騎士団長クロード
「シェルバ?」
気が付けば愛馬のたてがみの半分は焼け落ち、苦しそうな呼吸もしている。
「無理をさせてすまなかった。お前はここで休んでいてくれ」
槍をだけを持ってシェルバの背中から降りる。誰もいない丘陵を越え、東ベルン城へと到着した。閉ざされた門の隙間に槍を強引に差し込む。
「でぇい!」
門の向こう側で風を起こすと、いくつかの悲鳴とともに門が開かれた。城門から正面の中庭に進むと、顔を鉄の仮面で隠した兵士達が一斉に現れた。剣や斧を片手にゲオルグを取り囲むようにして迫る。
「お前達はこの状況下で、まだクロードに従うというのか!? 目を覚ませ!」
兵士たちは答えなかった。ただ黙ってゲオルグを囲むと、じりじりと距離を詰める。
「この分からず屋共がぁ!」
出鱈目に槍を振り回すと、その軌道に沿って突風が巻き起こった。武器もろとも吹き飛ばされた兵士達は、今度は一番大きな塔の入り口を守るように集まり出した。
「そこにクロードがいるんだな? 通させてもらうぞっ!」
風で蹴散らして入り口までの道を作り、一気に駆け抜ける。再び起き上がった兵士達が後ろから追って来た。
ゲオルグは塔の入り口に辿り着くと、地面に一陣の槍を突き刺す。主人の手を離れたまま、嵐のような強風を出し続ける槍。誰も追って来られなくなった事を確認し、ゲオルグは階段を昇り始めた。
らせん状に続く階段を見上げながら、背中に追い風を受けつつ上る。
そして物音一つしない最上階に着くと扉を蹴破った。
「でやっ!」
外れた扉が部屋へと倒れる。その先に、紅茶を飲む一人の男がいた。ゲオルグの姿を見てしばらく動きを止めていたが、やがて紅茶を一口飲んで喋り出す。
「そんな入室をされたら驚くじゃないか。君は誰だい?」
「俺は東ベルン城城主、ゲオルグ・オートマイヤーだ!」
「!」
男はカップをテーブルに置くと、目を細めてに笑った。
「そうか、君がゲオルグ君か! いやあ、会えて嬉しいよ」
ゲオルグが睨みつけたが、男は続ける。
「君とはぜひ話をしてみたかったんだ。そんなところに立っていないで、こっちに来て紅茶でも飲みなよ、ほら」
ゲオルグよりも一回り年上のその男は、いそいそと紅茶の準備をした。カップに紅茶を注ぎ、椅子を引いてゲオルグの席を用意すると、自分の席に座りなおす。
ゲオルグは黙ってその椅子に腰掛けた。
「さっさと名乗れ」
「これは失礼。私はここの騎士団長を務める、クロード・レイマンだ。よろしく」
「お前がクロードか……会いたかったぞ」
「おや、まさか私の事を知っている? それは嬉しいねえ」
湯気を立てる香りの良い紅茶を飲むゲオルグ。
「お前に関係する噂は色々と知っているぞ。前の城主を殺しただの、この城を乗っ取っただの……」
「うーん、悪い噂ばっかりだねえ。でもまあ、出回っているような話ならほとんど真実だと思うよ。例えば君になら――」
「城の壁を塗り替えて西ベルン城に誘導させ、内通していたバルガに始末するよう手配していたんだろう?」
クロードは目を見開き、両手を上げて大袈裟に驚いてみせた。
「その通り! 君、素晴らしいよ。何でも知っているようだね」
「誉めても何も出ないぞ」
「そもそもだね、私の華麗な策略に掛かったというのにこうして生き残っている事が奇跡だよ」
目を閉じて、ゲオルグは西ベルンでの出来事を回想する。
「危ない場面は多々あったが、特にバルガの存在は脅威だった」
「彼は結構賢い人間だよ。でも、その騎士団長の実力でも君には勝てなかった……」
「だから裏切って見捨てた、ということか」
視線を外して小さく咳ばらいをするクロード。
「……私はね、賢い人間が大好きなんだよ」
「ほう」
「頭の悪い人間は、あまり好きじゃない……そう、彼女のようにね」
「?」
ゲオルグは正面に座るクロードの視線がわずかに自分から外れている事に気がつく。後ろを振り向くと、壁に鎖で繋がれたソフィーティアがいた。頭を垂れてぐったりと力なくうなだれている。




