新鮮な空気
ゲオルグは気を紛らわすためにゴロゴロと床を転がった。
「だはははは! やーい、ビビッてやんの!」
「笑うな! それと、俺の事をジロジロと見るな! 不愉快だ!」
「あれ? バレてたか……オイラは暗くても目が利くんでね」
ゲオルグはそれ以上、口を開こうとはしなかった。いよいよ旅の疲労と暴行による目まいが眠気を強める。不安はあったが、眠って体力を回復させる事を先決と考えた。
後ろからゴチャゴチャと話しかけてくる盗賊を完全に無視して、意識を断ち切った。
「おい、起きろ!」
誰かも分からない、どすの効いた声がゲオルグの鼓膜を揺さぶった。
「むーん……」
「さっさと起きないか!」
目を開けると、いかつい兵士が立っていた。蹴りでも飛んできそうな雰囲気だったので、ゲオルグは気だるそうに起き上がる。固い石の上で寝たので体のあちこちが痛かった。
「ふぁあ……」
どうにか目を開いてみれば、朝の光が明かり取りの小さな窓から差し込んできていた。石作りの狭い空間。階段もあるので塔だろう。自分を閉じ込めていた鉄柵の向こう側には、槍や剣が壁に立てかけられていた。おそらく武器庫と牢屋を兼用している部屋だったらしい。もちろん、人が満足に生活できるような空間ではない。
「むむ!」
牢屋の中にニドがいないことに気が付いた。彼を繋いでいたらしい鎖だけが壁から垂れ下がっている。
「お、おい、この牢屋に一緒にいた奴はどうした?」
「それはお前が知るところではない」
「メッタ刺しか? そ、それとも火あぶりか?」
「何の話だ? いいからさっさと出ろ」
全く持って愛想のない返事が返ってくる。ゲオルグは垂れる鎖に視線を送りつつ、この塔を後にした。
背中を丸めながらトボトボと歩くゲオルグ。
それを槍を持った兵士が後ろから見張る。
「きびきびと歩け!」
「はぁ……俺はもうお終いなのか……?」
深いため息をつき、かび臭い空気を肺から吐き出した。
びゅう!
そこに、山から吹き降ろす空気が音を立てて流れてくる。
「お、良い風だな……」
空っぽのなった肺の中に、その新鮮な空気をたっぷりと取り入れる。すると、たちまちに目は覚め、頭が冴え渡る。
ゲオルグは風の吹いて来た方向を見て息を飲んだ。
視界に収まりきらない程に雄大な山々が、どこまでも果てしなく続いている。中腹には鮮やかな深緑の森を抱き、山頂には純白の雪を乗せていた。
その絶景を眺めながら、そのまま二、三度と深呼吸する。
「ふぅ……実に美味い風だな! おかげで元気が出てきたぞ、ハッハッハ」
「な、なんなんだお前は……」
きびきびと歩き出したゲオルグを不気味に思いつつも、兵士は連行を続けた。
ゲオルグは天を仰ぎつつ胸を張って歩く。昼を過ぎたのか、太陽はやや傾き始めていた。
太陽の位置から自分が捕まえられた城門は南に、牢屋のあった塔は南東の方角にあると割り出すゲオルグ。西に見えるもう一つの城門の先には、なだらかな地形を上手く利用した城下町が見える。そこから何本もの道が平野に向かって伸びていた。
「こっちだ」
兵士が指したのはコの字型の館の入り口である。高く巨大な塔も併設されていた。
ゲオルグは指示通りに館の中へと足を踏み入れる。
「ほう、随分と広いじゃないか」
そこは二階まで大きな吹き抜けを取った大広間だった。天井を見れば覆い尽くすように神話をモチーフにした絵が描かれている。じっくり鑑賞をしたかったが、後ろから槍で小突かれたので前へと進んだ。目の前に伸びる中央階段を昇ると、巨大な扉の前に出る。
「そこで止まれ」
兵士がその扉を軋ませつつ開けた。部屋の中央には縫い目のなく真っ赤で美しい絨毯が伸び、それに沿って槍を持った兵士達が整列している。
そして、絨毯の先には立派な椅子に座った女が一人と、その横にもう一人の女が立っていた。
「さあ、入れ!」
扉を開けた兵士は言い残し、ゲオルグを中へと入れると再び扉を閉めた。
両脇に立つ兵士の冷ややかな視線は無視して、ズンズンと赤い絨毯の上を歩いていく。ゲオルグは正面にいる女二人に向かって進み、適当なところで立ち止まると仁王立ちになった。
「偉そうにしているところを見ると、城主か何かか?」
彼女達が答える前に、ゲオルグは兵士に槍の柄で音が鳴るほど強く殴られて膝を着く。




