東側の情勢
メリッサが椅子を蹴って立ち上がると、ゲオルグの首を絞め始めた。口から泡を吐き始めたところで床に捨てると、ソフィーティアがメリッサを優しく誘導して座らせた。
「その後はどうしていたの?」
再び食事を始めながら話す。
「えっと、売り飛ばされそうになった東ベルンの城下町から逃げ出したら、城が大変な事になってたんですけど……」
テレーズが書留める用意を終えて羽ペンを持った。
「今の東ベルンはどういう状況なのかしら?」
「近くの村々から兵士を集めたり、武器を買い集めたりしてたみたいですけど」
ゲオルグが起き上がって座りなおす。
「東ベルンは増兵していたのか」
小首をかしげるソフィーティア。
「ここと戦争でも始める気かしら?」
「さあな……だが、焔の小太刀がない以上はあまり好き勝手できないはずだ」
それを聞いて、メリッサが食事する手を止めた。
「そのなんとかを使って、クロードって男が好き勝手してたのは知ってるんですか?」
「ああ。城を白く塗ったのもそいつのせいらしい。俺達を近付かないようにして、内部の情報が漏れるのを防ぐために、外部との接触を断ったんだろう」
ペンを走らせながらテレーズが言う。
「西ベルンが送り出した早馬については分かるかしら?」
「その人は、まだ城に捕まっているみたいなんですけど……」
「道理で。いつまで経っても戻ってこないと思ったわ」
軽くため息をつき、ペンにインクを付けたところでメリッサが唐突に声を上げた。
「それから大変大変! 幽閉されてるスレイ様とイレーヌ様が、処刑されるって噂があるんですけど!」
「何っ!? 俺の両親が!?」
「はい、噂ですけど……それと、これで私の持っている情報は全部なんですけど……」
ゲオルグが頭を抱えて顔をしかめた。
ソフィーティアがテレーズの報告書に目を通す。
「状況はだいたい分かったわ。東ベルンで反逆が起こっているのは決定的ね」
「ソフィーティア様、これは不用意に近付いたら危険です」
「うーん……ま、とりあえずはその人をどうするか、かな」
食事を終えたメリッサを横目で見る。
「ねえ、ゲオルグと一緒にいたい?」
「しばらくゲオルグ様の顔なんて見たくないんですけど! 盗賊と一緒の方がまだマシなんですけど!」
「じゃあ、盗賊が一人いる牢屋でもいい? あそこなんだけど」
ソフィーティアが南東の塔を指差すと、メリッサは首をブンブンと横に振った。
「やーん! 怖いんですけど!」
「それならゲオルグと一緒の部屋にいてもらうわ――それから、ゲオルグ?」
「何だ?」
「あなたは東ベルンの情勢が安定するまで、今とは別の部屋に監禁するわ。間違っても逃げたりなんかしたら、私でもかばい切れないから絶対にしないこと」
ゲオルグは机を叩いて立った。
「断る! 俺をクロードと戦わせてくれ!」
「ダメ。両親を人質に取られているのに、まともに戦えるの?」
「う……そうか……」
「東ベルンが増兵している以上、西ベルンとしても警戒しなければならないわ……とにかく、話し合いはこれで一度お仕舞い。ゲオルグとメリッサはもういいわ。ありがとう」
二人が部屋から出ると、廊下で待機していたロッティーナがいた。
「監禁する部屋はもう用意してある。ついて来てくれ」
そして館内の人気のない部屋へと案内される。黙って入るしかなかった。
ロッティーナはゲオルグの槍を預かり、鍵を取り出す。
「悪く思うな。我々が責任を持って二人を守ろう」
扉に鍵を掛け、立ち去った。
メリッサは窓から下を覗く。三階に位置するその部屋に、ベランダはなかった。
「たっかーい! 窓から逃げるのは無理みたいなんですけど……」
諦めて適当な椅子に腰掛けた。足をブラブラさせながら、ゲオルグの方を見る。
「ゲオルグ様もこっちに来て座ってくださいよー」
うながされてゲオルグも椅子に腰掛ける。腕組みをしたまま険しい表情で言った。
「メリッサ、俺は何としてでも東ベルンへ助けに向かうぞ」
「ダ、ダメなんですけど! 危ないんですけど!」
「両親を見殺しにしろと言うのか? クロードの好きにさせていてもいいのか?」
下唇を噛み締め、メリッサはうつむいた。
「そんなわけないんですけど……でも、でも……」
「なら止めるな」
メリッサは顔を上げると笑顔になっていた。ゆっくりと立ち上がる。
「わかりました。ゲオルグ様はどんな不可能でもやり遂げてきました。だから信じます」
ゲオルグも立ち上がった。真っ直ぐにメリッサを瞳に捉えて。
「それでこそ俺の従者だ」
「えっへん! この世で一番ゲオルグ様を信じているのは、メリちゃんなんですけど!」
「迷惑な主君ですまない……」
手を伸ばし、そっと体を抱き締める。メリッサの頭を優しく撫で、肩を軽く叩いた。
「ゲオルグ様……て、照れちゃうんですけど……」
体を離すと、メリッサは腰を椅子にすとんと落とした。ゲオルグは部屋の中を歩いて回る。
「……今はじっくりと機会を待つ」




