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婚約破棄から始まる冒険譚

「あなたとの婚約は解消するわ。さよなら」


 ほっそりとした指に嵌っていた小さな石のついた指輪を引き抜いて、ショーメは俺の手に押し付けてきた。硬い指輪の感触とショーメの発言に頭が殴られたような衝撃が走る。


「えっ。俺たち、うまく行ってたよね? もう十日もしたら結婚式だし、そんな、冗談なんて」

「冗談だと思う?」


 ぎろりと睨みつけられて、言葉が途切れた。思えば、幼い頃から一緒に走り回って遊んでいた。学校の机も隣同士で、登下校も一緒で。いつの間にか彼女を好きになってた。


「な、なんで」

「なんでですって!?」


 綺麗に巻いた髪を振り立たせて、ショーメはびしっと俺に指を指した。ち、近い近い! ほっそりとした指先の爪は綺麗に磨かれているが、爪が目に刺さりそうで怖い! なのでそっとその手を自分の顔から逸らす。


「こないだのデートの時も、その前もその前も。あんたの取り巻きがデートの邪魔をしまくってくれたわよね」

「取り巻きだなんて、そんな。ロン達はたまたまそこに居ただけじゃないか」

「たまたま、ですってぇ!? そんな毎回毎回デートの行き先でそんっなにかち合うものかしら!? 博物館も植物園も美術館も! 遊園地にだって居たわよ、あの人たち!」


 この町は近くに大きな都市があるおかげで、街道沿いでしかも交通の便がいい。行こうと思えば日帰りで各地へ遊びに行けてしまう。


「偶然だろ? 休日になればみんなどこかへ出かけるじゃないか」

「……へぇ。なら、私の誕生日に見に行った花火大会。そこの宿であの連中、全員居たわよね。あれも偶然なの?」


 うつむいたショーメから地の底から這い出たようなおどろおどろしい声が聞こえる。それにビビッて声が震えないように、できるだけ明るい声を出す。婚約を続行したい。結婚式まであと十日なんだ。


「ぐ、偶然だろ? たまたまみんな花火大会を見に旅行に来てたんだよ」

「……へえええぇぇぇぇええええ。あなたの隣に座っていた私を押しのけてあんたにお菓子とかお酒とか色々貢いでたじゃない? あんた男なのにさあ」

「ロン達はいつもああじゃないか。親切なんだよ」

「……そのお友達がね、あんたと私が座ってるとこに割り込んできた時に私になんて言ったか、覚えてる?」

「え? あの時は花火の音も大きかったし、ロン達がやたら話しかけてきてそれは聞き取れてなくて。何か言われたの?」

「ええ」

「ごめんね、注意しておくから。なんて言われたのか教えてくれる?」


 そう言うと、がばっと顔をあげて俺のシャツの胸もとを両手で握りしめてきた。首元が締まって苦しい!


「シ、ショーメ、ちょっと手を緩めてくれないか」


 けほけほと咳き込みながら思わず言うと、その美貌をくしゃりと歪めて泣き出した。


「あいつら、私にあんたと婚約やめろって言ってきたの。あんたに私はふさわしくないんだって。ずっとずっと嫌がらせされてるの我慢してた。あんたの友達だからって。でも、どうしてそこまで言われなきゃならないの!? 私たち婚約したのに! 結婚するって決めたのに! 相談しようとしてもあんたってばちっとも聞いてくれやしない。私たち家族になるんじゃなかったの!?」


 町の小さな広場でショーメは泣き始めてしまった。このままではみんなの視線を集めてしまうし恥ずかしい。とりあえず人目の付かないところに連れて行こう。そして婚約破棄だけは回避しないと。彼女の父親は町長だ。職場では毎日顔を合わせるのだから、今更婚約破棄だなんて都合が悪い。


「ショーメ、目を冷やしに井戸に行こう。きっと誤解だよ。ロン達はみんな友達なんだ。この結婚だって祝福してくれてる。家族になろう」


 ばっしーん! と小気味良い音がして、頬に衝撃と熱が灯る。その後に痛みが来た。


「ショーメ?」

「もういい。わかった。あんたとは結婚できない! 婚約はお断りよ! ロン達と仲良くやってればいいんだわ、もう私の前に現れないで! さよなら!」


 一方的にまくし立てられてショーメは長いスカートをむんずと掴むと、走り去っていった。後に残ったのは右の頬に真っ赤な手形を残した俺は、呆然とそれを見送るしかなかった。失意のどん底にいた俺を友人たちはよく支えてくれたが、あれだけの騒ぎを起こしなおかつ町長の娘であるショーメを泣かせたと言うことは、あっと言う間に小さな町に広まってしまった。


 町長の自宅傍の役場で仕事をしてるから、時たまショーメを見かける。そして同じ室内には義理の父になるはずだった町長と結婚式に出席するはずだった職場の同僚たち。腫れ物に触るような扱いにいたたまれず、退職願いを出すのも時間の問題だった。


「ライ! 行かないでくれ!」

「そうだよ、何も出ていくことはないじゃないか」

「ごめんよ。みんな。もう決めたんだ。どこか別の町でやり直したいんだ。今までありがとう」


 準備を整えていよいよ出発と言う日の朝。見送りに来た友人たちの一人一人の顔を見て、挨拶を交わしていく。泣くなよ。涙が出てくるじゃないか。すんっとはなを啜る。そこで、ひとりだけうつむいていたロンが顔をあげた。何かを決心したのか、俺の手をそっと両手で包むように握り、片膝を突いた。


「ライ」

「ロン。ありがたいけど、決めたんだ」

「俺と結婚してくれないか」


 ナニ言ってんだコイツ。


 俺を見上げるようにしながらいきなり頓狂なことを言い出して、何か悪いものにでもあたったのかと訝しんでいたら、それまで泣いていた友人たちも口々に同じことを言い始めた。


「ちょっと待ってくれ! ショーメとの婚約もダメになったばかりだし、もうこの町から出ていくって決めたんだ。それに俺は男だぞ」

「そんなことはどうでもいい」


 どうでもよくない。ロンの瞳孔が開いてる。怖い。おかしな薬でも飲んでないだろうな。


「ライ、愛してる」


 は? と思う間もなく、視界いっぱいにロンの顔が大写しになりそして唇に温かな感触が触れた途端、俺は思いっきりこぶしをロンのあごを殴り飛ばしていた。ずぅん、とその筋肉美を誇る肉体が地面に崩れ落ちる。その場に居た友人だと思っていた人間のひとりひとりの顔を見る。その目に光るどこかピンク色のハートマークが見えた。お前ら、ずっと俺をそういう目で見てやがったのか。そしてくるりと背を向けると、すたすたと歩きだした。二度とこの町には戻らない。永遠にだ!


 そう。たった三か月前の話だ。あの時永遠の別れだと思って町を出た。今は、あそこからはるか北の街で、ギルドの事務員をしつつ傭兵もやっている。たまに依頼を受けてこなす。先日入ったばかりのパーティは構成員の半分が女性で、胸をときめかせていたんだが妹か何かのように扱われた。正真正銘の男ですが何か。フリルとレースでびらびらのドレスを着せられそうになって、さすがにそこは抜けた。まだ男を捨てる勇気はない。


 そして、一昨日ある依頼を受けることにした。とある貴族の依頼で、大きな箱を運ぶのを護衛するのがその依頼だ。黄金づくりで四方を天使が守り、中央に大きなサファイアが埋め込まれている。それを外側を木材で覆い、箱が動いて梱包材で傷つかないように固定して馬車で運ぶ。さすがに一人じゃ護衛は心もとないから、ギルドを通じてパーティメンバーを募集したら。


「よ、ライ」

「久しぶりね。ライ」


 軽甲と両手剣に身を固めたロンとマントと大きな帽子、それに身の丈ほどある大きな杖を持ったショーメが目の前に立っていた。かつて親友だと思っていた男と、結婚式の十日前に俺をフッた女。今更何の用だ。思わず半目になって両腕を組んだ。


「どういうつもりだ」


 なぜ遠く故郷から離れたこの北国の田舎町にこいつらがいるのか。しかも俺はこれから募集したパーティメンバー候補と会わなければならない。護衛の仕事は五日後に出発だ。色々と準備もあるし時間がない。


「どういうって……お前を追いかけてきたんだ」


 ロンはそう言ってにやけるが、俺はロンの気持ちに応えるつもりはさらさらない。ロンを無視して、ショーメを見る。相変わらず綺麗に巻かれた巻き毛に愛らしく整った顔立ち。アレさえなければ今頃彼女と幸せな家庭を持っていただろう。


「……あなたが出て行って後、領主さまの三男と婚約したんだけれど、うまくいかなくて縁談が壊れちゃったの。彼、逞しくてそこが素敵だなって思ったんだけれど、顔はあなたの方が良くて。耐えられなくて出てきちゃった☆」


 てへ、と舌を出して笑うが正直婚約中なら時めいた彼女の仕草も、今ではわざとらしさと嘘くささしか感じない。ふん、と鼻息を噴き出しくるりと背を向けてギルドのドアを開けて中に入る。


「おはようございます。パーティメンバーの応募が来たって聞いて」

「あら、おはよう。ライ。偶然ね、あなたの後ろに居る二人がそうよ」


 カウンターの向こうでにこやかに笑う癒し系美女の事務員がさらっとのたまう。思わず固まった俺の両肩からそれぞれに顔を覗かせ、二人とも口々に言い始める。


「三人でパーティ組むんで、手続きお願いします」

「はーい。リーダーはどなたが?」

「あ、俺がやります」


 一瞬の隙に主導権を握られ次々と決められていく。気が付いたら、依頼書を握りしめてギルドの前に立っていた。背中をぱん、と叩かれはっと意識が戻る。


「取り合えず飯食いながら打ち合わせだな」

「あったかい美味しいのが食べたいわ。ライ、案内してよ」

「積み荷の警備かあ。中身はなんだ?」


 仕事は仕事。けれどこいつらと組むのか?

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