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アニメで女風呂を覗くのは定番だが実際にやったら結構大問題

 苦節十年、Yは狂気に染まりつつある笑顔を浮かべ始めた。

 異世界に召還されてはや10年近く、狂人として恐れられ、避けられ、またさらに耐え難いことに同時に同情された日々にようやく終止符を打つことが出来ると考えると、あまりに動かなかった顔の筋肉が電流を流されたカエルの足のように、ぴくぴくと引きつることをとめられなかった。


 思えば本当に長くつらい苦しい日々だった。輝かしい異世界生活が待っていたはずと考えていた自分を待っていたのは、この無知で哀れな人々に逆に無知で可哀想な人だと哀れまれる屈辱極まりない生活だった。



 始まりもまた突然だった。

 成績こそは中の下だったYには、しかし誇るべき知識欲はあった。確かにそれ自体は凡百な性質ではあったが、テレビのクイズ番組の正解率もそこそこ高く、また周りの人が答えられない問題をいくつも答えられたYには、自分の雑学に関するある程度の自信はあった。決して目立つ存在ではない彼には、こと理系科目のテスト期間前にはそこそこの「モテ」を体感している。


 そんなYが異世界に降り立ったのはは丁度そちらの世界の時間でいうところの10年前。通いなれた道の先には見えないほどの穴が開いていたあの日、たまたま歩きながらスマホを弄っていたYにはまさかいつもの道には別の世界へ通じる穴がぽっかりと口をあけているなどとは思いもよらなかった。まさに言葉通り「道を踏み外した」Yであった。

 しかし彼には、チート(輝かしい)な異世界生活が待っては居なかった。


 Yが降り立ったのは、剣と魔法の世界。鎧で身を守り刃物で敵を攻撃し、遠くの敵には攻撃魔法を使い、傷ついた仲間には回復魔法があった。

 伝説の勇者もいれば恐ろしい魔王も存在してはいたが、しかしおおむね平和な世界にYは迷い込んでしまった。種族にかかわらず魔法で意思疎通が出来る異世界においては、言葉を持つものはおおむね基本味方であり、知性あるものたちはいつしかいくつもの町をつくった。大きな都会もあれば小さな田舎町もあり、またその町を壊そうとしてくる知性を持たないかわりに強大な魔力と体力を持つ、言葉の通じない獣たちもいた。そんな共通の敵がいくつも存在したことも手伝ってか、この世界では姿かたちを超えての固い絆がそこかしこに存在していた。

 そんな世界だからか、異世界人であるYであっても、この世界にとってはありふれた一人の「異世界人」として、なじむのにほぼ何の苦労も存在しなかった。Yが最初に降り立ったのはとある民家の裏手にある鶏舎で、最初にYを発見した農家もはじめこそはYの異様ないでたちにびっくりしたが、鶏の飼料にまで手を出すほどに飢えてしまってはなんて可哀想だと、無償で彼を力の限り手助けしたのもあって、魔法によって何とか意思疎通を図るところまでには多くの時間がかからなかった。


 混乱したYが自分の居場所を確認できたのは、鶏の飼料に頭を突っ込んでから3日目のこと。すかさずたどたどしい言葉で恩人の農家さんにまずは感謝を伝え、その後に自分のことを伝え、さらには異世界からの迷い人であることを伝えた後には、しかしそこからどうすることも出来なかった。

 王様への謁見など当然出来ないし、村の物知りおじさんや月に一度たずね来る魔法使い兼行商人さんに尋ねてみても手がかりはなく、一人で町を出るなど危険極まりない行為はもってのほかであった。

 けれどYは急いで帰ろうなどということより、まずは恩返しがしたいと思っていた。またせっかくの異世界を心行くまで堪能したいとも思っていた。またさらに幸いだったのは、スマホが壊れていなかった上、充電ケーブルも持っていたことであった。


 文明がまだまだ発達していない異世界、残り少ないスマホの最後の仕事は、インストールされていた百科事典から、「バッテリーの作り方」を表示させることだった。


 身よりも無く一人で放りだされたYに同情したのは、農家さんだけではなかった。村の別の農家さん、さらに別の農家さん、さらにさらにその隣の農家さんからも大いに心配され、無償の心配りを頂いた。

 それに報いるためにも、Yにはもとの世界にいるときにはおよそ考えもつかないほどに勤勉に働きながら、より恩を報いるためにも「バッテリー」を作ろうとした。もちろん村人の誰にも「バッテリー」などというものが何かを知っている人はいなかったが、Yのために捨てるはずのレモンや、武具を作ったときにあまった金属、炭などを分け与える程度、なんていうことは無かった。


 しかし結局「バッテリー」は出来なかった。

 どうしても出来なかった。

 なぜだかは分からないが、どうしてもバッテリーは出来なかった。


 あきらめかけていたYだが、そんなに嘆いているのなら、魔法使いにでも相談したら?と提案したのは、三つとなりの農家さんの次男だった。


 異世界には魔法がある、そして異世界の魔法で、スマホは充電できてしまった・・・



 3ヶ月の無駄は心に応えたが、しかしこれからのことを考えれば、興奮が落胆を上回った。Yは早速現代の知識を活かして、恩返しを始めていった。


 けど車輪はもうあった。

 芋が主食なので千歯扱きは不要だった。

 水車はうまく動かなかった。

 温泉はのぼせるし面倒だと言われた。

 最大の敵である獣を倒すための銃を作ろうにも、その詳しい作り方は何とか魔法で充電?したスマホの百科事典には乗っていなかった。



 ・・・であれば、疫病だ。


 この頃になれば、村にYの事を聞けば、いい子なんだけどねぇ・・・と含みを持つ微妙な顔をされるようになっていった。

 誰にも分からないようなことを言って、しかし実際には効果など無くて、また異様に潔癖で、最終的にことあるごとに「サイキン」などと言い出す。



 そろそろYには耐えられなくなってきたが、しかし村人が自分に優しくしてくれたのも事実。



 2年後、村のはずれに都合よくあった塔にYが住むことになった。

 日に2度ほど素朴な食事を取り、暇があっては山へ土や砂をかき集め、時々村の医者へ行き手の傷を見てもらい、そしてまた塔へ閉じこもっていく。

 食事は自作の菜園と月に一度の買出しで済ませ、月に一度魔法使いに「電気魔法」を使用してもらい、時々武器やにいらなくなった金属をもらいにいった。

 そしてなけなしの金で、ロッドを作るわけでもないのに、クリスタルを買うようになっていった。



 そうして10年が過ぎた。


 もはや隠者かゾンビのようになっていたYには、しかしその日の目の輝きが違っていた。

 何個も何個も重ねられた透明なクリスタルは「レンズ」になっていた。


 狂気の十年間を思い返して、Yの心臓が狂ったように跳ね回りはじめた。

 いくつも試作品を作っては失敗を繰り返していた。

 一度目はなにも見えなかった、二度目はもやかかっていた。三度目ももやがかかっていた、四度目も五度目も、六度目も七度目も、何度も何度も「もや」がかかっていた。

 もちろん言うまでも無く「水」を使っては、光がうまく入らなかった。

 砂を焼いても綺麗な「ガラス」などは出来なかった。

 この世界で唯一、レンズ足りえたのは「魔法金属」といわれるクリスタルだった。


 そうやって心血を注いで作った「顕微鏡」がようやく完成をしたのだ。


 狂気の目がレンズ穴に合わさった。

 自作のレンズをグラインドでピント調整をした。

 震える手とぴくぴく動く顔の筋肉とは裏腹に、射殺すような鋭い眼光が、向こう側へと届いた。

 小さく、ゆらゆら動くものが見えた。


 10年の歳月が作り上げた狂気がようやく実を結ぶ!これでYは歴史的な発見者として名を記される!レンズの向こうには川の水!この村の環境なら大腸菌やブドウ球菌などなど、そんな菌類がうようよしている!そうして自分を哀れんだあの村民たちを見返せる!恩義を感じているのと同時に怒りも溢れそうになる自分の気持ちにもさようなら出来る!

 細菌を、病気の元を、ようやくこの世界の表舞台に立たせることが出来るのだ!



 そうして狂気の目が覗き込んだ、レンズの向こう側に写っていたのは、なぜか色とりどりの帽子をかぶった、米粒のような目をした小さい「人」だった。

 組み体操をしていた。

 ……組み体操をしていた。

 楽しそうに、はたまた嬉しそうにしていた彼らは、ふとこちらを見ると、とたんにプルプルと身を震わせては、新たなフォーメーションを組み立てた。


 異世界の文字を読めないYにも、この世界では魔力の篭った文字の意味が分かる。

 しかしそうしてレンズ越しには、はっきりと、カタカナで、こう書かれていた:

 「イヤ〜ン、エッチィ〜!ミナイデヨ〜〜」


 ……Yは爆発した。やさしくしてくれた農家さんたちには申し訳ないが、そう高くもない塔の見える限りの場所が全て炎に包まれ、巨大なきのこ雲でも作るように爆発した。

 ……そうして画面が暗転して、この世界が終わり、視聴者たちに「爆発落ちかよ!!」と突っ込まれて、終了。



 出来たらたらどんなに良かったか。

 この物語は残酷だ。なぜならこの物語の結びには、この3文字がつづられていたのだった:

 つづく

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