはココで何していたんだ? それに、カレニアスは……」
「ああ。カレニアスならどこかへ飛んで行ってしまった。私には行き先は分からない」
「飛んで行った……だって!?」
昇は驚愕の表情を浮かべると、左手に抱えていた本を破り捨てた。おいおい、それって大切なものじゃなかったのかよ、と言う前に、その本から無数の光が溢れだし、3人の周りを囲んだ。
「これは発信機の役目にもなるんだ。カレニアスから預かったけど、もう僕には必要ない。僕は生まれつき魔術は使えるけど、カレニアスにとっては幻術を使う者が欲しかったのかもね。ところで、どこに向かったか分かるかい?」
「それが……どうにも、若達が居る方向のようなのだ。だから私は心配しているが……」
「なんだって!? リクが居る所……分かった。僕も向かう。いや、是非向かわせてくれ」
昇はヴェルグスとクランドを引き連れ、森の奥、さらにまた奥の最深部へと向かった。
「また最深部か……。気が引けるなぁ」
クランドがぼそりと、誰にも聞こえないように呟いた。
「きききき……」
「なんだリクル、サルにでもなりたいのか?」
「ちがう! きききき……気のせいかなって言いたかったんだ!!」
傍にいたフレイアが「何のことです?」とおれに顔を向けた。向こう側に居るグレイルやレムトもこっちをじっと見ている。
「聞こえないのかよ!? なななな、なんかバッサバッサとこっちに飛んできているような……」
「……確かに、何か聞こえますね。しかしリクル、貴方はいつのまに耳が良くなったのでしょうか?」
「おれは元々良いのっ! それより、二人は大丈夫かなぁ……」
「心配なさらないで。クランドもヴェルグスも立派な軍人ですから」
おれは足元に落ちていた木の棒を拾った。それで燃え盛る焚火の炎をつつく。ヤバ、燃え移った。ちょ、熱ッ!
「それにしても……連絡も一向に来ませんね。俺達はどれだけ待てばいいのでしょうか、グレイル」
「こら、僕に回すな! 次、レムト」
「もーっ! みんな面倒な仕事はオレに回すんですね? では、若」
「いい加減にしろって! おれを笑わせてくれようとしてくれるのはいいけど……やっぱり心配だよ。みんなおれの為に働いてくれてるんだからさ、おれもなんとかしないと……」
フレイアがおれの手を力強く握ってくれた。分かってる。おれも護られることに慣れなきゃいけないのに、どうしても他人の心配ばかりしてしまう。自分が生き延びなければいけないのに……いや、
「みんなでまたクレアリス城に帰るんだ。そして、おれがラインの次の代の魔獣王になってやる……みんなは納得してくれるかな?」
「当たり前だろ、リクル。僕らはお前がこの世界“クローン世界”に来るのを待っていたんだ。皆で歓迎する……そう言ったら信じてもらえるか?」
「最初っから信じてるよ、グレイル」
みんなが一斉におれを振り向いた。そうか、おれはこの場所に来て初めて笑ったんだ。みんなはおれを笑わせようとしてくれたのに、なんだかすまなかったと思う。
この任務から戻ったら……すぐに戴冠式があるだろう。それまで決意しなくてはならない……。自分の気持ちは、もう決まっているはずなのに。一つの答えに定まっているはずなのに。
まだまだ、魔獣王に選ばれたなんて自覚がない。だって、数週間前までは普通の中学生だったのだ。大分この世界に慣れたとしても、不安や恐怖はまだ心の奥に残っている。前世の影響で恐ろしい力を持ち、それを自分が知らぬ間に発動してしまった。まだ上手く操れない力に翻弄され、いつ暴走するかも分からない。
やぱり、間違えた。やはり本当に自分はこの役職で合っているのだろうか。もし、自分が選ばれなくて、地球で普通どおりに過ごしていたら? 普通に卒業して、普通に大人になって、普通の家庭を築き普通に歳をとって普通に死んでいったら……?
でも、おれたち魔獣族は何百年、もしかしたら何千年も生きることになるかもしれない。人間のごとく朽ちゆくことも許されないのだ。そう思うと死への恐怖は無くなるが、反対に長く生きてしまうことに辛くなってくる。あれ、何故こんなにおれの頭が回転してるんだ? こんなに考えたことあったっけ??
「リクル……大丈夫ですか? 意識しっかり保ってますか」
「あ、ああ。また考え事しちゃってな。心配しなくていいよ、みんな……」
おれは愛想笑いをして、みんなに向けて手を振った。レムトはおれの心を見抜いたのか、眉を顰めたけど。分かってるって、ただ心配かけたくないだけだから。
「そろそろ連絡が来ても……ん? もしかしてアレって……」
レムトは遠くでも眺めるように右手を両目の上に当てた。確かに……何かがやってきているような。
『リクっ! 今すぐ逃げるんだッ そこにいるみんなもっ!!』
そこには敵のはずの昇と、それを追うように沢山の黒い影が見えた。おそらく……あいつらは幻獣の一種だろう。昇の真後ろでは爆発や火花が散り、激しい攻防戦が行われているようだ。
「昇!? 一体なんで……」
「とにかく、今は逃げた方が良さそうです。彼の後ろにはヴェルグスとクランドも居るようですから」
「義父上! ご無事でしたかっ……」
「逃げ道はオレが作ってやるから! “炎の術、発動っ!”」
レムトの体から炎が放たれ、周辺の木々を焼き尽くした。グレイルも木の燃え跡を凍らせ、逃げやすい道を作り上げた。フレイアがおれの背中を押し、先に行くように急かした。
「フレイ! 後は任せるからっ 若を頼んだ!!」
「分かった。お前らも早く追いつけよ……若が悲しむから」
二人は頷くと、森の影から顔を出した飛龍に乗って上空へと舞い上がった。飛龍達も炎のブレスを吐き、幻獣達を蹴散らしているようだ。
「リクル……あの時は、俺が付いていなくてすみませんでした」
「今更謝る必要はないって! 気にしてないから」
「本当にすみません……何度謝罪したら済むことか。これからは、俺が貴方を護ります。貴方の為に……俺のすべてを尽くすから」
「なに恥ずかしいような言葉発しちゃってるんだよ。ただおれの隣に居てくれるだけでいいから。今はとにかく、ここから逃げてみんなが無事戻ってこれるまで待とう。そして、みんなで帰るんだ」
「……ええ……」
フレイアもやっと笑ってくれた。レムトとグレイルのお陰で走りやすくなった森の道を駆け抜け、この先にある大きな広場……おれが破壊してしまったところへと向かう。そこならみんなと合流しやすいし、戦うためのスペースもある。
「絶対に、一人も置いていかないからな。みんなで帰る、絶対に帰るんだ!!」
「どうにか……リクは逃げられたみたいだね、おっと。“闇の術、発動ぅ!!”」
雷が渦巻く黒い塊を、いとも簡単に敵の頭上に降らせる。昇も前世の影響があるのか、強大な魔術を操れるのだ。昇は自分の周りを一掃し、仲間二人の方を向く。
クラウドも光を巻き込む槍で敵を薙ぎ払い、敵の陣を崩していっている。それに比べヴェルグスは氷を纏った長剣横に一閃し、より多くの敵を倒していっている。ちなみに、3人は昇の魔力が作り出した“見えない床”の上に立っているのだ。だから浮いているように見えても仕方がない。
「君たちもやるねぇ! 結構関心したよ」
「これぐらい出来て当たり前だよっ ねぇ、ヴェルグっさん」
「ああ!? 何だって? グラニュー唐?」
「駄目だ。まったく聞こえてないし……。それより、アンタは若の知り合いなんだろ? 若の傍に付いてあげなくていいのか?」
「あっちには頼もしい味方が居るからね。僕よりももっと親しい人が」
昇は顔中に笑みを浮かべまた近くに居た敵をなぎ倒した。ちょっと笑顔でそんなエグいことやられると怖い。
「そろそろ片付いたね。どうする? 僕らもあっちに合流するかい? ん……なんだろ、あの光……」
クラウドとヴェルグスも同時にその方向を見た。その空は深紅の光に覆われ、森の中心付近に差し込んでいた。一体あれはなんだろう……。昇は少し考えたあと、とある答えに導きだした。
「もしかして……あれって“漆黒の鍵”じゃないかな。生前リクルァンティエリルが持っていたアレ」
「“漆黒の鍵”ってクレアリス城に保管していたんじゃないのか? ……ともかく、若があれを呼び寄せてるに違いない。もしかしたら、アリス達が転送してくれたのかも」
昇は「そうなの?」と言うと、その方向をしばらく見つめた。
「……僕らも向かおう。もしかしたら、まだあっちにも敵がいるのかも……」
つづく。
ジーク「じ、じ、ジッ苦り読んでいってね!」
あ、そういえばジークはどうなったんでしょうね。
次回、第10話 漆黒の鍵と深紅の心
やっと深紅の心奪還編、完結!!