来訪者
パリカールが鼻息を荒くして闘技場へと乗り込むと、バルガが自身の鎧を大事そうに磨いていた。
「フン、どこぞの軟弱者のようにてっきり棄権したのかと思ったぞ」
「俺は一陣の騎士だ。騎士の先駆けとして、決して逃げたりはしない」
「減らず口を……そんなに死にたいのならば、望み通り殺してくれるわーっ!」
馬を駆るバルガに対し、ゲオルグは静かに目を閉じて槍を水平に構えた。
「……!?」
その異様な雰囲気を察知し、バルガは馬を止める。
程なくして、ゲオルグを中心に柔らかな風が吹き始めた。砂埃が円状に巻き起こる。その風の勢いは徐々に増していき、砂に混じって小石が宙に舞い始めた。
「な、なんだ!?」
風はバルガを巻き込む。やがて観客にまで届く範囲に達すると、ピタリと止んだ。闘技場は静けさを取り戻す。
「み、見掛け倒しのはったりが!」
ゲオルグは、メルメトの山々からここへと吹き込む風をすべて槍に集めていた。握り締めた槍の周囲だけに、高密度の猛烈な風が渦巻く。
それを知らないバルガは馬を駆った。
「くたばれ小僧ーっ!」
ゲオルグは目を見開く。
「吹っ飛べぇぇぇぇっ!」
槍を横に振り抜くと、集められた空気が一直線に放たれた。
「ぐおおおおおっ!?」
バルガの巨体が宙に舞い上がる。高々と浮かび上がり、放物線を描いて派手に地面へと叩きつけられた。兜は吹き飛び、鎧は割れ、武器や防具は一つとして残っていなかった。
腰を抜かしていた審判がどうにか立つと、旗を振り上げる。
「に……西ベルン城騎馬試合、勝者は一陣の騎士ゲオルグ!」
「うおおーーーーっ!」
雄叫びを上げると、興奮が頂点に達した観客達が一気に闘技場へとなだれ込んだ。ゲオルグをパリカールから引き摺り下ろすと、強引に胴上げを始める。
「わっ!? お、下ろせ! 傷が痛むだろうが!」
槍を振って観客を蹴散らしていると、荷馬車に乗ったカールが現れた。
「ゲオルグ! 勝ったんだね!」
「ああ! それよりロバートはどうなんだ?」
「僕の解毒薬が効いたから心配ないよ。今はソフィーティア様とロッティーナが診てる」
「そうか! それは良かった!」
カールは馬から下りる。
「おめでとう。この荷馬車に優勝賞金の一千万ミールが積んであるよ」
「やれやれ、ようやく優勝できたな……」
感慨深げに頷くゲオルグにカールが握手をした。
「これだけあれば、君の身代金も払えるんじゃないかな」
「いや、それはオリンというメイドに全部やるつもりだ」
「えっ!?」
驚いたカールだったが、彼女の境遇を知っていたのですぐに納得する。
「そうか、彼女が割った壺を弁償できるね……でも、本当にいいのかい?」
「その一千万で彼女が泣き止むのなら安いものだ」
「それじゃあ、僕が責任を持って彼女に渡しておくよ」
「ああ、頼む」
パリカールも預け、立ち去ろうとするゲオルグにカールが叫んだ。
「ねえ、特上ワイン一年分も積んであるんだけどどうする?」
「自由に分けて飲んでくれ」
「わかっ……うわあーっ!?」
観客の兵士達がカールをどかし、我先にと入り乱れてワインを飲み始める。
ゲオルグは騒々しい闘技場を後にした。
槍をくるくると回しながら上機嫌で歩いていると、誰かが館から走ってくる。
それはロッティーナだった。
「ゲオルグ! ちょっと来てくれ」
「何だ? 俺とデートでもしたいのか? 断る!」
「馬鹿も休み休み言え! お前を知っているという東ベルン側の人間を捕らえたのだ」
「な、何だと!?」
ゲオルグが驚きの余りに槍を落としかけたが、ロッティーナがそれを受け止めて返す。
「とにかく来てくれ。お前がいないと話をしないと言って聞かない」
「わかった! このまますぐに向かう」
二人は熱気冷めやらぬ闘技場を背に、静かな館の中へと向かっていった。




