偽乳エルフは巨乳になる夢を見るか ~見るに決まってるでしょ!~
「今回こそ目当ての素材を採るわよ!」
森の湖畔にて、耳長の美少女は大ぶりの胸を揺らしながら宣言した。つられてミルクティー色のツインテールが踊るさまはとても可憐だった。
が、俺は聞き捨てならない言い回しに反応する。
「前回の狩りで欲し素材が手に入らなかったの、ミニマのせいだよな?」
「ゔっ……それはほら、魔物のクセに向こうが弱かっただけというか」
「エルフが本気の魔法を使ったらどうなるか、知らなかったわけじゃないよね」
そう、彼女はエルフ。エルフのミニマだ。
ミニマはむーっとうなると両手で杖を掲げて抗議した。
「うるさいうるさい! 今回は失敗しないんだから!」
「近いうち、魔術協会に怒られるかもよ。魔物殺しすぎだって」
「ふん、あの牛女のいうことなんか聞かないんだから!」
「そうなったら街から追い出されるかも」
「もー、人間ってめんどくさーい! あたしはただ、良い偽乳が作りたいだけなのにーッ!」
ミニマはうっぷんを晴らすように叫んだ。
このエルフ、本当にプライドが高いし、計画性もないし、言い訳がましいし、しかも貧乳だ。
けど俺はそんな彼女のために今日も働く──
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「いいおっぱいの条件ってなんだと思う?」
湖に浮かべた舟の上で、釣り糸を垂らしたミニマは訊いてきた。すけべな妄想が頭を駆け巡る。いや、落ち着け! 俺たちは水の魔物を吊り上げようとしているんだ、余計なことは考えるな!
「……さあ」
「ジョシュってば、いまエッチなこと考えたでしょ~」
「うーん、身近なものが魅力的じゃないとちょっと想像が湧かないな」
「エサにするわよ!」
がるる、と威嚇してきたミニマだったが、よほど語りたかったのか、話を続けた。
「いいおっぱいの条件は大きさ・カタチ・質感よ」
「体の線が細いのを気にしてるエルフも少なくないのよ」とはミニマの談だが、エルフであるミニマも例にもれず種族的な問題で貧乳らしい。あくまで種族的問題だと主張している。
ミニマは人間社会にやってきた際、つつましい胸をバカにされ、以来、魔法によって巨乳になることを目標にしているそうだ。ちなみにブチ切れて店を一軒壊したらしい。一軒で済んでなによりだ。
「で、そのいいおっぱいってのを魔法で作ろうとしてるわけだ。訊いたことなかったけど、どうやってるんだ?」
ミニマの胸もとをじっと見つめる。服の上からでもわかる瑞々しい曲線を描く乳。ニセモノとはいえ、素晴らしい。
ミニマは俺が偽乳の技術に興味を持ったことが嬉しいらしく、胸を張って答えてくれた。
「水魔法で質量を! 炎魔法で体温を! 風魔法で質感を! 光魔法で見た目を! 雷魔法で電気信号を──つまり触覚を再現してるの! それをすべて同時にやってるのよあたしは!」
ミニマは演説でもするかのように高らかに言い放った。
そうか、ゆったりとした服の下ではそんなことが起こってるのか。
「へー」
「温度差!」
ミニマは不服そうにねぇ聴いてるの? と俺の肩をゆする。はいはい、すごいすごい。あと小舟が揺れるからやめてくれ。そうやってなんでもないようにミニマをあやしていたが──このエルフ、恐ろしすぎる。
属性が違う魔法を五つも展開しながら長時間維持だって? 冗談じゃない、そんなことができる人間の魔術師がいるかどうか怪しいところだ。
「ミニマ、すごい、俺、驚く」
「ちょっとなんでカタコトなのよ! ちゃんと褒めなさいよ! あたしってば美少女なだけじゃなくて天才なんだから!」
「おっ、魚だ」
「ちょっとー! 契約を破棄するわよ!」
ミニマはきーきー怒るが、そしらぬ顔で釣りに専念する。
契約。そう、俺はミニマと主従契約を交わしてる。内容はざっくりいうと二つ。
1.俺は雇い主であるミニマの手伝いをする。対価としてミニマは俺に魔法の稽古をつけること。
2.研究費用は等しく負担し、利益も等しく分配すること。
将来の目標のために魔道具の研究はしたい、されどそれほどのコネも圧倒的な才能もない。そんなときにミニマと出会い、雇ってもらっているのだ。
ちなみに手伝いと言ってもミニマの世話が主な仕事になる。気づかぬうちに人間社会で浮いてしまうミニマにとって、人間の従者がいるのはなにかと便利らしい。
「でもさ、もう巨乳を再現できてるなら研究は完成じゃない?」
「ま、いくら天才美少女でも? ちょっとだけ疲れちゃうから? 魔道具でサポートしちゃおうかなっていう?」
「つまり、なるべく負担を減らす魔道具の研究にシフトしたってことね。……どうしてこうもプライド高い言い回しなんだろう」
「プッ、プライド高くないわアホォ! あんた将来は魔道具の商売するんでしょ? それなら超絶天才美少女魔術師に師事できたこと、光栄に思いなさいよ! あがめなさいよ!」
「ああ、ミニマと出会えたのは本当に幸運だったと思う」
俺がいつになく真面目に返すと、ミニマは目を点にしたあと顔を赤くした。照れているのか、マジで?
「ほら、俺って商家の五男だしさ。実家の恩恵とか限りなくゼロだし。自分で仕事始めなきゃ、って話したよね? だから、有能な魔術師に雇ってもらって本当に感謝してるよ」
「わ、わかってるならいいのよ! わかってるなら」
「けど、俺の親父より年上なのに少女は無理があるだろ」
ばしばしと叩いてくるミニマの杖を受け止めた瞬間、俺たちが乗る小舟は天高く吹き飛ばされた。
視界が急に開け、重力が失われる。
「は?」
「やっぱデカいわね、鈍魚竜ネモズ!」
頭から湖に落下頭から湖に落下いやこれ絶対痛いなんなら死ぬ無理んあああああ
「落ち着きなさい、ジョシュ!」
ミニマがそういうと、俺たちはふわりと風に包まれ空中で静止した。
魔法だ。本来、魔法の発動には長ったらしい詠唱が必要なのだが、ミニマはいわゆる『無詠唱発動』ができた。効果は数段劣るが、詠唱ナシで魔法を発動できる技術だ。
「さ~て、どう調理しよっかな」
ミニマはツインテールをゴキゲンに揺らして嗜虐的な笑みを浮かべた。
眼下では鈍魚竜ネモズがこちらを凝視している。デカい、おそらく馬を丸呑みにできるくらいのサイズはあるだろう。水に濡れたウロコはネモズの体表をびっしりと埋め尽くしている。その名の通り、魚と竜の中間のような顔にはトゲや角が生えそろっている。
ミニマはおもむろに杖をスッと掲げると、えいっ! とかわいらしい声をあげて透明な風の刃を撃ちだした。低位の風魔法か。
ザッ! と軽い音を立てて鈍魚竜ネモズの体が削ぎ落とされる。なんであんな硬そうなウロコと分厚い肉を斬り裂くのに軽い音しかならないんだ。
ミニマは余裕そうな顔で胸を張る。自慢の乳を強調したいんだな。
「ははーん! ザコいわね! 今度から雑魚竜と名乗りなさい!」
鈍魚竜ネモズはそれに怒ったのか、ググッと頬を膨らませて身を大きく見せた。違う、怒ったわけじゃない!
俺の予想どおり、膨らませた頬がギュッとすぼめられると、高圧水流が俺たち目掛けて噴出され、
「みゃっ!」
ミニマの風魔法によって遮られた。高密度の空気の盾が滝のように打ちつける水流を防ぎきる。俺たちは軽く濡れたくらいで全くの無傷だ、すごい。
しかし、余裕ぶっこいていたミニマにはそれが気に食わなかったらしい。
「乙女の顔を濡らした罪を……思い知れーっ!」
オトメ? とツッコむ間もなく、ミニマはグッと反らした胸に触れ、
「偽乳解除」
というささやきと共に、たわわに実っていた巨乳は姿を消した。
つまりそれは、同時に制御していた五種類の魔法を解除したということで。
つまりそれは、圧倒的な魔力と魔法制御を全て攻撃に捧ぐという意思の表れで。
「──雷霆散らし」
果たして降り注いだのはミニマの怒りを帯びた無数の雷だった。
轟音が世界を包み、生き物のたんぱく質が焼ける匂いが満ち、そして水柱がそびえ立つ。
まばたきほどの間でミニマは勝利していた。……今度からはなるべく怒らせないようにしなきゃ。
ミニマは風魔法で俺たちの体を湖畔まで着地させ、
「乙女ナメんな、この魚がーっ!」
とドヤ顔で言い放つ。うん、それはいいんだけど。
「これ、今回も素材採れないんじゃね」
「あっ!」
「あっ、じゃないんだが」
てなわけで今回も成果はゼロ。……研究所までの帰り道、半べそといいわけのミニマをなだめ続けたのは言うまでもない。
しおらしくてかわいげがあったとは口が裂けても言えないが。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
結局、鈍魚竜ネモズの死骸からは微量の『水魂の破片』が採取できた。今回集めた『水魂の破片』を魔道具に使うことで、より効率的に負荷が少なく偽乳を維持できるそうだが……果たしてこの調子で研究は進むのか。
──と研究日誌を書いていた俺は、研究所の扉がノックされる音で筆を置いた。
「ミニマ、お客さーん」
「だれ? めんどくさいなー」
「魔術協会の聖女様だってよ?」
「あんの牛女ー!? 追い返して。聖水撒いといて!」
「聖女に聖水は効かないでしょ。ほら、きっと魔物倒しすぎたから怒られんだよ」
俺がそういうと、ミニマはミルクティー色のツインテールと立派な乳を揺らして叫んだ。
「も~! あたしはただ、良い偽乳が作りたいだけなのにーッ!」