█怒哀█の世界
1980年、ある男が連続殺人事件を起こしたことがこの国の転機となりました......。
人々は考え、そして彼が好むサブカルチャーにこそ、その殺人の原因があるとしました。
人々は恐怖という病にとりつかれ、サブカルチャーを攻撃し始めました。そしてきたる1990年、ついに政府がサブカルチャーを全面的に禁止する法律を施行したのです。
それが娯楽物禁止法
それから70年経った今。2060年。
娯楽禁止法が執行されてから70年という月日が流れ。
今や日本人の中で娯楽を知る者は限られるようになりました。
楽しみという感情や日本の文化など、様々なものを失った今、日本の人々はどう生きるのでしょうか
今となっては娯楽というものを知る人は日本から失われ、1990年代を生きたごく一部の人しか娯楽を知らない。
私もいつか、感情の1つを失ってしまうのかもしれません――――
授業中に窓を眺めながら何かを考えるのは高校生っぽいと俺は勝手に思っている。
高一からこんなことやってたら先生から怒られそうだが、先生は「やる気のある時は頑張って勉強しろ。無いときにやっても身につかないからな」と常々言っているので、勉強に関しては関しては何も怒られない。授業態度の成績は落ちるだろうが、テストの点で挽回しよう。
さて、今は日本史の授業中。日本の文化について学んでいる。
遠い昔から近代まで。様々な文化を継承してきた日本。
その文化の殆どは約70年前に失われた。
70年前には存在した文化を、今日本で継承している人は数少ない。
理由を学校で習う事は無かったが、今は亡き祖父が教えてくれたので僕は知っている。
祖父は昔このオタク文化とやらが好きだったらしい。
この話を聞かされたとき、俺は祖父への尊敬のまなざしを犯罪者予備軍か何かに対して向ける瞳に変えてしまいそうだった。
でも、「儂は純粋な気持ちで███や███、███を読んでいた......って言っても務夢には分からんか......」
と祖父が笑顔で懐かしそうに、けれども瞳は悲しそうな眼をして話してくれた。
俺が知らない単語もあったので、詳しくは覚えてないが、あの祖父の顔は忘れられない。
授業中、教室のドアがノックされた。日本史の教師(俺達の担任)、加賀先生がそれに気が付き、扉へ向かう。
扉の先には学年主任の竹原先生が居た。
何かを話しているようだが、俺のところまで聞こえない。
話が終わったのか教卓の前に戻ってくる。そして、言葉を放つ。
「授業の途中で唐突だが、このクラスに転校生が来る。来い、有栖」
前の扉から女の子が入ってくる。
黒髪ショートカットで、左目は辛うじて見えるが、長い前髪により左目が隠れている。
暗そうなオーラを醸し出している。
「有栖、みんなに自己紹介を」
「......日向有栖です。......よろしく?」
「もっという事は無いのか......まぁいい。有栖は…務夢の横の席に行け」
突然名前が呼ばれたことに、一瞬体が強張った。が、よくよく考えてみれば隣の席が空いているのは俺くらいなもので、それが自然の成り行きかなどと妙に納得してしまった。
そんな一瞬の感情の変化を、どう勘違いしたのか竹原先生が目敏く指摘してきた。
「なんだ? 不満か?」
「いえ、そういうわけでは」
「じゃあいいな。あそうだ、有栖の教科書がまだ届いてないから見せてやってくれ。よろしくな」
あ、はい。
先生とこんなやりとりをしてる間にも、彼女――有栖だっけ?――が俺の隣の席近くまで来ていた。
学校終了のチャイムが校舎に響き渡る。
結局、席がとなりだった彼女とも、このチャイムが鳴るまで会話を交わすことなく終わった。
転校生といえば転校初日に囲まれクラスの注目を集めるのが普通だと聞く。
だが、暗い印象のせいか彼女の周りに一切人は集まってこなかった。
チャイムを聞くや否や早足で教室を出ていく彼女を不審に思った。
まぁ俺には関係ないことか。
そう思いながら俺も教室をあとにした――――
下駄箱につくと、下駄箱で靴を履き替える彼女がいた。彼女は足早に昇降口を去る。
俺もなんとなく急いで靴を履き替え、学校から出た。
俺の先を歩く彼女。
家が同じ方向なのだろうか。
噂では海外からの留学だと聞いたので、親戚の家が俺の家と近所なのかもしれないな0。
田んぼに囲まれた道。周りには何も無い。
ここを歩いてるのは俺と彼女くらいか。
時折こちらをチラチラ振り返る彼女の後ろをただ歩く。
ストーカーとでも思われてるのだろうか。
もしそうだとしたら、彼女は先生に俺の事を何というのだろうか。
早く誤解を解いてしまいたい。
次振り返ったら声をかけてみよう。
誤解なら早く解きたいという気持ちのせいで彼女が振り返るのを今か今かと待っていた。
振り返るタイミングを待っていた俺は一秒一秒が長く感じた。
何秒経ったときだろうか。彼女がこちらに振り返った。
「さっきからコッチをチラチラ見てるけどどうしたの?」
そう語り掛け乍ら距離を詰める
「っ!?」
彼女は戸惑うようにキョロキョロ視線を泳がす。
「えっ......あ、そのぉ......」
「俺の顔になにかついてる?」
「いえ......そういう訳じゃ......ただ......」
「ただ?」
「ただ『だから私はTrue End』っていうライトノベルに登場する新道くんに、似ていた、から......」
「『だから私はTrue End』? 新道? 言っていることがよく分からないんだけど......」
「『だから私はTrue End』を御存じでない!? ふはは君は人生の三分の二を無駄にしている! まず主人公の平野幸ちゃんがかわいいの! もう尊い! 天使だよ! いや、女神か!」
「ちょまっ、何を言って......」
なにかのスイッチが入ったかのように早口で語る彼女。俺の言葉は届いていないのだろうか。ひとりの世界に入りきってしまってるみたいだ。それを語る彼女の瞳は輝いていて、とても美しい。
「それでね! ヒーローの新道 真琴くんがまたイケメンでイケメンで! もう惚れちゃいそうだよ! まぁ事実惚れてるって言うのは内緒ね! 綺麗な黒髪、優しい瞳、ふっくらとした綺麗な唇! もう最高だよ! 君も1度読んでみるといいよ!......」
「......」
数秒間の沈黙。
彼女の顔が真っ赤になる。
「あっ......えっ......と......」
彼女は言葉を探すように目を泳がす。
「今のは忘れて......欲しいな?」
上目遣いでこちらを見てくる彼女。
前髪が横にはだけ、露わになった両目に自然と視線が吸い付けられる。
なんとなくで接していたため、彼女をじっくりと見るのはこれが初めてだった。
片目を隠している時にあった暗い印象が、この時には完全に真逆の存在に見えた。
その目は照り付ける太陽を反射して眩しく見えるようだった。
純粋で、潔癖な、そして清純な印象が。彼女からは感じることのないだろうと奥底で決めつけていた感情が溢れる。
俺は、その姿を見て、胸の高鳴りを覚えた。
一応廃れても青春真っ最中である俺は、それが恋だという事を、真っ先に悟ったのであった。
ただ、この出会いが、あんな悲劇を生むなんて、この時の俺達は知る由もないのだ。




