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愛妻家だったぼくが妻の墓を守るために戦っていたら、ニンゲンを救っていた件

 冬の寒い日、妻が病死した。

 もともと体の弱い女だったし、寿命を削って人を癒やす『聖女』などという仕事をずっと続けていたため、どのみち余命は僅かだった。


 いい女だった。優しくて強くて。

 余生をふたりきりで暮らしたいというぼくのワガママに応えて、身分も地位も捨て、こんな山奥で一緒に暮らしてくれた。


 妻の寿命を延ばすため、秘術に手を出そうとしたぼくを止めたのも、彼女だった。彼女は最期まで人の摂理から足を踏み外そうとはしなかった。

 なぜこだわるのか、ぼくにはわからない。でも、彼女の意志をぼくは尊重したかった。


 いい女だったんだ。本当に。


 亡骸は、焼いてから庭の裏手に埋めた。

 魔法で使えばすぐだけど、ぼくはすべて手作業で土を掘った。

 墓穴を掘っている間、ぼくはずっと泣いていた。彼女のことが、心から好きだったのだ。




 悲しみに沈み込んで、なにもない日々を過ごしている中、来客があった。

 妻がもといた国からの使者だ。聖女の遺体を回収させろとのこと。聖女の遺体には強力な魔法効果があり、それを欲しがっていた。


 ぼくは遺体の明け渡しを拒否した。すると軍隊がやってきた。殺してでも奪い取るつもりだ。ぼくは彼らを軽く蹴散らした。何度かそれを繰り返すと、やがて軍隊はもう来なくなった。そっとしておいてくれ。


 山奥でひとり暮らしながら、またなにもない日々の繰り返し。

 毎日欠かさず墓参りをしていたそのとき、ふと思う。


「……なんだか、みすぼらしいな」


 世界一美しく、優しく、聡明だった妻の墓がこんな、こんもりと盛り上がった土の上に置かれた石ひとつなんて、ふさわしくないというか……。


 この墓を見た人はこう思うんじゃないだろうか。『ああ、亡くなった人もみすぼらしいのね』って。


 ぼくはなんだか面白くなかった。幸い、時間だけはいくらでもある。


「墓を見ただけで、『生前はなんて立派な人だったんだろう。美しく、優しく、聡明で、料理が上手で、優しいだけじゃなくて怒るときはちゃんと怒ってくれて、毅然としてて、旦那さまのことを心から愛していたのね』って思ってくれるような」


 ──そんな墓を作ろう。


 決意して、長い時が経った。

 これはどこかズレたぼくの、墓守としての日々を綴る物語。




 ***




 彼女は目立つのが嫌だろうから、地上部分に巨大な像を建てるようなことはしなかった。

 豪華絢爛な屋敷を建てるのも違う。『まあ、派手好きだったのね』なんて噂が広がったら、流行病を放ってその一帯を噂ごと根絶するしかない。


 だからとりあえず、地下に広大な空間を作った。これは彼女の懐の広さを表している。どれぐらい広大かというと、おそらく都市がまるごと入るだろう。


 それほど広い空間にぽつんと墓ひとつというのは、さすがに寂しい。それに真っ暗じゃ、彼女が可哀想だ。魔光ゴケを適度に生育し、放つ。しかし部屋が広すぎて光がぜんぜん広がらない。仕方なく部屋を何層かに分けた。


 毎年の誕生日と命日には、必ず贈り物を送った。最初は墓の前に備えていたのだが、やがてあまりにも量が多くなり、邪魔になってしまった。

 妻は散歩が好きだったし、それならサプライズもあったほうがいいだろう。なので、宝箱に入れて、墓の隅々に配置することにした。

 中を歩いて飽きないように空間を迷路上もした。各階層ごとにコンセプトを決めて、地下一階から五階まではは木のうろをモチーフに。六階から十階までは氷河地帯を……という風に、変化をつけていった。


 そうしていると、この広い墓を彼女がひとり散歩している風景が浮かび、とても寂しくなったので、動物を誘致することにした。だが、墓の中の環境は厳しく、リスやネコ、アルパカといった動物は根付いてくれない。

 だから発想を転換し、力強い魔物たちを呼び寄せた。これはうまくいった。彼らは迷宮のあちこちに巣を作り、妻の墓を賑やかにしてくれた。


 墓参りも大変になってきたので、ぼくは彼女と過ごした家を地下の最奥部、墓の前に建て直した。


 やがて一年のほとんどを地下で暮らすことになったけれど。

 退屈はしなかった。これがぼくの自己満足であることはわかってるけど、彼女のために時間を使えるというのが、嬉しかったから。


 けれど最近、困ったことがある。




 ニンゲンが、墓の周辺をうろうろしているようだ。

 もしかして妻の威光を聞いて、墓参りに来てくれたんだろうか? だとしたら、捨て置くのは忍びない。


 入り口に通じる転送器を用いてぼくは彼らを出迎えてあげた。徒歩で最下層のお墓にたどり着くのは、大変だからね。


「やあ、墓参りにきてくれたのかい?」


 ぼくがお墓の入り口で声をかけると、彼らニンゲンは(まるで軍隊みたいな装備を身に着けていた)叫び声をあげる。


「な──魔人!? なぜこんなところに! じゃあこの迷宮って魔人の住処かよ!」

「眠りを妨げる気なんてなかったんだ! 命だけは助けてくれ──!」


「あ、ちょっとキミたち……」


 呼び止める間もなく、彼らはなにもかも捨てて走り去っていく。武器や荷物を忘れていったようだ。うーん、お供え物という雰囲気でもなさそうだ。

 仕方ない、ぼくは入り口に『忘れ物ですよ』と看板を立て、風雨にさらされないよう宝箱の中に入れておくことにした。


 それからも人はたびたび墓を訪れたけど、誰も墓参りではないみたいだ。ぼくは放置することにした。それよりも、彼女の五百周忌が近いんだ。さて、今年はなにをプレゼントしようか。




「…………」


 ぼくは固まっていた。


 なぜなら墓の中から、妻そっくりの女性が飛び出してきたからだ。彼女はふわふわと部屋の中を漂っている。裸だし、亡くなったときの妻より十才は若く見える。


 ちょうど今年のプレゼントを送ったときだった。彼女はぼくを見てにっこりと微笑む。


「初めまして! パパ!」

「うん。……え?」


 ぼくと妻の間に子どもはいなかった。彼女はいったい? ぼくは彼女をじっと見つめる。霊体のようだ。むしろ、神霊に近い存在か?


「キミは?」

「あのね、パパ、このお墓には危機が迫ってるんだよ!」

「え、そうなの?」


 強い言葉で押し切られる。若かりし妻の顔(すごく美人なのだ)をしてぼくをパパと呼ぶとか、属性盛り過ぎでずるくないか?


「『聖女の骨』、そのアーティファクトを狙って、今まさにこのお墓に侵入しようとしている人たちの、悪いオーラをヒシヒシと感じるの!」

「はあ」

「だからね、パパ。あたしがパパを守ってあげる! あたしはママの骨と、パパのお供え物が生み出すマナから産まれた、ふたりの子どもなの! いっぱいいっぱい、頼りにしててね!」


 そう言って彼女は快活に笑った。なるほど、確かにそれら条件が揃えば、神霊ぐらいは生み出されるかもしれない。


 なによりも召喚に必要な『祈り』は、ぼくがこの五百年間、一日も欠かさずに捧げていたのだから。


「そうか、ええと……これから、一緒に暮らすってことでいいんだよね。名前とか、あるのかな?」

「パパがつけてよ! パパなんだから!」

「ええ? そうだなあ……」


 妻の名前はエウラリア。だから、彼女は……。


「ダリア。ダリアでどうだろう?」

「うん、ステキな名前だわ! ありがとう、パパ!」


 にっかりと笑った彼女に服を着るように言う。神霊であるダリアは魔力を紡いでローブを創造した。ずいぶん位が高そうだ。もしかしたら本当に、ぼくより強いのかもしれない。


 そんなダリアはハッとした。


「パパ! 来たよ侵入者が! パッといって、やっつけてきていい!?」

「いや……とりあえず様子見しようよ。お墓の中であまり騒ぎは起こしたくないんだ」

「甘いよパパ! 今度やってきた人たちは、辺りで『勇者』って呼ばれてるほどの凄腕なんだよ! うかうかしてたら、ママの骨盗られちゃうよ!」


 すごいな。千里眼まで使えるのか。


「まあ、大丈夫だよ。おいで、ダリア。ご飯にしよう」

「むむぅ……パパってば、のんきすぎぃ……」

「その、パパっていうのは」

「パパだし」

「うん……まあ、うん」


 ダリアはふわふわ浮きながらぼくの後をついてくる。この子をどうすればいいか完全に持て余しているのだけど……。ぼくの回りも賑やかになりそうだ。







『あなた』


 死に際、妻はぼくの手を握りながら、微笑んでいた。


『今まで本当に、ありがとうね。あなたがいたから、楽しい人生だったわ』

『うん』


 涙を流さまいとぼくは必死にこらえていた。

 かつて最強の魔人と呼ばれたこのぼくがだ。


 誰かを愛することは、なによりも苦しい。

 弱ってゆく彼女を看病する夜ごとに、こんな気分を味わうなら出会わなければよかったと苦悩した。


 だが、彼女がどこか誰も知らない土地で、寂しさの中で死んでいたかもしれない事実に比べれば。

 ぼく程度の苦悩など、なんでもないのだ。


『幸せになってね、あなた』


 微笑む妻が最期に言い残したその言葉。


 あれから五百年が経った。

 独りのぼくは、いまだになにが『幸せ』なのか、わからないでいる。




 パンケーキを口にしていたダリアが、ふと顔をあげる。


「あ、侵入者みんな食べられた」

「一階層の入り口近くには、キマイラが棲んでるからね。きょうの餌をやる暇が省けたよ」


 ぼくの墓守としての日々は、なにも変わらず、穏やかだがなにもなく。

 まるで余生のように。

 これからも続いていくことだろう。


 そう思っていたんだ。すべて──あの日までは。

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