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帰っていただいてもよろしいですか?

 こんなとき、どうしたらいいのでしょうか。


 あ、どうも。

 私は王都の端にある小さな喫茶店で、店主代理をしております。

 まぁ、店主代理などと偉そうな肩書ではありますが、ちっとも偉くはありません。この肩書はまぎれもなく貧乏くじです。なにせ、お店にかかわることすべて、私が一人でやることになるのですから。

 怠惰であることをこよなく愛する、純朴な惰愛主義者である私には過酷すぎるのです。

 この過労死まっしぐらな労働環境を作り出した原因は、ふらりと行方をくらませた店主にあります。お店を留守にしてから四年ほど経ちますが、店主がいなくなったときは本当に困ったものです。

 お客様はほったらかしですし、珈琲も淹れかけ、ただ一言『店主代理に任命する』などと身勝手な書置きを残すのみ。もう呆れるしかありません。

 お客様に失礼をお詫びして、淹れかけの珈琲を淹れ直して。

 幸いなことにお客様は怒ってらっしゃいませんでしたから事なきを得ましたが、あのときはどれほど疲れたことか。店主には文句しかありません。

 と。

 これはこれからするお話には関係がないので、割愛してもいいですね。

 ちらりと私は目を逸らしていた店内の惨状へと視線を向けた。



 美しい木目の映える木造りの店内。

 そのいたるところに、全身鎧に身を包んだ騎士たちが倒れている。

 巨人に殴られたかのように鎧の胸部をへこませ、十字架を模した長剣を叩き折られて。

 民草の守護の象徴たる、武具に十字架の意匠を刻むことを許された聖騎士たちが、無残な姿となって転がっている。

 そんな店の中央――爆心地のように何もなくなった空間に、美しい濡羽色の髪を揺らし、一人の少女が悠然と佇んでいる。



「――そなたで、終わりかの」



 美しい声で、歌うように少女は告げる。

 その宣告に、彼女と相対していた青髪の青年が苦虫を噛み潰したような表情をする。


「……ここまでとはな」

「ふむ。ここまでわらわを誘い込んだことは褒めてやろう。じゃが、ちと最後の詰めが甘かったようじゃの」

「みたいだな。それでもそこに倒れてる連中は精鋭中の精鋭だったんだがな」


 呆れたように肩をすくめながら、青年はため息をこぼす。


「だがまぁ、貴様を野放しにしておくわけにもいかないんだ」


 そう言って、青年は獰猛に笑った。


「この命に代えても、ここで倒させてもらうぞ。――魔王ッ!」


 手にした長剣の切っ先を少女へと向けながら、青年が吼える。


「くく、遊んでやろう」


 と、魔王と呼ばれた少女は愉しげな笑みを浮かべた。



 そして、そんな劇の中に紛れ込んでしまったかのような状況の中、私はお店の端へと避難してただ傍観に徹している。

 え? どうにかしろ?

 そんなの嫌に決まってるじゃないですか。私は怠惰であることをこよなく愛する者ですよ。なんで進んで こんな面倒くさそうなことに首を突っ込まなきゃならないんですか。

 私がただ喫茶店のしがない店員として、のんびりと過ごせれば幸せなんです。

 なのになんでたくさんのお仕事とか、こんな厄介事に巻き込まれなきゃならないんですか。

 どなたか、どうしたらいいのか、お答えいただけませんか。

 ……くれませんよね。ええ。



  * * *



 時は少しばかり遡る。

 私は喫茶店の制服である白黒二色の落ち着いた色合いのメイド服――私の苦手とする可愛らしいものを持ってきた店主に、お説教とともに取り換えさせたもの――を着て、ぼんやりと店内を眺めていた。

 王都ではめずらしい、美しい木目の映える木造りのお店。

 お世辞にも繁盛しているとは言えないけれど、この木造ゆえの落ち着いた空間に惹かれた常連たちの、憩いの場となっている。

 そんな愛されるお店の椅子に座りながら、私は穏やかに流れるひとときに頬を緩める。

 早めに準備を終えたために、営業時間まではまだ一時間ほどの余裕がある。

 それは惰愛主義――怠惰であることをこよなく愛すること――を掲げる私にとって、ゆっくりと心を落ち着けることのできる、幸せなひとときです。

 こうしてゆっくりするために、手早く仕事をこなしていると言っても、過言ではありませんね。


「今日は、どうしましょうか」


 ぽつりと呟きをこぼして、私は微笑む。

 こうしてただ椅子に座ってぼんやりするのもいいですし、だらだらと何かをするのもいい。ああ、今日は日差しが穏やかなので、日向ぼっこをしながら本を読む、なんてこともいいですね。

 と、何をしようかと悩んでいるときでさえ、満たされてしまうのですから惰愛主義はお手軽なものです。惰愛、最高です。

 そうしてしばらく悩んだのち、穏やかな朝日に当たりながら読書をすることにして、私は席を立つ。お店の壁際にある重厚な本棚の前へと足を伸ばし、何を読もうかな、と白い指先で本の背表紙を撫でながら、そっと頬を緩める。

 ――そのとき、店内へと硝子の砕ける音が響き渡った。

 はっとして振り向くと、何かが店内へと転がり込んできていた。

 それは派手に椅子やテーブルを巻き込みながら店内を横断して、お店の奥にあるカウンターに大きな音とともにぶつかって、ようやくその動きを止めた。

 そこにいたのは――女の子です。

 白い頬にかかる、美しい黒曜石のような輝きの濡羽色の髪。

 猛禽を思わせる、鋭く細められた琥珀色の瞳。

 その白雪の肌にはいくつもの切り傷や火傷の痕がにじみ、痛々しさを見せている。

 けれど、さらりと肩口からこぼれた濡羽色の髪が、凛と研ぎ澄まされた琥珀色の瞳が、朝日を照り返して傷ついてなお、その美しさを際立たせています。


「……ここなら、一般人はおらんじゃろ」


 美しい声で、独り言のように呟きをこぼす。

 そして、安堵の表情を覗かせながら、さっと視線をめぐらせて――その瞳に立ち尽くしている私を映した。


「――ッ、なぜいる!?」


 少女は驚いた様子で後ずさろうとして、壁に背中をぶつけて呻いている。

 痛そうです。

 それになぜ、と言われましても。ここは私のお店ですし、こちらが訊きたいくらいです。


「くっ、失敗したの。一般人がおるとは」


 と、彼女は苦虫を噛み潰したような表情をする。


「……疾く逃げよ。なるべく遠く。このままじゃと、そなたも巻き込まれる」


 なにやら、彼女は厄介なことに巻き込まれているご様子。

 それに巻き込まないようにしようとしてくれていることはうれしいのですけど、逃げるわけにもいかないんですよね。ここ、私の家でもありますし、そう簡単に捨てられるものではありません。

 どうしましょうか。

 と、思考をめぐらせようとしたとき、私の前を轟音とともに何かが飛び去った。


「……はい?」


 私の口から、そんな間抜けな声がこぼれる。

 飛び去った何かの方へと向けた視線の先には、とても見覚えのある一枚の扉。私の目がおかしくなっていなければ、それはこの喫茶店の位置口のものです。

 そして入口の方が騒がしくなったので視線を向けると、全身鎧に身を包んだ騎士らしき人たちが店内へと雪崩れ込んできた。


「追い詰めたぞ、魔王ッ!」


 騎士たちの先頭に立っている青髪の青年が、手にした大盾を床に叩きつける。床にびしりと罅が入った。

 なんと、転がり込んできた女の子は、魔王だったらしいのです。びっくりです。


「ちっ、面倒じゃの」


 女の子、改め魔王さんが苛立ちをぶつけるように、近くにあった椅子を蹴り飛ばす。壁に当たって椅子が砕けた。

 ……あの、なんでみなさん、お店を壊すのですか?


 以下、私の見たものを私の心の叫びとともに、簡単に説明します。


「邪魔じゃッ!」


 と、魔王が転がっていた椅子を騎士たちに投げつける。

 大盾を床に叩きつけ――ないでくださいッ! 床に傷が……って、あっ、椅子が砕けた!?


「喰らえッ!」


 騎士たちの振るう長剣が魔王に迫る。

 それを魔王は難なく避け――ないでッ! 床に穴がッ!


 ああ、お店のものが壊されるたびに、何か大切なモノが壊れていくような気がします。

 ……きっとこれ、理性ですよ。ふふ、感情の箍が外れそうです。



  * * *



「この命に代えても、ここで倒させてもらうぞ。――魔王ッ!」


 こうして、ぼろぼろになったお店とともに、冒頭へと繋がるのです。

 それはいいんですけど、そろそろ怒ってもいいですか? いいですよね?

 なんで魔王との決戦みたいなものを、こんな喫茶店でやるんですか。そういうのはお城とか、もっと雰囲気のある場所にしてください。あと、私を巻き込まないでください。

 二人の間で緊張が膨らみ、破裂するその刹那――。


「……あのー、ちょっといいですか?」


 気の抜けた声(私の声)が響き渡る。

 二人は弾かれたように、驚愕の表情を私に向ける。いつからいたの? とでもいうような反応にちょっと傷つきます。いましたよ、最初から。


「な、なんじゃそなたっ、まだおったのかッ!?」

「……何者だ?」

「この喫茶店の店主代理です」


 何言ってるんだこいつ、みたいな反応は、傷つくのでやめてほしいものです。


「その代理がどうした」


 青年が苛立ったように訊いてくる。

 私は頬が引き攣るのを必死にこらえながら、愛想笑いを浮かべた。



「――営業の邪魔になるので、帰っていただいてもよろしいですか?」



「「――は?」」


 呆気に取られたように二人が硬直する。


「ああ。あと――」


 これを忘れてはいけません。



「お店の修理費として、金貨五十枚を請求します」

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