一陣の槍
ふと、棚の中に一式のチェス用具を見つけた。長い間使われていなかったのかほこりが積もっている。それを手で払い、テーブルの上に盤を置いて駒を並べた。
「待っている間、チェスでもやろう」
「メリちゃん、チェス強いんですけど!」
二人は無言でゲームを始めた。メリッサは耐えずゲオルグを攻め続けるも、すべて返り討ちに遭った。ゲオルグは一つの駒も失うことなく勝利する。
「お前、さすがに弱すぎるだろ……」
「つ、次は負けないんですけど! ここからが本当の勝負なんですけど!」
そのままゲオルグが七連勝したところで、メリッサがチェス盤を力任せにひっくり返す。
「ぜーんぜん面白くないんですけど!」
「そう言うな。次の勝負に行こう」
「もう嫌なんですけど!」
裏返ったチェス盤に頬を乗せて、続行を拒否するメリッサ。
「あーあ、もっと可愛い遊びがいいんですけど……花占いとかお人形遊びとか……」
「これは遊びじゃなくて、一種のまじないなんだ。勝つ事で、俺に追い風が呼び込まれる。さあ、もう一回だ」
「えー? 疲れちゃったんですけど……」
メリッサは唇を尖らせ、盤上からぼんやりと外を眺める。
「誰かが鍵を開けてくれたらいいんですけど……」
と、くせのある前髪が揺れる。
「あ……風……」
部屋にそよ風が吹き込んだ。それはか弱く一瞬だったが、メリッサは確かに感じ取る。
直後、廊下に人の気配が現れた。ノックもなしに鍵の掛かったドアノブをガチャガチャとやり始める。怯えるメリッサが上体をパッと起こした。
「だ、誰か来たんですけど!」
「さあて、誰だろうな」
やがて鍵が外され、扉が静かに開かれた。オレンジ色の頭がにゅっと現れると、部屋の中をうかがう。ニドだった。
「暇か?」
「まあそうだな」
「へっへ、邪魔するぜ」
ニドは静かに扉を閉めたところで、メリッサの存在に気が付いた。怯えながらニドをじっと見つめるメリッサ。
「だ、誰なんですけど……?」
「オイラか? オイラは天下の大盗賊だ」
「と、盗賊ぅ!? 危ないんですけど!」
慌ててゲオルグの背後に隠れ、肩越しにちらちらとうかがう。ニドが意地悪そうに笑った。
「そうだぁ! オイラは盗賊だぁ! お前を捕まえて売りさばいてやる! がおー!」
「きゃーん! 怖いんですけど! 怖いんですけど!」
「キシシ、嘘に決まってんだろ! 馬鹿だなぁ」
「……え?」
ゲオルグが仲介してお互いを自己紹介させた。からかわれたと分かったメリッサが、不機嫌そうに椅子に座りなおす。
「ひどいんですけど!」
ゲオルグがメリッサをなだめつつ、ニドを手招きして座らせる。
「どうしたニド。俺に何か用事か?」
「へへ、実はオイラ、この城とサヨナラすることになったんだ」
「出て行くのか?」
ニドは鼻をすすりながら頭をかいた。
「お前の主君様がよ、ここが戦場になるかもしれないから早く出て行け、ってうるせぇのなんの。あの牢屋から追い出されちまったんだ」
「ハハ……俺は逆にここへ閉じ込められてしまったんだ」
「そうかい。ま、達者でやれよな。あばよ」
立ち上がろうとすると、ゲオルグがニドの手をつかんだ。
「ちょっと待ってくれ。ニド、お前に頼みがある」
「……またか。で、報酬はあんのか?」
「成功したら、俺の一陣の槍でも何でもお前にやろう」
座りなおすニド。じっとゲオルグの瞳を見据えた。
「闘技場での活躍は聞いたぜ。お前の槍、焔の小太刀よりも価値がありそうだな」
「話を聞いてくれるか?」
「言ってみな」
「俺と一緒に東ベルンに乗り込んで、両親を助け出してもらいたいんだ」
口をへの字に曲げ、ニドは鼻で笑った。
「面白いな。どういった段取りだ?」
「俺が城の手前で盛大に騒いで兵をおびき出す。空っぽになった城へお前が忍び込み、幽閉されている両親を救出する。そして両親と俺が秘かに合流する」
「その後のオイラはどうしたらいいんだ?」
「自由に逃げていい。俺は両親と共に情勢を見極めながら、この周辺に潜伏するつもりでいる。この城に再び戻るつもりはない」
「それなら簡単だな。よし、手伝ってやるぜ。報酬の槍は忘れんなよ」
ニドがゲオルグの手を払おうとしたが、ゲオルグは離さなかった。
「どうした。離せっての」
「実は、肝心要の一陣の槍が……ないんだ」
「げぇ!? なんだよそりゃ! それじゃ協力できねぇよ!」




