自分の立場
物凄い剣幕で怒鳴るゲオルグ。しかしソフィーティアは動じない。
「事情が事情なら、私だって帰してあげたいわ」
「すぐにでも帰せ! お前らの都合なんかで待てるか!」
「ダメよ。だってあなた、私の配下だもの」
「配下? 俺がお前の配下だと? 何故――ああ、そうか……」
頭を抱えるゲオルグを見て呆れ顔になるソフィーティア。
「自分の立場くらい忘れないでよね」
「そもそも自分が捕まっていた事すら忘れていた……家族や城が心配だったんだ……」
「配下になった騎士が取るべき行動は、知ってるわよね?」
ゲオルグは弱々しく言う。
「命令を素直に受けることか……?」
「うん。それが出来ない騎士は騎士道精神とかいうのに反するんでしょ? 私、あまり詳しくは知らないけど」
「俺はお前を主君だとは思っていないけどな」
ソフィーティアはゲオルグの頭を叩いた。
「とにかく、今後は私の指示に従うこと。分かった?」
「……ああ」
「さあ、こんな所にもう用はないわ。行くわよ」
「ち、ちょっと待ってくれ。もう少しあの城を見ていたいんだ」
「ダメよ。ほら!」
ソフィーティアが引っ張るが、手すりにしがみ付いて抵抗するゲオルグ。
「た、頼む! もう少し見たいんだっ!」
「わがまま言わないの! 私の指示に従うって約束したでしょ!」
「それはそうだがあの城には――うぐっ!」
ゲオルグは剣で傷ついた左腕が痛み、苦悶の表情を浮かべた。
「ほら見なさい! 私の言う事を聞かないから!」
傷口をさすりつつ、ゲオルグが大人しくなる。
「悪かった……だが、最後にもう一度だけ見たい。頼む」
「……仕方ないわね、いいわよ」
遠くに見える自分の城に向かって、ゲオルグは大きく息を吸い込んだ。
「父上ーっ! 母上ーっ! ゲオルグはっ! 必ずそちらに向かいますっ!」
声はこだまし、しばらく辺りに響いてから山間に消えていく。
「……」
ゲオルグは、東ベルン城の周囲に不穏な風が吹いているのを肌で感じ取っていた。
「声が届いていると良いわね」
ソフィーティアの呼びかけに応じて振り返る。
「俺の声だ。きっと届く」
自信ありげに胸を張る。
そのゲオルグの左腕を、強引にソフィーティアが取った。
「それより、傷を何とかしようとは思わないの?」
飲み掛けていたコップの水をバシャバシャとゲオルグの傷口に掛け、ハンカチを取り出すとゴシゴシと拭き取る。
「いだだだっ! もっと力を加減してくれ!」
「あら、どんな拷問だって耐えられるって言ってなかったかしら?」
「そういう問題じゃない! うああっ!」
荒療治を終えたソフィーティアが傷口にハンカチを巻き、締めにポンと叩いた。
「さ、これでよし! 館に戻るわよ」
そう言って傷口に巻いたハンカチを引っ張る。ゲオルグはうめきつつ従った。
ぼんやりと口を開けていたカールが、階段を降り始めたソフィーティアに尋ねる。
「じょ、城主様、その男は何者なんです?」
その声の方へチラリと振り返るソフィーティア。
「新入りの配下よ! 優しくしてあげてね!」
ゲオルグがソフィーティアを睨みつける。
「お前がまず優しい扱いをしろ! 優しさのかけらも感じられ――いだだだーっ!」
ゲオルグは従う他なかった。
行き交う兵士達に混じって歩くゲオルグとソフィーティア。とはいっても彼らは槍や斧を持っているわけではないので、ゲオルグはさほど身の危険を感じなかった。
そして何よりも目の前を歩くソフィーティアの存在が大きい。
彼女が歩けば兵は道を開け、扉があれば誰かが開ける。ゲオルグはそれに続くだけでよかった。とても敵国の城内を歩いているとは思えない。
だが、ゲオルグは引っ張られて歩くのが段々と億劫になってきた。やがて階段まで上り始める。
「どこまで行かないといけないんだ?」
南東の塔とは逆方向を歩いているので、牢屋ではないことだけは確かだが。
答える前に、ソフィーティアが一つの扉の前で立ち止まった。牢屋のような格子扉ではなく、鉄で立派な装飾の施された木の扉である。
「着いたわ。入って」




