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やがて硫黄の火が墜ちるまで ~TS転生した世界がどうみてもエロゲ~

――――ゴブリン。

 妖魔種。ヒトの子供程度の背丈と筋力を有し、薄汚れた緑色の肌、醜悪な容姿を持つ。

 単体での脅威度は低いが、粗暴ながらも群れでの行動を行い、純粋に数で圧す戦術は脅威となる。

 繁殖力が旺盛で、異種間との雌との交配でも仔を為す。

 洞穴を好んで巣を作り、そこに捕えた雌を連れ込み繁殖する。連れ去られた場合助かる見込みは薄いだろう――――



「……ふっ」


 パタンと軽い音が鳴り、ゴブリンの説明が記されていた分厚い本が閉じられる。

 ふるふると身体を震わせる少女の小さな口から、数刻ほど前から溜めに溜めた感情が言葉となって飛び出る。


「――――ざけんなです!!」


 溜めこんでいた感情は、怒り。

 銀色に輝く長髪が大きく巻き上がる事も気にせず、両の手で抱える程の『魔物図鑑』と表題を記された本をベッドの上に投げつける。高級な綿で作られたベッドは、ボフンというなんとも情けない音を立てながら本を受け止める。


「う、うぅ……どうして、どうして生まれ変わったのがこんな世界なのです……」



 自らの生を怨む少女の名はセラエノ・フラグメント。かつてどこか遠い世界で、どこか遠い時空で、どこか遠い世界線を、一人の変哲もない青年として過ごした記憶を持つだけの少女。細く長くしなやかな銀の髪、翡翠のような瞳、庇護欲を擽る愛らしい顔立ちをした10歳を超えたばかりの少女。


 転生したら中世から近世程度の文明だった。許そう。服着て家に住んでいる時代であるだけマシだ。

 転生したら貴族だった。許そう。むしろ野垂れ死にしないだけありがたい。

 転生したら女だった。許そう。前世は男だったけど確率的には1/2だ。仕方ない。


 ……転生したら剣と魔法の世界だった。ふざけないでほしい。軽率に手から火を出したり、斬撃が質量を持って飛んだり、祈って傷を塞いだりするビックリ人間の巣窟だ。冗談じゃない。物理法則に反している。

 だけど、ギリギリ許せなくもない。前世の“物理法則”だって、他の世界から見たら異常に映るのかもしれない。そういう世界もあるのだろうと納得できなくもない。


――ただ一つ、許せないのは。

 そう思いながら、投げつけた本を睨みつける。投げた勢いで開かれたページには青い液体のような、ゼリーのようなものが描かれたイラストと共に、その魔物の説明があり……




――――スライム。

 ドロドロとしたゲル状の魔物。汚染された魔力に犯された水が成ると言われている。

 “コア”と呼ばれる半透明の核を除き、一切の物理攻撃が効かない。

 衣服や鎧と言った防具を溶かし、その体液は強力な媚薬になっている――




「やる気があるのですか!肉を溶かせ!!遊びじゃないんですよ!!!」


 理不尽さに再び叫びを上げる。

 転生した先でたった一つ、何よりも許せない事。


 それは、転生先の世界がどう見てもファンタジーでRで18なゲームの様な世界で、よりにもよってその世界で女として生まれた事。

 その事に気付いたのは、屋敷の外で遊びたいとダダをこねる彼女に根負けした父親が、ならばこれだけ覚えてからにしなさいと勉学させた時。

 そこには数多のゲームで見覚えのあるようなモンスターから、見覚えのないモンスター。共通している項目は、男は殺す。女は犯す。頻発している項目は、繁殖だの媚薬だの催眠だの。


「やだ……ぐすっ、絶対にやだ……こわい、二度と外に出ないです……」


 なるほど、親としてはこれだけは頭に入れないと外をまともに歩かせれないと思うのも当然だろう。そんなイキモノが蠢く場所に無知なまま愛娘を送り出すなんてとてもできない。尤も、効果はありすぎたようでセラエノ自身は二度と外に出たくないと誓いを立てている。

 元男で、男と身体を重ねる事を想像する事すら寒気を覚えるのに、魔物相手なんて舌を噛み切って死んだ方がマシ…… そんな事をベソをかきながら思っていると扉がコンコンと軽い打音を鳴らす。


「セラエノ様。旦那様がお呼びです」

「……お父様がです?」


 自分付きのメイドから扉越しに告げられる要件に、なんだろうと首をかしげる。正直、精神的疲労が大きすぎて、体調不良と言い訳してこのまま引き籠っていたい。けれど、対魔物の勉強の日は毎回この調子で、この日ばかりに仮病を行うと心配されたり、最悪教師のクビが飛ばされかねない。

 大きなため息と共に「すぐに行くです」と、セラエノはなんとか答えた。




「お父様。失礼しますです」


 呼ばれたのは客間。その中でやや疲れた面持で一人佇んでいた父親に、セラエノは一抹の不安を抱く。年齢を差し置いても小柄なセラエノとは真逆に身長は高く、セラエノとよく似た銀色の髪を持った父親。その表情はいつも厳格で余裕と気品を持ったものであった。


 (そのお父様が、疲れている……?)


 少女が生を受けてからの10年足らず。その長い親子生活の中で、そんな顔は片手で数える程しかお目にしたことは無かった。一抹の不安は、一掴の不安へ膨らむ。


「来たかセラエノ。……そろそろお前に婚約者を決めなければならないと言う話は以前したな」

「……はい。ですが相手決めるのはまだ先と……」


 掛けられた第一声で、一掴の不安が抱えきれない程の不安に膨れ上がる。男と身体を重ねるなんて嫌だと思ってすぐに婚約者の話題。通例で言えば確かにそろそろ決まっていてもおかしくは無い年齢。だけど、いくらなんでも心の準備が出来ていない。出来ればこのままおひとり様で居たいと願いつつ、貴族としてそんな事は言っていられない事は重々承知である。


「相手が決まった。あのプレラーティ家の子息だ」

「…………は?」


 思わず、素がでた。

 プレラーティ家。あぁ、噂だけなら聞いたことはある。名声ではなく、悪名を。


 曰く、重く厳しい税収と凶悪な私兵で暴利をむさぼっているだとか。

 曰く、見目麗しい領民はたとえ人妻や幼子であっても連れ去るだとか。

 曰く、裏社会と繋がっていて不都合な相手を暗殺しているだとか。


 そんな悪名高いプレラーティ家。最悪な事に爵位は公爵、現王の従兄弟と血縁が近く、伴ってその権力は高い。公爵家の中では下の方であるフラグメント家とは比べるべくもない権力の差があった。


「公爵子息からの直接の指名だ。断る事は出来ん」


 急に決まった話だと悔しそうにする父の表情は暗い。当然だ。そんなところに嫁がせるなど、腹を空かせた猛獣の檻に投げ込むのと変わらない。骨の髄までしゃぶり尽くされるのは想像に難くない。

 めのまえがまっくらになった。そんなふざけた事を考える程混乱した頭を、更に衝撃の事実がセラエノの頭を揺らすことになる。


「そして、これから面談だ」

「………………は?」


 また素がでた。そして次の瞬間、コンコンとメイドが扉を鳴らす音が聞こえる。

 (え?面談?会うのです?今から???)そう混乱した頭が飛び込んできた衝撃を消化しきる前に、ガチャリというドアノブの音が響く。セラエノにとってそれは死神が鎌を構えた音色に等しい。


「デュフフフフ、よろしくだおセラエノちゃん」


 眩暈がした。

 出来る事ならこのままベッドに突っ伏して永遠に眠っていたいとさえ思った。

 婚約者だと紹介され、目の前に現れたのは、3桁に届きそうな体重をした肥満体の青年。少しの歩行で大量の汗をかき、デュフフという厭らしい笑い方と、自分を足元から頭長まで舐め回すように見る視線がなんかもう、生理的に無理。




 セラエノは忘れていた。


 R18の世界の脅威は、魔物だけでは無いと言う事に。


 たとえ街中でもあぶないイベントは発生すると言う事に。


 貴族の立場だからとて、全く安全でないと言う事に。

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