複雑な心境
東の山間がぼんやりと明るくなり始め、夜の暗闇を払い退けていく。その光が戦いの行われている丘陵を淡い紫色に染めると、大勢の倒れた兵士達の姿が浮かび上がる。
その中でただ一騎の騎士だけが、馬上から長い影を伸ばしてその光景を眺めていた。
「どうだ、そろそろ諦めたらどうだ?」
うめき声を上げる無数の兵士達は、その言葉を聞くと剣や槍を支えにしながら震える足で立ち上がった。まともに戦える者はいなかったが、ゲオルグは何度倒しても起き上がる兵士達に不気味さすら覚えていた。
「なぜそこまで戦えるんだ!」
兵士達が口々に答える。
「国を、城を、そして市民を守るのが我らが役目だ」
「騎士の名誉と誇りのため……」
「義と愛の精神を貫くため……」
「貴様に負けるわけには……いかない……」
シェルバにまで恐怖が伝染し、弱々しくいなないた。ゲオルグは何度となく振るった槍を再び振るう。突風が兵士達を容赦なくなぎ払った。
「こ、これでもまだ戦うか!」
吹き飛ばされてうつ伏せになりながらも、意識を取り留める兵士達。
「畜生……ゲオルグ様さえいれば……貴様など……」
「な、なんだと? 誰だと言った?」
ゲオルグはその兵士を槍で仰向けにさせた。
「そいつは誰だ!」
「スレイ様とイレーヌ様のご子息にして我らが新城主だ……」
他の兵士達が立ち上がり始める。
「たとえクロードに全員が処刑されようと……我ら騎士団は最後までゲオルグ様をお守りする覚悟だ……」
「そうだ……反逆者のクロードなど、一ひねりに倒してくださるに違いない……」
「その日が来るまで、名も知れぬ貴様に負けてはゲオルグ様に申し訳が立たん……た、立たんのだぁっ!」
地面を這いずり、泥だらけになった兵士達がゲオルグへじりじりとはい寄ってくる。
ゲオルグは深いため息を吐き、下唇を噛み締めながら風を起こした。兵士達の体はなす術なく草の上を転がり、ついに全員が気絶した。
ゲオルグは槍を強く握り締め、その手を見つめる。
「すまない……本当にすまない……」
ゲオルグが涙していると、北の森から指笛が聞こえて来た。木々の中にオレンジ頭の少年を乗せたロバの姿が見えたので、ゲオルグは丘陵を後にして急いで森へと向かった。
森の中からニドが手招きをした。
「ゲオルグ、無事だったか」
「父上は、母上はどうだったんだ? なぜお前と一種にいないんだ?」
「……これに見覚えはあるか?」
ニドはうつむきながら、ゲオルグに二つの指輪を差し出した。鉄の仮面を投げ捨て、そっと受け取る。埋め込まれた宝石と掘り込まれた文字に目を凝らした。
「これは……父上と母上の指輪だ! 無事に会えたんだな? どこにいるんだ?」
しかし、ニドは首を横に振る。
「すでに……処刑されちまってた……」
「な、なんだ……と……?」
ゲオルグは槍を右手からすべり落とした。震える左手の中に光る二つの指輪を眺める。
「それでは、これは……」
「首が切り落とされた遺体が二体あったから、もしやと思って外して持ってきた……」
「まさか……そんな、まさか……」
ニドは一陣の槍を拾い上げると、ゲオルグの右手に握らせた。
「オイラは失敗しちまった……しちまったんだよ。だから、槍は受け取れねぇ……」
うつろな視線で指輪を眺めるゲオルグ。その肩をニドが優しく叩いた。
「ここらにいたら二人とも危険だ。ゲオルグもとっとと逃げろよ。じゃあな」
パリカールを走らせて、ニドは川沿いに南へと去って行った。
「……」
ゲオルグは指輪を自分の指にはめると一陣の槍を木に立掛けて、あてどなく周囲をさまよい始めた。ただ茫然としながら、シェルバをゆっくりと歩かせる。
やがて太陽が真上に昇る頃、腹に響くような低い地鳴りが聞こえてきた。ゲオルグにはそれが軍馬の足音だとすぐに分かったが、もはやどうでも良かった。あっという間に接近したかと思うと、ゲオルグはその騎馬隊に取り囲まれた。西ベルンの紋章が縫われた旗を掲げている。
「ヌハハ、こんなところにいるとはなぁ!」
品のない笑い声。騎馬隊が左右に分かれると、その真ん中を金色の鎧を身に付けた騎士が現れる。騎士団長のバルガだった。
「ゲオルグ! 貴様は城外逃亡と軍規違反という大罪を二つも犯したのだ!」
バルガはゲオルグの兜を引っつかんで外し、その生気のない顔を見ると鼻で笑った。
「もはや言い逃れはできんぞ? 今から処刑してやる! ヌハハハ!」




