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迷宮探索をしてみよう!

「身分証の提示をお願いします」


燦々と輝く太陽の下で、スケイルアーマーを身に纏った衛兵が少女に声をかける。


「はい……あの、大丈夫ですか?」


声をかけられた少女はと言うと、その装備のせいか汗だくな衛兵に声をかけ、身分証であるギルドカードと一緒に鞄から取り出した水を渡していた。

手渡された水を、地獄のような暑さから少しでも逃れるために、と一気に飲み干すと衛兵は


「ぷはっ、いやー、助かったよ。実は、水筒を忘れてきてしまって」


と、少しばかりの溜息と共に言う。

直後に自分の職務を思い出したのか、少女に渡されたギルドカードを魔道具に翳して問題がないことを確認する。


「うん、確かに確認したよ。このカードを出してこの街に入るって事は迷宮に?」


問いかけてはいるが、半ば確信を抱いている様子で問いかける衛兵。


「はい、そうです。ちょっと力試しに」


少女はにこやかに答えた。

実際、その佇まいからは相応の実力が伺える。

少女は、紛うこと無き強者であろう。


「うん、そうか。君なら大丈夫そうだね。それでは、改めて。ようこそ、世界最難関の迷宮のある地、ウィークスへ!」


衛兵は、一際大きく、そして明るい声で言った。

それに返事をする事なく歩み始めた少女は、しかし確りと会釈をしながら門を潜り、街の中へと入って行った。

己の仕事を果たすべく門の前に残った衛兵は


「あの子なら、何かを為せるかもしれないね」


と、一人静かに呟いた。


* * *


少女は、街の中心を通る大通りにある探索者ギルドの前に立っていた。

神殿と見紛わんばかりの出で立ちのその建物に、少女は憚る事なく入っていく。


「……よく来た、新たなる探索者」


入り口から進んでいくと大広間に、鋼の鎧の様な筋肉を纏い、その上で年老いた老獪さをも感じさせる一人の男が立っていた。


「俺はこの探索者ギルドの長。“ギルド長”とでも呼んでくれ」


静かに、それでいて威圧感の籠った口調で男は名乗った。


「わかりました。よろしくお願いします、ギルド長」


少女はその威容に気圧される事なく、ギルド長の言葉に肯定の意を示す。


「ここに来たという事は、迷宮に登りたいのだろう?“世界樹(イグドラシル)”に」


「はい」


少女は、真剣な面持ちでギルド長の問いに答えた。


「ふ、いい表情(カオ)だ。よかろう。お前、その背中のものからして〈妖刀〉だろう?」


ギルド長は、少女の二つ名を挙げて問いかける。


「えぇ、そうです」


「重畳。音に聞こえたその実力、世界樹であってもなんら不足はないだろう。試験は免除だ……と、行きたいところだがな。ついてこい」


「はい」


たどり着いたのは、よく整えられた庭園の中にある広場。

そこには、白く輝く金属で作られた騎士型の人型(ゴーレム)が佇んでいた。


「こいつを今から起動させる。戦闘力のテストだ。打ち倒してみろ」


ギルド長は人型の後ろに回り、刻まれた術式を起動させる。

人型の目に緑の光が宿った。


「こいつはミスリルでできた世界樹から出た人型の一つだ。これを倒せるのなら、うるさい奴も出て来ないはずだ」


人型は、腰に差した剣を抜き、少女に向けて構える。

その構えはある程度の訓練を積んでいる者よりも余程様になっている。


「なかなかやるみたいですね」


そう言う少女はというと、左構えで背中に背負うカタナの柄を右手で握り、左手を前に突き出すという一風変わった構えをとっていた。


「準備は良さそうだな……それでは、始め!」


一間置いて、互いに準備ができたと捉えたギルド長は、開始の合図を出す。

それと同時に、広場に一陣の風が吹いた。


「なっ!」


次の瞬間にギルド長が見たのは、|右手で背中のカタナの柄を握ったまま《・・・・・・・・・・・・・・・・・》、左手に“コダチ”と呼ばれる短いカタナを握っている少女と、その背後にある人型の残骸であった。


「……まさか、これほどとは」


ギルド長は、ゆっくりと胴体で両断された人型に向かって歩いていき、断面を指でするりと撫でた。


「切り口も美しい。しかも真芯を捉えて、まっすぐに切り払っている。何より、動きが見えなかった。素晴らしい……」


少しして少女に向き直ると、ギルド長は言った。


「〈妖刀〉の。お前の実力は素晴らしい。これなら世界樹でもある程度の結果を残せるだろう。世界樹と向き合うことでその実力をさらに高められるのなら、あるいは……」


そこで、何かに気づいた様に後ろを向くと、続けて言った。


「いや、今言っても詮なき事だ。時に、お前は防具を着けないと聞く。世界樹(ここ)はそう甘い所じゃない」


言いながら書いていたメモを少女に渡してさらにこう言った。

「“テーウム・アルムム”という武具屋で、これを店主に見せろ。それなりのもんを売って貰えるはずだ」


「あ、ありがとうござい、す?」


いきなり飛び飛びで進んだ話についていけず、困惑しきりの少女の様子を見ると、ギルド長はこう締めくくった。


「つまりだ。俺はお前の実力を認め、世界樹探索の許可を出した。ついでに防具を新調させるために武具屋を紹介した。以上だ」


「あっ、なるほど!ありがとうございます!」


理解を示し、ギルド長に頭を下げて礼をする少女は


「わかったなら、行け」


と、照れ隠しの様にいうギルド長の言葉に従い、紹介された武具屋に向かって歩いて行った。


立ち去って行った少女の背中を見ながら、ギルド長は独り言ちる。


「俺も、丸くなったか」


* * *


「あの、すいませーん」


それから暫しして、少女は“テーウム・アルムム”と書かれた看板のある、小さい武具屋の前にいた。

少女が声をかけてからほぼ間を置かずに、少女よりも幼く見える、端的にいうと幼女が出てきた。


「えーっと、ここの店主の方はいらっしゃいますか?」


と少女が問いかけると、


「あー、私が店主だよ?こんな形だけどね」


と、幼女が答えた。


「あ、えーっと?」


困惑しきりの少女の様子を見かねたのか、幼女が自己紹介をしだす。


「私の名前はフェイ。ドワーフで、この店の店主をやってる」


それを聞くと、少女はすぐに詫びる。


「あ、それは、本当にすみません!ドワーフの女性の方って見るの初めてで」


「いや、気にしなくてもいいよ。慣れてるからね。ところで、あなたはここにどんな用で来たの?」


幼女……改めフェイが、仕切り直しの様に少女に問いかけた。


「あ、そうだった……えっと、これを店主に見せる様に、とギルド長から」


そう言うと共に、少女は懐からギルド長に渡されたメモを取り出し、フェイに渡した。


「ギルド長が?……へぇ、面白いね。でも」


メモを読むと、フェイは表情を笑みに変えつつも眉を潜めるという器用なことをする。


「どうかしたんですか?」


その様子を見て、問いかける少女。


「うーん、実はね、素材の在庫が足りなくて。世界樹で取れる素材の中ではものすごく簡単なんだけど、やっぱり世界樹は世界樹だからねぇ」


と、ため息を吐きながらいうフェイ。


「あ、それなら、僕が行きましょうか?」


少女が軽い調子で提案すると


「う〜ん、確かに、それは妙案かもね。ギルド長がうちに紹介するほどの実力の持ち主みたいだし。あ、もちろんその分の報酬は出させてもらうから。お願いできないかな?」


フェイが少し申し訳なさそうにしながら頼む。


「世界樹には今日のうちに少し行っておきたいなーって思ってたので丁度良かったです」


それを、少女は簡単な理由を話しながら承諾した。


「本当にありがとね。それで、とってきて欲しいものなんだけど。ヴリオって名前の、えーっと……あったあった、この少し光った苔みたいな、これを瓶一つ分くらいお願いしたいんだよね。世界樹の、最初の階層の北東の奥に群生地があるから」


フェイは、お礼を言ってからわずかに残っていたと言う在庫を見せて、どこにあるかも伝える。


「わかりました、これだけ情報があったら十分です。では、行ってきますね」


よほど世界樹に入りたいらしく、慌ただしく去っていく少女を見送って、フェイは言った。


「う〜ん、いい娘だなー。これは、この縁をくれたギルド長(あいつ)にも例の一つはくれてやらないとね」


* * *


「お待ちください」


世界樹への出入りを管理するための門の前で、少女は衛兵に呼び止められる。


「〈妖刀〉様でいらっしゃいますか?」


少女の身許を問う質問に、少女は首肯する。


「あぁ、やはり。ギルド長より、連絡をいただいております。本日は一階層までにとどめておく様に、とのことです」


衛兵から伝えられたギルド長からの連絡は、フェイからの依頼の遂行には何ら支障のないものであったため素直に頷く。


「わかりました」


「それでは、お気をつけて。この先は、もう世界最難関の迷宮です」


「ありがとうございます」


その言葉を発してから、緊張した面持ちで世界樹へと向かっていく少女。

少女は、ゆっくりと、しかし確実に、世界樹にあいた暗闇に満ちた穴へと歩みを進めて行き......そして完全に見えなくなった。


* * *


「はっ、ここ……は……?」


ふと気がついた少女の目の前に広がったのは、あたり一面に“サクラ”と呼ばれる木の花が咲き誇り、微かな風で散った花びらが柔らかな桜色の雨を作る。

遠くには穏やかな川も見え、頭上からは鳥のさえずりまでもが聞こえてくる。

そんな、極めてのどかで、幻想的で、そして恐ろしい程に甘美な光景であった。

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