表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/32

劣等と憧憬と愉悦

車窓の景色が流れ出す。


 どうやら列車が出発したようだ。


 列車が出発して駅から、今までの日常から離れていく。


 日常から離れることで、今まで身近に感じていた『自分の終わり』が自分から離れていく。そのことに彼は深い安堵感をおぼえた。


 先の見えない一日一日をただ生き抜くため、必死に生きてきた彼にとっては、この狭いコパーメントですら快適だった。


 例え、今までの日常から、『自分の終わり』という恐怖からそう長くは逃げられないとしても、今はこの安堵感に、これからの平穏に浸っていたいと強く思うのだった。



 列車が駅から離れるにつれて安堵感だけではなく、睡魔が襲ってくる。


 今なら、明日のことを、『自分の終わり』を考えなくていい今なら、心地いい深い睡魔の欲に堕ちてもいいよな、と自分に言い訳をしながら深い眠りに堕ちる。




 トントン、という音が聞こえる。

 何の音だろうか、そんな音が立つものなんて周りになかったはず………と寝惚けた頭で思考する。


「あ、そっか…。列車に乗ってたんだっけ。」


 と、独りぼやきながら起き上がって、音のする方へ向かう。


「はいはい。今開けますよっと。どちら様で?」


 いつもなら考えられないようなテンションで扉を開ける。


 久々に熟睡し、心身共にリラックスできたおかげで、過去最高に上がっていた俺のテンションは、扉を叩いていた少年の顔を見た瞬間、一気に最低まで落ちた。


 扉を叩いていた少年は俺を見るなり飛びついて来る。


「兄さん!」


 と、俺にとって1番忌々しい言葉を発しながら。


「やっと会えましたね。こうして2人で会うなんて何年ぶりですか?とっても嬉しくて懐かしいです。またこうして2人でいられるなんて夢みたいです。」


 と、早口に再会の感想をまくし立てる。

 そこに居た少年の姿は、年不相応にとても幼く見え、とても可愛く見えるだろう。俺以外には。


「とっても大変だったんですよ。兄さんが乗ってる車両を見つけて、そこの乗車券を奪t…コホン貰って、この車両に乗り込んで兄さんを探すのに、どれほど苦労したことか!でも、兄さんに会えれば今までの苦労なんてなんてことないです。」


 扉を叩いていた少年の顔は喜びに満ち溢れていた。

 それを歪ませるのは少し抵抗があるかな、と思いながら、俺は拒絶の言葉を放ち、彼を拒絶する。


「これはこれは、急に飛びついて来てどうしたのですか第一王子殿?

 第一王子殿には妹君しか御兄弟はいないでしょう。それなのに、こんな貧民を兄などと、疲れて幻覚でも見られているのでしょうか。

 次期国王の最有力候補の第一王子殿が疲労で幻覚を見るなど知れた日には大変なことになってしまいます。

 今あったことはなかったことにします。なので、御自分のコパーメントへ戻り、速やかに疲労を抜くことをオススメします」


 と、心配するように拒絶した。

 思ったより、抵抗はなかったようだ。

 一方、拒絶された少年は、歓喜に満ちた顔のまま固まっていた。


「え……………?」


 とても困惑しながら。


「いくら、学園で身分が関係ないとはいえ、幻覚で見ず知らずの他人を親族扱いなど、一国の第一王子がそんなでは民や周囲からの信頼を失いますよ?

 ですので、こんな戯言を敵に話さぬよう、聞かれぬようにコパーメントに戻って休む方がいいのではないでしょうか?」


 と、更に拒絶する。

 二度に渡って拒絶された少年は「そっか…」と小さく呟くと、軽く身なりを整えてから


「これは失礼。どうやら疲れが溜まって変な夢を見ていたようだ。私には兄がいたという突拍子もない夢をな。迷惑を掛けて済まなかった。君が進める通りコパーメントに戻って休むとしよう。」


 と、毅然とした態度で言うと、俺のコパーメントを出て行こうとした。しかし、出ていく直前でこちらを振り返って、こんなことを言い放った。


「学園に着いたら、ここで掛けた迷惑のお詫びをしたいのだが、名前がわからなければ君に詫びるどころか、もう一度君を探しことすら難しい。ということでだ、名前を教えてくれないか?」


 拒絶してんだから早く出て行けよ。こっちはもう話したくないんだからさ。


 と、喉から出かかったイライラを口には出さずに飲み込む。


 王族に逆らうとめんどくさいから質問には答えないと。


 名前……名前か。名前なんて必要なかったから忘れちまったぞ。

 学園でも使うだろうし考えないとな。


 さて、どうしようか。





 うーむ、まあこれでいいや。


「……ロア」


 よし、これだ。我ながら良い名前を思いついたもんだ。適当に考えたけど、割としっくりくるな、この名前。


「ロアというのか。よろしくなロア。私の名は……」


「言われなくてもわかりますよ。我が国の第一王子、ケヴィン・ウェラー王子。」


「忠告してくれるのだから名前ぐらい知っているか。これは失礼。

 僕のことは呼び捨てで構わない。どうも、王子呼びは苦手でね、慣れないんだ。まあ、そんなことは学園でまた会った時にゆっくり喋ればいいか。では、また学園で。」


 と、言って少年はコパーメントを出て行く。

 そこに、入ってきたときの少年じみた態度はどこにもなかった。


 うわぁ……会いたくないし、お喋りもしたくないな。やっぱり名前変え直そうかな。


 それはさておき、まだ目的地に着くまで時間あるだろうし、もう一眠りしようかな。ぐっすり寝れるのは最高だ。



 再びコンコン、という音がコパーメント内にに鳴り響く。


 沈んていた意識が浮上する。


 あの王子か?と思ったが、アイツは「また学園で」と言ってたので違う筈。アイツは数分?数時間?前の自分の言葉すら覚えてない阿呆じゃない。それは俺が一番知ってる。


 まあ、取り敢えず開けてみますか。どうするかはそれから決めれば大丈夫でしょ。

 

「どちら様で?」


 と、言いながらコパーメントの扉を開ける。そこにいたのは、俺より少し小さな女の子だった。


「あ…あの!わ…私、コパーメントの番号間違えてたみたいで、ここが私のコパーメントらしいんですけど…」


「え…?」


 少女に言われて、慌てて切符を確認する。切符に書かれている番号とこのコパーメントの番号は同じで、俺がコパーメントを間違えた、という訳ではないらしい。


「切符を確認したけど、俺のコパーメントはここで合ってました。多分、駅側のミスだろうけど取り敢えず中でどうするか考えましょう。」


 と言って、彼女をコパーメントの中へ誘う。



 気まずい。ほとんど女の子と会話したことなんてないから、どう話せば、どう切り出せばいいのかわからん。


「コパーメントの番号が重なってたのは俺らじゃあどうしようもないんですけど、空いているコパーメントがあるのかわかりませんか?」


 一応、空いているコパーメントを知らないか確認して見る。もっとも、あったからと言って使えるかは別だが。


「すみません…空いているコパーメントがあるは、わからないです。

 あの…学園に着くまでもうそんなに時間も掛からない筈なので、コパーメントを少し借りれるだけでもいいんですけど、借りても大丈夫ですか?」


 と、少女は少し怯えた様子でそう提案してくる。


 そうか、その手があったか。どうせ俺の荷物なんて対した量無いんだし、コパーメントを半分ぐらいしか使ってないから、それなら別にこっちに問題はないな。


「じゃあ、それでいいならそれでお願いします。どうせ半分ぐらいしかコパーメント使ってなかったですしね。」


「あ、はい。よろしくお願いします。」


 取り敢えずこれで問題は解決かな?なら、学園に着くまでまた、もう一眠りしようかな。


「あの…少しお話しませんか?私、他の人とお話するの好きなんです。」


 少女は遠慮がちに提案した。


 人と話すのは、好き嫌いどうこうの前に、苦手ななんだよなぁ。まあ、気まずいし、仕方ないか。


 寝ている体勢から起き上がって、少女と話せるように向かいあう。


「どんなことを話せばいいんですか?イマイチよくわからないんですけど。」


 すこし言い方がキツかったかもしれないけど、他に言い方が思いつかなかった。


「あ…敬語じゃない方がいいです。えっと…どこの国から来たとか、何が趣味かとか、そんな日常の世間話で大丈夫です。」


 やっぱり、怖がらせてたみたいだ。ちょっと申し訳ないな。


「わかりました。じゃあこんな感じで、その2つだとどっちも答えづらいんだけどどうすればいい?」


 取り敢えず、答えづらいっていう答えは返したし、それで会話諦めてくれないかな。


「な、なら私の質問に答えてください。ちょっと立場が上みたいな言い方ですみません」


 どうやっても会話を続けたいらしい。そんなに会話したいのか…


「答えられるやつなら答える。答えたくない質問を答える理由がないからな。それでいいならどうぞ?」


「そうですか!えーと…えっと…」


 少女は嬉しそうに質問の内容を考え始める。


 そんな会話出来るのが嬉しいのか、よくわかんない感覚だな。と思いながら質問を待つ。


「私はリーチャって言います。貴方は?」


 名前か、普通なら会って最初に聞くもんな


「ロアだ。」


「ロアさんって言うんですか。じゃあロアさん、貴方はケヴィン王子と御兄弟なんですか?」


 今までの怯えていた小動物じみた態度とは打って変わって、その質問をした時の彼女の表情は、とても嗜虐的で愉しそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ