それぞれのお月さま
おんなのこは何でできてる?
おさとうにスパイスそれからすてきなものみーんな
「うそばっかり」
ランドセルを床へと放り出しベッドの上にうつ伏せにゴロンと転がると瑞穂は一人ポツンとつぶやいた。
思い出したのはずいぶんと昔に近所のお姉さんが教えてくれたマザーグースの詩の一節。
もしそんな素敵なものばかりで自分ができているのであれば一体今のこの状態はなんだというのだろうか。
「おんなのこは何でできてる?
血みどろドロドロ不安定」
ーーうん、こっちの方がしっくりくる。
身体中からあふれる不快感は風邪をひいたときとも、熱を出したときとも違うドロドロとしたものでなんだか、体調だけでなく性格まで悪くなるようなそんな錯覚に陥る。
この不調はそれもこれも全部やっかいなおともだちのせいだ。
悪者にしたいわけではないのだけれど、瑞穂はどうしてもそう思ずにはいられなかった。
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それぞれのお月さま 〜瑞穂(小6)の場合〜
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瑞穂がこのやっかいなおともだちと初めて出会ったのはほんの半年ほど前のことだった。
6年生になる2ヶ月ちょっと前。1月半ば。
冬の一大勝負、どんど焼きの日にソレは突然やってきたのだ。
風邪を引かないように、それでも動きやすいようにと軽さを売りにしたダウンを着込み子供ブーツとタイツで完全武装。防寒対策はばっちりだった。
学校の裏の畑の真ん中ど真ん中。天高く空へと大きく組み上げられた竹の櫓に大人たちが火を放つ。
パチパチと弾けるような音ともに燃え崩れた櫓はその炎の勢いを徐々に弱めていく。
そうして、チョロチョロと残火が燃えるばかりになったところで子供たちの出番がやってきた。
それぞれが身の丈の2倍以上もあるであろう、細長い竹竿のその先にアルミで来るんだお餅をぶら下げると
思い思いに残火へと向かって掲げていく。
瑞穂も、他の子供たちと同じようにその竹竿を意気揚々と掲げる。
前日から作戦はばっちり練ってきた。直接残火に掲げてしまうと中のお餅が焦げてしまう可能性がある。
だから、人より少し長い時間はかかるかもしれないけれど直接火にはあたらないように余熱で勝負すると決めていたのだ。去年は焦って直火に当て盛大に黒焦げにしてしまった。だから、今年こそは美味しく焼いてみせる。そう決めていたのだ。
一度アルミを開けたら二度焼きはできない。
焦るな。焦ったら生焼けの餅を食べることになる。焦げないように生焼けにならないように。
お餅を焼くのは子供たちにとってまさに、真剣勝負だった。
そして、その瞬間がやってきた。
ーーいまだ!
心の声にしたがって瑞穂は竹竿を引き上げた。
火元から離れ、他の友達に合流し軍手を使い火傷しないようにと気をつけながらアルミを解いていく。
アルミの中からそのふっくらとしたお餅が姿を見せた瞬間、瑞穂は勝利を確信した。
勝った。
今年は焦げてもいない。
生焼けになる可能性も心配していたけれど最早それはただの取り越し苦労だった。
そうして美味しいお餅を頬張り、今年のどんど焼きは無事に幕を閉じた。
……はずだった。それだけなら、この回想には対して意味などはない。問題はこのあとだった。
どんど焼きを終え、家に帰った瑞穂を待ち受けていたのは想定外の腹痛だった。
シャワーも浴び、部屋着に着替えくつろぎモードにシフト。
キッチンで夕ご飯の支度をする母親に、本日の成果を語ろうとしたところで、突然のその痛みに瑞穂は思わずうずくまることになったのだった。
おへそのしたあたりをチクチクと刺すような痛みが襲う。
ーーうそ?お餅生焼けだった!?
頭に浮かんだのは先ほど、食べたばかりのお餅のこと。
だって、そうじゃなきゃこんな唐突にお腹が痛くなんてなるわけがない。
母親に涙ながらに痛みを訴える。もしかしたらお餅が生焼けだったのかもしれないと。
お腹がチクチクと痛くてしょうがないと。
とりあえずはお手洗いに行きなさい。湯たんぽ準備してあげるからちょっと我慢していてね。
そう優しく母親に促され、お手洗いに向かおうと顔をあげたそのときソレはやってきた。
真っ赤な姿の妖精さん。これから長い付き合いになるそのおともだち。月に一度のお月様。
「アラアラ、ついにやってきたのね。おめでとう。お赤飯買って来なくっちゃね」
こうして、瑞穂とお月さまの付き合いが始まったのだ。
ーー思えば、私のお月さまは最初から乱暴だった。
どんど焼きの日の出会いを布団の中で瑞穂は思い出す。
半年たっても未だ慣れないこのチクチクとした痛みは最初の出会いからずっと凶暴で。
あの日の夜せっかく準備してもらったお赤飯もその夜は食べることができずに翌朝おにぎりにして食べたのだ。
お月さまは病気ではない。何十年も付き合うことになるおともだちなのだ。
わかってはいる。
わかってはいるけれど、月に一度やってくるまとわりつくような不快感。焦燥感。
そしてチクチクとしたこの痛み。
ずっと、横たわってその痛みをいなしていたくなるけれど定期的にお手洗いに行くことも強要される。
蒸れと漏れは天敵なのだ。真っ赤に染まったシーツなんて目も当てられない。
だから、どうしたって「好き」にはなれっこないのだ。
お月さまがすでにきているクラスメイトに聞いてみると、ただ「面倒」なだけで「不快感」も「痛み」もないとあっけらかんに笑う子もいれば、お月さまに悩まされその「痛み」と「不安感」で夜も眠れないという子も。
おともだちは十人十色。オトナになるためには必要でおんなのこにだけ来るらしい。
ーーもしかして、まだ慣れないから痛いだけなのかなぁ?対処が下手なだけなのかなぁ?
ちょっとした希望を胸に、瑞穂は今月のお月さま2日目の夜を迎える。明日の体育は見学させてもらおう。
連絡帳はお母さんに書いてもらった。
おんなのこは何でできてる?
おさとうにスパイス、それからそれから毎月めぐるお月さま。
明日はおともだちがもう少しおとなしくしていてくれますように。
願いをかけて布団をかぶる。
そうして眠りに落ちる直前、遠くで救急車の音が聞こえた気がした。
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熱帯夜。寝苦しい夜。亜弓はスマホを片手にのたうちまわっていた。
盲腸は経験済みだけれど、それとはまた違うこの痛み。
そんなことで救急車呼ぶなよな
揶揄うような、幻聴が聞こえる。だけどこの痛み躊躇してなどいられない。
赤い姿の妖精が笑う。
ーー誰のせいよ
睨みつけたくなる衝動を堪え緊急ダイアル。119。
なんとか、状況を救急隊員に電話口で伝える。
電話口、ずっと励まし続けてくれるその声に救われつつも痛みでだんだん気が遠くなってくる。
私だけがこんなに痛いのか。世の女性たちは一体どうやってお月さまを乗り越えているのか。
直上の上司は、自身のおともだちが大人しいからかお月さまぐらい気にしなければ大丈夫よだって。
とうてい理解し合える気がしない。
救急車のサイレンが近づいて来る。
朦朧とする意識の中、亜弓は女性として生まれてしまったことを呪うのだった。
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それぞれのお月さま〜亜弓の場合〜