Fランク冒険者のモンスター飯
魔物とは、人に仇なす存在である。
獰猛で、人を憎み、見境なく暴れまわる凶獣だ。
そんな魔物を、狩る者達がいる。
彼らの名は冒険者。
世界中を駆け回り、魔物を狩る傭兵だ。
ヴェルゼ山、下層。
複数の魔物が生息するこの山にも、冒険者達が訪れていた。
中層で繁殖していた魔物を討伐し、彼らは麓を目指して下山を行っていた。
「なんで下層にこんなのがいるんだよ!」
そんな彼らの前に、一匹の魔物の姿があった。
ソレは、全身に真紅の鱗を纏っていた。
背から生えた二対の翼が大気を揺らし、腰から伸びた長い尾が鞭のように大地を叩く。
長い首の先には、蜥蜴に似た巨大な頭部が鎮座していた。
『――――』
巨龍が吼え猛る。
名を赤龍。
魔物の王と畏怖される、龍種だ。
その赤龍の橙色の瞳には、慌てふためく人間達の姿が映っていた。
この場にいるのは、ようやく一人前と認められたCランク冒険者がほとんどだ。
龍種はAランク以上の冒険者ですら、気を抜けばあっさりと殺される程の危険度を誇る。
Cランク程度では到底太刀打ちできる相手ではない。
逃走を図ろうにも、麓へと繋がる道は赤龍の巨体によって塞がれている。
そして、龍種の移動速度は優に人間のそれを上回る。
絶望的な状況に、冒険者達は恐慌状態に陥っていた。
盾を構えた壁役達が前に出るも、赤い尾の一振りで紙のように宙を舞った。
「走れッ! 逃げるしかねえ!」
戦うことを諦め、冒険者達は赤龍に背を向けて走り出す。
そんな中で二つ、赤龍に向かって歩を進める影があった。
「正気かお前ら!? 早く逃げろ!」
一人は腰に長い剣を差した、くたびれた三十代の男。
もうひとりは、ローブを目深に被った小柄な少女だ。
どちらも、荷物持ちとしてパーティに加えられた最低ランクのFランク冒険者だ。
赤龍は2人を睥睨し、不快げに喉を鳴らした。
筋肉で膨れ上がった前脚を高く掲げ、苛立ちのまま振り下ろす。
指先から生える五本の爪は鎧すら引き裂く鋭利な刃――分かり切った結末に、逃げ遅れた冒険者が目を覆った直後だった。
「今日の夕餉は、こいつのステーキだな」
この場にそぐわぬ、軽い声を耳にした。
刹那、重い金属音が鳴り響く。
衝撃に大地が陥没し、木々が激しく葉を揺らした。
冒険者達は驚愕に目を見開いた。
男は、赤龍の爪を剣で受け止めていた。
赤龍が腕に力を込めるも、男を押し切ることができない。
「ユミーナ、頼む」
「お任せください、師匠!」
その時、ローブの少女が動いた。
両手を掲げ、魔術を行使する。
放たれたのは、赤龍の顔と同程度のサイズの氷の礫だった。
氷弾に顔面を痛打され、赤龍が体を大きく仰け反らせる。
前脚に込めていた力が、抜けた直後。
男の姿が掻き消えた。
立ち尽くしていた冒険者達は、赤龍の体の駆け上がる男の姿を見た。
「じゃあな」
小さく呟き、男は剣を振るった。
長い首が切断され、落ちた頭部がダンと大地を揺らす。
巨体が傾ぎ、ゆっくりと地面に倒れていった。
着地した男に駆け寄り、興奮の面持ちでローブの少女は言った。
「お疲れ様です。流石師匠、鮮やかな手前でした」
◆
「お前ら、本当にFランク冒険者なのか……?」
赤龍との戦闘が終わり、怪我人の救護を行った後。
冒険者のリーダーが、恐る恐る主人公に尋ねた。
「ああ。ただのしがないFランク冒険者だよ。毎日、食うのにも一苦労してるくらいだ」
「前なんて、食べるモノがなくて、変な木の実を食べてお腹を壊していたくらいです」
「余計なことは言わんでも良い」
ローブの少女を叩いた後、男はギルドカードを懐から取り出した。
そこには、『ギレン・フォートナイト』という名と、Fランクであることを示す模様が刻まれていた。
冒険者はひとまず納得し、再度男に礼を言った。
「何はともあれ、助かったのはあんたたちのお陰だ。赤龍の討伐報酬も、部位も全部二人で受け取ってくれ。何なら、牙や爪の取り外しも手伝うぞ」
龍種の肉体は、非常に貴重だ。
頑強な鱗は鎧の素材に、牙や骨は剣など、様々な武器の材料に使われている。
冒険者組合に持ち帰れば、高値で買い取ってもらえるだろう。
「いや、それはいらん。腹の足しにならんからな」
「は……?」
高価な素材を前に、男は言った。
「肉を貰おう。血抜きを手伝ってくれ」
◆
その小屋には、肉の焼ける匂いが漂っていた。
燃え上がる焚き火の上に、大きな鉄板が設置されている。
焚き火によって熱せられた鉄板には、薄い桃色の肉が置かれていた。
「まさか龍が出てくるとはな。流石にびびったぜ。まあ、良い肉が手に入ったと思えば。骨にヒビを入れた甲斐があるってもんだ」
そう呟きながら肉に火を通すのは、Fランク冒険者――ギレンだ。
その横で少女――ユミーナがジッと肉が焼ける様子を凝視している。
先ほどまで被っていたローブは脱がれ、ユミーナは素顔を晒していた。
艷やかな金色の髪に、頭部にピンと生えた狐耳が興味部下そうに揺れている。
腰には、もふもふとした狐の尻尾が生えていた。
人狐種と呼ばれる、亜人の一種だ。
「山では全然ご飯になりそうなモノ、手に入りませんでしたもんね」
二人が今日の依頼に参加したのは、夕食の食材探しのためだ。
魔物が生息する危険地域は立ち入り禁止となっており、破れば重い罰則がくだされる。
例外として、冒険者組合の承認を受ければ、立ち入りが許可される。
要するに、二人は依頼にかこつけて、危険区域に食材を探しに来ていたのだ。
「でも、龍種の肉なんて初めて食べます……」
二人の目の前で焼かれているのは、先ほど討伐した赤龍の肉だ。
冒険者達に血抜きを手伝ってもらい、ユミーナの魔術で冷やしながら小屋まで運んできた。
流石に全部は持ち帰れなかったので、いくつかの部位に分けて持ってきた。
今焼いているのは、最も美味とされる赤龍の『ヒレ』の部分だ。
「ああ……どんな味がするんでしょう。待ちきれないです、師匠……」
「あと少しで焼けるから待ってろ。あと師匠って呼ぶな」
「はい、師匠!」
軽口を叩きながら、ギレンはじっくりと肉の芯まで火が通るように焼いていく。
小屋の中に、モクモクと煙が充満していく。
肉が焼ける様子を、ユミーナは涎を垂らさんばかりの表情で見つめていた。
「よし、そろそろだ」
頃合いを見計らい、ギレンは肉に茶色の液体を振り掛けた。
液体が鉄板に触れた瞬間、ジュッと音が鳴る。
次第に、香ばしい匂いが小屋に充満していく。
「良い匂い……」
ギレンが掛けたのは、すりおろしたにんにくに、みりん、砂糖、東の方から仕入れた醤油という液体を合わせ、煮詰めた手製のガーリックソースだ。
「赤龍の肉はちょっと癖があるからな。そのまま塩胡椒で食べるのも悪くないが、俺はこのソースを掛けて食べるのが一番好きだ」
それから、ギレンは手際よくステーキを切り分けていく。
こげ茶色の断面からは、輝かんばかりの肉汁が滴っている。
仕上げに、にんにくを薄くスライスし、揚げたガーリックチップスをまぶした。
「よし。赤龍のガーリックステーキの完成だ」
「わー!」
「早速食うか。いただきます」
「いただきます」
手を合わせた後、二人はステーキに手を伸ばした。
フォークを突き刺した瞬間、ジワリと肉汁が溢れ出す。
目を輝かせながら、ユリーナはステーキを口へ運んだ。
「美味しい……」
牛とも豚とも違う、不思議な味と食感。
少し癖があるが、ガーリックソースが良い具合に中和してくれている。
ガーリックチップスのパリパリとした食感も良いアクセントだ。
「美味しいです、師匠! 龍種って美味しいんですね!」
「ああ、この味を知らない奴は人生を損してるな。今回は手間の問題でステーキにしたけど、シチューに入れたり、唐揚げにして食っても最高だな。まだ肉は余ってるし、明日やってみるか」
目を輝かせるユミーナに苦笑しながら、ギレンは思い出したように言った。
「あと、魚龍みたいな水の中に生息してる龍も、身が引き締まってて美味いぞ。唐揚げはもちろん。刺身にするとコリコリとした食感がたまらない」
「……全部食べてみたいです、師匠」
「今度、魚龍に会えそうな依頼探してみるか。あと、師匠って呼ぶな」
「はい! 是非行きましょう、師匠!」
それから数分で、二人はそれぞれのステーキを平らげてしまった。
「ごちそうさまでした」
二人で手を合わせ、一息付く。
口元を脂で光らせて、幸せそうに耳と尻尾を揺らすユリーナを見て、ギレンも頬を緩めた。
――魔物とは、人に仇なす存在だ。
討たれた魔物の体のは様々な用途に利用される。
しかし、食用とされる魔物はほとんどいない。
災厄をもたらすとされる存在を、食べようと考える者が少ないからだ。
故に、ギレン・フォートナイトは人々に異端の存在として見られている。
金銭目的ではなく、素材が目当てでもない。
狩りを楽しんでいる風でもない、この男の目的はただ一つ。
魔物から採取できる、食材だ。
魔物を喰らうギレンを、人々はこう呼んだ。
――悪食、と。
これは、Fランク冒険者の魔物美食譚である。




