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世界を喰らう魔法喰者《マジックイーター》

 ――これは、そう。かつて、その魔法という奇蹟に触れる事すら許されなかった小さき弱く哀れな少年が、世界を覆すような物語。


 絢爛豪華、かつて贅の限りを尽くし建城されたラーナリア王国、王城の、そのまた最奥の玉座の間にて。

 少女の前に立つ一人の紅い瞳の男に、兵士を盾にした玉座の王は、怒りを露わに声を荒げる。

 男の背中は血塗られ、四肢は歴戦の近衛兵の槍から生まれた光の鞭に捕らえられている。


「き、貴様! 自分が何をしようとしているのか分かっているのか!?」


 恰幅の半狂乱の王の声はよく響く。

 豪奢なシャンデリアと、その煌びやかな光に映えたレッドカーペットに、王と、その王国を象徴していた自慢の玉座の間。今やその間の原型はなく、荒廃とした、嵐が吹き抜けた後のような惨状だ。


 男は叫ぶ。王にではなく少女に。


「お前は! どうしたい!?!?」


 力の限りの叫声に、甲冑の兵士が後ずさる。

 男の後ろで、へたり込んでしまった少女の唇が、繊美な金糸の睫毛が震えて、弱弱しい声が応じた。


「私は……王国に嫁ぐための……そうするためだけの、モノ、だから……」


 俯いたままの自分に言い聞かせるような声根。


「違う! そうじゃねぇ! 今のお前がどうしたい!? 家や、国なんてどうでもいい! どこからでも連れ出してやる!!」


 すぅ、っと息を吸い込んで更に振り絞って叫ぶ。


「お前は!! リーナス・エイゼリットがどうしたいか聞いている!!!!」


 その声に、少女の胸に当てた両手に力がこもる。頑なに、自分という存在を否定してきた彼女。

 

「ええい、何をしている! 何故、奴の手足は千切れん!! 足りぬなら追撃を放て!!」


 狂乱の王は、口から泡を吹きだす怒りで命令を出す。


「し、しかし、あの男は……」

「私に逆らうというのか!? アレが少し傷つく程度、私が許す! この私が!! やれと言っているが分からんのか!?!?」

「ハッ!!」

 

 王の声に、がっ、と男の膂力に、王直属の歴戦の近衛兵の力が襲い掛かる。食い込んだ棘から、鮮血が噴き出し、リーナスの視界を紅く染め上げる。


「もう……もう……やめ、てよ…………」


 今にも涙の零れそうな大きな翡翠の瞳が、確かにその背中を見つめていた。

 光の鞭に棘が付いた、大木をも千切る威力と知られる王宮近衛兵の魔法、拘束の棘鞭(バインド・トーン)。それを受け切る男。聳え立つ城壁のように、滾る男が少女の前に立ちはだかる。


「リーナス!!!」


 もう一度、男が心からその名を叫ぶ。

 創られた人生の中で、少女、リーナスは世界を知り、仲間というものを知ったから。冒険の中で輝く瞳は紛れもなく楽しそうだったから。


「ええい! とっととヤツを仕留めんか!」

「もう一度聞く!! お前は!!!」


 男は、歯を軋ませ、耐えて。

 地面が割れるほどに踏み込んで、耐えて。

 一瞬の静寂の中、男は、少女に問いかける。


「もう一度!! 俺たちたちと冒険に行きたいか!?!?」


 その言葉は、その問いは、少女に、リーナスに、自由になっていいのだろうかと、自分として生きていいのだろうかと、希望たりえるには十分だっただろうか。

 少女の口元が、どうにか言葉を出そうと震える。


「男を倒せんなら、殺しても構わん! あの女だけでも奪い返せ!!」


 王の指示に、男の拘束を緩めた数名の兵士が動き出す。


「私も、……私も、……あなたのっ、ギルド(仲間)に……入れて……欲しいっ」


 ぽとり、と小さな雫が零れるような、ただ、世界で最も切なる小さな想いが紡がれる。

 ただ、その言葉と同時に、

 

拘束の棘鞭(バインド・トーン)


 リーナスへの射線を手に入れた兵士の一糸乱れぬ詠唱が飛んだ。


 リーナスの景色がゆっくりと流れていく。

 自分を目掛けて飛んでくる光の鞭。

 とてもじゃないが、今の自分に王宮近衛兵の魔法を凌ぐ準備はない。

 流石の彼も、拘束されては間に合わないだろう。


 ――ああ、また。もう少し早く、言えればよかったな。


 そんな後悔がリーナスの頭の中を埋め尽くしていく。

 覚悟に、目を閉じて少しだけ。

 生きているということの、仲間がいるということの希望を教えてくれた彼の冒険者ギルドの温かさを想いながら。


 ――でも、やっぱり。ああ、せめて。もう少しだけ。


 最後に初めて祈れた気がして。

 だけど、想像したはずの痛みも、最後も、一向にやって来なくて。


「よく言った。リーナス」


 その代わりに。一身に攻撃を受けて、背中越しに、少し楽しそうに笑う彼がいた。


「さあ! まずは帰るぞ!!!」


 腕に巻き付いた光の棘の鞭を掴んだ男は、獲物を前にした獣のように少し獰猛な笑みを浮かべ、そして、その魔法を自らの口へ運ぶ。

 むしゃり、むしゃりと噛み千切るように喰らっていく。

 魔法は解かれていき、魔の奇蹟を喰らうという、冗談でも止めて欲しい光景を前に兵士の間に一気に動揺が走る。


「ま、魔法喰者(マジックイーター)


 騒然とした中、誰かが呼んだその名は。

 かつて、神も魔獣も跋扈した大戦において、人の身でありながら同等に渡り合ったと謳われる力。

 その力は、神が創造した原始の魔法でさえ喰らったという。

 して、(いにしえ)の魔法の中でも、その継承者は居なくなったと云われていたはずの、その魔法の一つ。

 それが今、目前で敵意を剥き出しにしているという事実に。畏怖に震える兵士の甲冑の怯えて擦れる金属音が、徐々に伝染していく。


「くそっ! 何でもいい! いくら奴でも包囲して同時に浴びせれば喰い切れんはずだ!! 囲め、囲め!!!」


 先頭に立つ戦士長らしき男が、抜刀した長剣を地面に打ち付け、その唸るような低い声で兵士を駆り立ていく。流石は王国が誇る近衛兵。恐怖に対する復帰も強く。動ける兵士から順に男を取り囲んでいく。


「王命において貴殿らに命ず! 反逆者に対し、王の審判(ホーリー・ジャッジ)以て、厳然たる罰を与えよ!!」


 ぐっ、と兵士たちの喉が音を鳴らす。

 対国の抑止の魔法。王国最大級の魔法の名を前にリーナスの美しい声が掠れながら悲痛な声を上げる。

 

「逃げてっ! 逃げてっ!! あの魔法は、あなたでも無理よ!」

「……大丈夫だリーナス」

「いいえ、いいえ! 貴方は何も、何も分かってないわ! お願いよ、……逃げて」


 男の瞳に燃え盛る雄志は、笑みの下に、微塵も揺らぐこともなく王を射抜く。


 ――なぜ、笑っていられる? 我が国を、敵に回すのだぞ?


 そんな王の心境をあざ笑うような威風があの男からは吹き荒れていた。


「我が王よ!」「「我が王よ!!」「我等が王国よ!」「「我らが王国よ!!」」


 男を取り囲んだ兵士たちが、槍を地面に打ち付けながら詠唱を紡ぐ。


「……っ、祖国に仇名す反逆者に罰を与えたまえ! 王の審判(ホーリー・ジャッジ)!!」


 王の宣言。

 兵士が天に掲げた槍から、轟然と光が天に伸びる。

 光焔と雷鳴と、幾重の軌跡が聖なる光と共に折り重なって降り注ぐ。ただ、ただ。


 ――ああ、世界よ。何故、我らにだけ、このような試練をお与えになる? ああ、どうして。


 どうして、と王は心の中で強く嘆く。

 悲嘆に歪む王の視界に映るのは、聖なる光に消えた男なんかではなく。

 風に靡く男の黒髪は鬣のように揺れて。ただ、大魔法の先にあるのは王国の光ではなく、深く深く深淵のような夜空を模した闇。


「まったく、まったく。人というのは愚かしい。して、我が主人も精霊づかいが相も変わらず、非情で横暴と見える」


 美麗に宿る星々を散りばめた闇は喋り出す。


「いや、……わりぃな」

「うむ。なに、責めているわけでもあるまいて。むしろこのような大魔法に触れられるとは、まっこと、飽きのない男だな、と寧ろ高揚しているところよ」


 大魔法の着弾点にて、巨躯の闇の猫がぐるぐると廻って踊れば、光の柱は小さな球体へと姿を変える。

 そんなはずはないと、幻惑のような不可解な光景の畏怖に震えながら、王は辛うじて声を絞り出す。


「い、一体貴様どこの国の者だ。皇国か、いや、その魔法の極地、魔導国のものか! そのような女の命一つ、何故、何故! 欲する!?」


 ああ、そういえば、と王国の聖なる光を片手に喰いちぎりながら、リーナスの手を取り、男が応じる。

 闇の猫の四肢が一回り大きくなれば、男とリーナスの周囲に降り立つ幾つもの気配。

 男は叫ぶ。


「我が名はグイナ! ギルド、幻蝶の故郷……此処で言えば、冒険者、だったか……」

「たかが探求者崩れか!? しかし、しかし、そのような名のギルドは……っ」


 今はまだ、誰も知らぬその名を。

 やがて大陸全土に轟かせるその名を。

 高らかに告げる。どこまでも傲慢で、ただ、愛に溢れる言葉を。


「聞け王国よ、王よ! この場においてリーナス・エイゼリットは我らがギルドの庇護下にあると知れ! 例え王国であろうと我らが全霊を以て……なっ!?」


 どすっ、と場違いな程間抜けな肉を穿つ音が男の布告を遮り王が崩れ落ちる。


「ぐっ、貴様……っ!」

「ああ、ああそれじゃあ困るんですよぉ、その女はぁ!!」

「お前はっ!!」


 王の背後から悪辣に笑みを歪ませた男が姿を現す。地を雷鳴の如く轟かせ跳び出したグイナと、王を背後から刺し穿った男の拳がぶつかり、世界が揺れる。

 気付けば確実な悪意を滲ませた集団が辺りに降り立っていた。奴らには少女の救出劇ですら、哀れな茶番でしかなかったというのか。

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