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ストーリー・イン・アナザーワールド〜異世界で物語の存在を呼び出して無双します〜

 四月の息吹を明確に感じる、香りと桜色に彩られた通学路。

 そんな春一色の道を歩く、一人の男子高校生がいた。黒縁のメガネをかけた、これといって特徴のない男だ。

 やがて学校へ着き、一番後の一番端っこの席に座った男は、机の中のものにふと気がついた。それは、新しい生徒証明証だった。


「そういえば、新学期になったから生徒証明証変えなきゃいけないんだったな」


 男は『小鳥遊優希』と表記されている証明証を財布の中に放り込んだ。それと同時に、チャイムが鳴り響く。

 優希はぼっーとしながら教室の扉を見る。

 ホームルームのチャイムが鳴ると同時に教室に入ってくる担任が今日は入ってこないのだ。

 にわかにクラスが騒がしくなってきた頃だった。

 なんともなしに優希が横を見ると、そこに先程までいたはずの女子生徒が居ない。

 何が起こっているのか、と前を向くと、ちょうど優希の前の席の男子が消えるところだった。


「どうなってんだよ……!」


 恐怖に駆られて見回すと、既にクラスの半分が姿を消していた。

 ふと、手に硬い感触が触れた。

 怖い時、寂しい時、いつだってそばにあった本だけが、優希に安心を与える。本をぎゅっと握ると、優希の中の恐怖は、少しだけ鳴りを潜めた。


「……ぁ」


――そして、時は訪れる。


 優希の体に不可思議な感触が走ると、次の瞬間には眩いばかりの光に包まれた。

 次に優希が目を開けた時に、その先にあったのは、豪華絢爛たる大広間のような場所だった。しかし、大広間と言うにはいかんせん人が多すぎるし、人の身なりもいい。

 疑りながらぐるりと見回す。

 そこは明らかに、玉座の間、あるいは謁見の間と呼ばれる場所であった。


「……いつから教室はファンタジックな王城になった――?!」


「そんなわけないだろ小鳥遊。……これは、状況的に呼ばれた、とかそういうやつじゃないか?」


 その可能性は高い、優希はそう思った。

 ……浮かぶ異世界召喚の可能性に、優希の脳内は今後の方策で埋め尽くされる。


(こういった物語はいくらかある。奴隷化とか、裏切りとか、ジャンルは様々だ……)


 優希の留まることない思考の連鎖は、周囲の喧騒をものともしない。


(奴隷化に際して警戒するべきなのは、遠隔操作できる魔法や道具だけど……)


「小鳥遊、頭を下げろ……!」


 そんな優希の意識を元の場所に戻したのは、クラスメイトの男だった。

 名前を荒木晴信という彼は、優希とは親しい仲の男だ。

 頭を地面スレスレまで押し付けられ、優希は抗議の声を上げようとする。しかし、声を上げる前に、優希の耳に、低い声が聞こえた。


「女王陛下のおなりだ。静粛に」


 玉座の方から聞こえる声は、日本語として優希の耳に響く。それを疑問に思いながらも――ついで響いた鈴を転がすような声に、疑問は上書きされるように追い払われた。


「――ようこそ『ガルディシア』へ、勇者の皆様方。頭をお上げください」


 女性の声のままに頭を上げる優希。そのまま視線は玉座の方へと向かい……息を呑んだ。

 まるで月のように美しい女性がそこにいた。

 金色の髪は、確かな滑らかさを持って、彼女の腰あたりまで伸びている。肌は白く滑らかだ。

 優希以外にも、クラスメイトの殆どが彼女に見惚れていた。


「私は、ベアトリーチェ・オルトランデ・ラ・アイシス。このアイシス王国の王女です。皆様方をここに呼んだのも、私でございます」


 微笑を浮かべるベアトリーチェに、数名の男子生徒が呼吸を浅くしてしまう。


「皆さんをここに呼んだのは他でもありません。魔王なる邪な存在を、皆様の手で振り払ってほしいのです」


「魔王……」


 誰かが、そう呟いた。言葉の響きの中に、恐怖とどこか興奮が混ざっているのに、優希は気がついた。


――この状況に心が浮ついているヤツがいる。


 気持ちはわからなくもない。優希も一人の男子であり、勇者などに憧れたことも一度や二度ではない。

 しかし、今その気持ちを昂らせるのはまずい。優希はそう思う。


「……おい、小鳥遊」


「なんだよ」


 荒木は、優希以外の誰にも聞かれないようにボソリと呟く。


「ちょっと怪しいと思わねぇか?」


「…………。そうだな、実を言うと少しだけ」


「小鳥遊、お前こういう小説とか読んでるだろ。だいたいこの後どうなるとか予測できたりするのか?」


 少し考えて、優希はまっすぐベアトリーチェの方を見る。

 少しの間を置いて、荒木へと小声で話しかける。


「――おそらく、だが。この世界がいかに窮状であるかを説明する。その上で、俺たちがどのような存在なのかを説明する……じゃないか?」


「魔王の手によって、我が国のみならず、周辺諸国にも甚大な被害が出ています。魔族はとても強大ですが、皆様ならば、魔族を倒すことが容易にできるのです」


 優希の言葉通りに女王が言葉を紡ぐのを見て、荒木は目を丸くする。


「そして、その特殊な力を確認させようとする……って言うのがテンプレートか」


 おおよそ「ステータス」か何かだろう、と優希が荒木に囁く。荒木は聞き慣れない言葉に疑問符を浮かべた。


「……では、皆様、『ステータス』と唱えてみてください」


 怪訝な表情を浮かべる荒木に気にするなと伝えて、自分自身も『ステータス』と唱える。

 すると、優希の目の前には薄いウィンドウが出てくる。

 そこには、摩訶不思議な文字で何かが書かれてあった。


「……なんだ、読めないぞ?」


 どうやら優希だけではないらしく、隣にいる荒木も、クラスメイトも揃って首をかしげている。

 ふと、王女はおもむろに手を前に出す。

 途端に手が消失し、その数秒後には何かの紙を握りしめた状態でそこに存在していた。


「現在、勇者の皆様方のステータス画面はこちらの世界の言語で表示されているはずです。『物語の神』、あるいは『言語の神』の加護を有していれば、言語にすぐに翻訳されると思います」


 そして、と女王はその手に握っていた護符のような何かを優希たちに見せる。長方形の小さな紙だが、不思議とそこに力を感じる。


「これは『言語の神』の加護の一つを封じた護符タリスマンです。それを身につけておけば、自分の知らない言語であっても、理解し、話すことができます。余談ですが、こうして私が皆様とお話しているのは、この護符タリスマンがあるからです」


 言い終わるなり、女王は片手をあげる。側に膝を付いていた男が、女王の手から護符タリスマンを恭しく受け取った。


護符タリスマンだってよ。いよいよファンタジーだな」


「そうだな……」


 荒木に返事をしながら、優希の視線は先程出したステータス画面へと向かっていた。

 相変わらず、優希にはわからない言語で書かれていた文章。

 どうにか自分の力でこの文章を翻訳できないだろうか……。

 そう考えながら文章を見ていると、不意にノイズらしきものが文章に走る。――次の瞬間には文字が消滅した。

 そして、まるで表示が切り替わるように、文字がずらりと並んだ。――日本語で。


【異世界人・小鳥遊優希、貴方に《祝福》を授けたのは『物語の神』です】


はじまりの物語ワンス・アポン・ア・タイム:過去の寓話、物語から、何か一つの要素・キャラクター・アイテムを取り出すことが出来る。】:Lv1


おしまいの物語(エヴァー・アフター):開示不可】


続く物語トゥー・ビー・コンティニュード:開示不可】


 神の祝福、能力――。ファンタジックな情報が羅列する。

 しかし、綴られている文章は誠実なまでに優希に情報を伝える。


「では、護符タリスマンを配らせていただきます。自分の能力をご確認された後に、兵までご報告ください」


 女王がそう言うと、男がクラスメイトへ護符を配り始める。


「……小鳥遊、なんかワクワクしてきたんだけど、俺」


「その気持ちはわからなくはないが、女王の御前だ。あまりはしゃぐと首チョンパされかねんぞ」


 ひえ、と詰まった声を出す荒木。

 優希は彼を傍目に、周囲をくまなく観察する。


「これを」


「あ、どうも」


 優希が観察している間に、男はこちらまで来ていたらしい。荒木に護符を手渡して、優希にも渡そうとしてくる。優希はそれを、断った。


「護符は必要ない」


「……と言うと」


「もう既に見えている」


「なるほど。……陛下、配布の方が終わりました」


 よく見れば、既に配布が終わっていたようで、クラスメイトは各々のステータス画面を注視していた。


「確認が終わりましたね? それでは、近くの兵に各々の祝福の方をお伝えください」


 女王がそういうなり、前に出てくる兵士達。どうやら四十人近くいるようで、三十六名を擁する優希たち一行をマンツーマンでサポートしてくれるらしい。

 優希も、とりあえず報告するだけならいいだろう、と兵士に近づいた。


「小鳥遊優希。加護は『言語の神』のものだ」


「ありがとうございます、タカナシ殿。私はスチュアートと申します。加護の件も把握しました」


 特に疑う様子もなく、手元の書類に記入していくスチュアートに、優希は内心で一息をつく。……どうやら心の内を読んだりする魔法や、鑑定系の魔法は無い、もしくは使われていないようである。そう考えたからだ。


「皆様には、この後、一度大広間に集まっていただきます」


 スチュアートの声に、特に反対する理由は優希になかった。

 優希は素直に、彼の案内を受けて、大広間に足を運ぶことになったのだった。

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